ザンビアへの旅 15 サバンナモンキー / マルブルック

<マルブルック Malbrouck (Chlorocebus cynosuros)>はオナガザル亜科サバンナモンキー属。
キャンプ付近で明け方に撮ったもの。サバンナモンキーは地域変異が多く、ザンビアで見られるのはマルブルックと呼ばれるらしい。

マルブルック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 12 ウォーターバック

尻の模様に特徴のある<ウォーターバック Waterbuck (Kobus ellipsiprymnus)。ウシ目ウシ科ウォーターバック属。手前のオスは三日月状に湾曲した長い角を持つ。

ウォーターバック / サウス・ルアングワ国立公園 /ザンビア

ザンビアへの旅 11 北ローデシアキリン

ザンビアに生息するキリン<キタローデシアキリン Thornicroft’s giraffe>
偶蹄目キリン科キリン属の亜種の一種。次々と群れが通過していく中、この親子と思われる3頭はこの位置でやり過ごしていた。

北ローデシアキリン / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 10 ブッシュバック

<ブッシュバック Bushbuck>のメス。ウシ科ウシ亜科、ブッシュバック属 scriptus (インババラ)。群れを成さないらしいが、はぐれたのか….一頭でいるところ、こちらを向いたので撮りました。

ブッシュバック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 8 アフリカスイギュウ

   depuis  2001

<アフリカスイギュウ African buffalo>の群れが黙々と通過した。こちらを向いている1頭を写した。ウシ科アフリカスイギュウ属で、1種のみ。。

アフリカスイギュウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

モンゴルの国旗

ザンビアへの旅 7 グラントシマウマ

自然の中で共存する野生生物を見に、所謂<ゲーム・ドライブ>に出かけた。
サファリ車は天蓋付きだが四方はオープン。大丈夫?
順不同だが、先ずはシマウマの仲間で、<グラントシマウマ Grant’s zebra>
サバンナシマウマの亜種。
荒れた砂地は雨期の洪水の痕だろう。

グラントシマウマ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 6 ワイルドライフ・キャンプ

サウス・ルアングワ国立公園内にあり、ルアングワ川左岸に沿う<ワイルドライフ・キャンプ Wildlife Camp >が滞在地。部屋からしてワイルドライフが楽しめそう。
19時半頃から夕食。9時頃部屋へ。一人になると少し怖い。5連泊。  28/05/2017.

Wildlife Camp / South Luangwa National Park / Zambia

ザンビアへの旅 5 ザンビアの大地

サウス・ルアングワ国立公園 South Luangwa National Park は 9,050㎢ の広さ。
見えている川がルアングワ川で流域面積 139万㎢、長さ 2,750㎞ のザンベジ川の左支川。上方がサウス・ルアングワ国立公園。起伏に富んだ高原台地だ。

サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 4 サウス・ルーアングワ国立公園へ

ルサカ国際空港から北東へ、サウス・ルーアングワ国立公園に向かう(飛行時間はムフウェ国際空港まで2時間弱)。小型飛行機使用の国内線なので携行品も制限された。5月から(8月まで)乾季に入ったので天気は良い。28/05/2017

サウス・ルーアングワ国立公園へ / ルサカ国際空港

ザンビアへの旅 3 インパラ

泊をとったザンビアの首都ルサカ Lusaka (標高1,200m)のホテルで初めて見て、撮った野生動物はインパラ。シカ科ではなくて、ウシ科インパラ属で1種のみ。竪琴形の角を持つのがオス。子供は1頭らしいので、親子かと。十数頭の群れが街中にいたので驚いた。

インパラ / ルサカ

ザンビアへの旅 2 ルサカ国際空港

アラブ首長国連邦のドバイ空港で乗り継いでザンビア共和国のルサカ国際空港に到着しました。アフリカへはパリからモロッコのマラケシュへ来た時以来ですが、南半球に来たのは初めてです。ドバイが本拠のエミレーツ航空です。

ルサカ国際空港

 

ザンビアへの旅 1 ドバイ国際空港

ザンビア Zambia での写真が手に入ったので訪問者  に代って紹介する。27/05/2017
羽田からエミレーツ航空を利用して(00:30発27/05/2017)、アラブ首長国連邦のドバイ経由でザンビアに向かった。
トランジットの途中通路から見た空港周辺。

ドバイ国際空港

ギャラリー・イグレック の花々 222 アルストロメリア・プルケラ

完全に野生化して、毎年咲いているアルストロメリア・プルケラの花です。切り花にして活けました。ユリ目ユリズイセン科アルストロメリア属。
アルストロメリアが珍しかった30年も前、定期的に贈っていただいた方を思い出します。

アルストロメリア・プルケラ / Galerie Y.

ギャラリー・イグレック の花々 219 ハゼラン

   depuis  2001

ハゼランの花です。ナデシコ目ユベリヒユ科ハゼラン属。
初めて気が付きました。1株だけです。3時草等とも呼ばれ午後の数時間しか咲きませんので、写真を撮るにも一苦労です。16:31 05/06/2017. 上に蕾、下に果実。

ハゼラン / Galerie Y.

ギャラリー・イグレックの花々 216 カモミール

   depuis  2001

ヨーロッパでは古代から薬用として使われているカモミーユ  Camomille の花です。
白い舌状花と黄の管状花からなり、管状花が開花に連れて筒状に成長していく様子が分かります。キク科マトリカリア属。

カモミール / Galerie Y.

 現地時間21:25 03/06/2017 ザンビアのルサカ空港を発って、アラブ首長国連邦のドバイ経由(現地時間 6:30 着、8:00 発 04/06/2017)で帰国の途に就きました。22:45 04/06/2017 羽田着の予定です。(ドバイにて)

ギャラリー・イグレックの花々 214 キンレンカ

   depuis  2001

キンレンカの花です。南米原産です。アブラナ目ノウゼンハレン科・属です。
切り込みのない丸い葉が独特で、蓮の葉に似ている所から金蓮花と言います。が、ハスの葉も珍しい形状で、ハス科・ハス属のハスでのみ見られます。

キンレンカ / Galerie Y.

ザンビアの国旗

フォート・ド・ヌジョン / ヌジョンの砦

   depuis  2001

1840‐45の間にパリの周辺には「ティエールの城壁」と「16の砦 Fort 」が建設された。
フォート・ド・ヌジョン Fort de Nogent はサン・ドニから時計回りに8番目の砦で、9番目が「ヴァンセンヌ城」に併設のフォート・ヌフ・ド・ヴァンセンヌ Fort neuf de Vincennes 。
現在は「フランス外国人部隊 Légion étrangère」の募集団体が使用しているようだ。
門扉等に部隊の象徴である「7つの炎の手榴弾 Sept flammes 」が取り付けられ、また、パリ市との連携を示すロゴも見える。        06/08/2016
ヴァンセンヌ東隣町、フォントネー=スー=ボワ Fontenay-sous-Bois に位置する。

Fort de Nogent / Sept flammes de la Légion étrangère / Fontenay-sous-Bois

旧高松街道<金刀比羅宮>参道から讃岐山脈を望む

高松から金毘羅宮への古道、旧高松街道はほぼ琴平電鉄琴平線に沿っていて、この地点一之橋で金倉川を渡る。遠望できるのが讃岐山脈で、その向こうに中央構造線を走る吉野川が流れ、更にその向こうを剣山のある四国山脈が走る。
奥に、屋根付きの鞘橋(さやばし)が見える。一之橋の旧橋を移転したものだ。
右に金刀比羅宮、左にアーケードのある(門前町)商店街が続くが、今ここを通る観光客は少ない。金刀比羅宮の祭神はニギハヤヒ、並んで后のミホツヒメを祭る三穂津姫社がある。

鞘橋 / 金倉川 / 讃岐山脈 / 琴平

南アフリカの国旗

4斗樽用<本菰>1895 / 金陵の郷

   depuis  2001

「平安遷都1100年記念祭 (1895)」に合わせて開催された「内国勧業博覧会」に出品した「金戎」の4斗樽用<本菰>。
「戎さん」と「めでたいと けふも朝から大祝い」の文字が‥
えびす神社の総本山である西宮神社の祭神はヒルコ(イザナギとイザナミの第一子)即ちえびす大神だが、平安時代には(弟のアマテラスの妻のセオリツヒメと思われる)撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を祭る廣田神社の境外摂社だった。

4斗樽用<本菰> / 金陵の郷 / 琴平

 

金陵醸造元の<酒林>

酒神を祭る神社は松尾神社、梅宮神社もあるが、「金陵」の酒の神様は大神神社(おおみわじんじゃ)の大物主大神(ニギハヤヒ)。屋根に置かれた<酒林(さかばやし)>は御神体である三輪山の御神木である杉の葉を束ねたもので、近世は球形が多いらしい。酒と杉は相性が良く、酒桶や酒樽、酒升には杉材が用いられ、酒中に杉の杮(こけら)を入れたりもする。

酒林

六尺桶/金陵の郷

清酒貯蔵用の六尺桶。味噌・醬油用に使われたのも同種。6尺は桶底の内径(約180cm)で、7尺物・8尺物もある。
低温殺菌がワインの腐敗を防ぐことはパスツール Louis Pasteur (1822-95)が発見した(1865)とされているが、日本の酒造りでは「火入れ」の呼称で遥か以前から行われていた。

清酒の貯蔵桶 / 金陵の郷 / 琴平

麴造り の<麹室> Kome Koji / 金陵の郷

洗米・浸漬し、蒸し上げた蒸米を人肌の体温まで冷ましてから麹室(こうじむろ)に入れ、台に広げて種麹(たねこうじ)をつける。約15~16時間おいた後、左と後方に見える麹蓋(もろぶた)に入れて棚に積み重ね、2昼夜すると麹ができる。技術と手間を要する汗だくの工程だ。

麹づくりをする麹室

琴平の<金陵の郷>

琴平で、琴電からJR 四国への乗り換えを利用して、金毘羅宮参道入り口付近にある<金陵の郷>を見学した。灘の「白鹿」や池田の「呉春」が好きなのだが、琴平の「金陵」もいい。
阿波の藍商人西野家(1658)が琴平で酒造を始めた(1789)のはフランス革命の年に当たる。
酒づくりの守木「御神木の楠木」は鎌倉時代の生まれ。金陵とは南京の古名で、琴平のこと。

琴平の<金陵の郷>

ニューカレドニアの

琴電 一宮駅

讃岐国一宮 田村神社と四国霊場83番札所 一宮寺への最寄り駅、琴平電鉄琴平線 一宮駅
以前は写真奥の高松寄りにあって、大鳥居と表参道に直結していた。

琴平電鉄一宮駅

明日、羽田を発ってドバイ経由でザンビアに参ります。後ほど紹介できると思いますのでお楽しみに。

四国霊場第八十三番 一宮寺の大師堂

弘法大師による四国霊場に組み込まれ、法相宗大宝院(701‐03頃)から真言宗御室派の大宝院 一宮寺に改宗した(806‐10頃)。
大師堂前に置かれた外置香炉に「大」の字が見える。お守りに使われている一宮寺の寺紋と思われる「上がり藤に大の文字」紋(那須藤とか大久保藤という)の大かと・・

四国霊場第八十三番 一宮寺の大師堂

四国霊場第八十三番 一宮寺

神毫山 一宮寺(いちのみやじ)は讃岐国一宮 田村神社(709)の別当寺だったが、法相宗大宝院以来(701‐03)の歴史を持つ。
本堂左に「一宮御陵」と呼ばれる3基の供養塔がある。神仏分離の200年も前に藩主の意向で別当を解かれた際に田村神社から移築されたもので、孝霊天皇(2人の父)、倭迹迹日百襲姫命(卑弥呼)、五十狭芹彦命(男弟)の供養塔と伝わる。孝霊天皇は娘に会いにこの地を訪れている。
田村神社境内を背に仁王門越しに本堂を見たところ。佛生山を超えて真っ直ぐ東に八十七番札所長尾寺だが、その前に北に折れて先ずは屋島に登らなくてはならない。

四国霊場第八十三番 一宮寺

弁財天となった瀬織津姫

男神アマテラス(ニギハヤヒ)が女神となって行き場を失った妻のセオリツヒメ 瀬織津姫は神仏習合により弁財天として残したとする説がある(例えば、西宮 廣田神社:瀬織津姫、弁財天 )。縄文からの水神で信仰が厚く、厩戸王子や空海も無視できなかったのだろう。讃岐国一宮 田村神社の龍神の住む「神池」に置かれた弁財天。後方は末社の「宮島社」で、祭神の市杵島姫も弁財天に習合している例が多い。イチキシマヒメは暗にセオリツヒメ 撞賢木之御魂天疎向津媛命を想起しているという説もある。

弁財天 / 讃岐国一宮 田村神社

<倭迹迹日百襲姫命>伝承の地 田村神社

讃岐国一宮である田村神社(709)の拝殿・幣殿(入母屋造り)で、春日造りの本殿・奥殿(神座の床下に龍神の住む深淵がある)が後方に続くがこの位置では見えない。神紋は「五七の桐」(賽銭箱)だが屋根には十六菊花紋が付けられている(1877)。
祭神は倭迹迹日百襲姫命、五十狭芹彦命、猿田彦大神、天隠山命(高倉下命:天香山命)、天五田根命(天村雲命)。五柱を総称して田村大神という。
「田村の大神は水の神、御神体は龍神なり」と伝えられ、倭迹迹日百襲姫命が来る(180頃)以前から信仰の対象だったと思われる。ニギハヤヒの子・孫である「天隠山命、天五田根命親子は紀伊国から讃岐国に来て、山河をもって国郡の境界を分かつなど開拓水利の基を定めた。」と社伝にある。越後国や尾張国に行く前のことと思われる。
さて、ヤマトトトヒモモソヒメはこの地から吉備国を経て出雲国に行き、倭の大乱を収拾して(184頃)大和に帰り「卑弥呼」となる。・・説を支持しているのだが、社伝には見られない。

讃岐国一宮 田村神社 / 拝殿・幣殿 / 高松

讃岐国一宮 田村神社

ヤマトトトヒモモソヒメ 倭迹迹日百襲姫 は後の卑弥呼であるとする有力説がある。讃岐国一宮である田村神社(709)は彼女が幼少期に2年間程住んだとされる場所に建つ。
祭神は倭迹迹日百襲姫命と五十狭芹彦命他3神。イサセリヒコは弟で、魏志倭人伝にある「卑弥呼の男弟」に当たる。

讃岐国一宮 田村神社 / 高松

新緑の楠と「木造日本一の高灯籠」

今、楠(クスノキ)の花が満開です。山並みは象頭山。左に隣接の琴電に乗って一宮(讃岐国一宮)まで行ってきた。17/05/2017。日本一の木造灯篭/高灯籠
<再掲> 高さ約27mで、木造灯篭としては日本一の高さを誇る。発する光が瀬戸内海丸亀沖の船に届くように設計されたと言われる。1860年完成。国指定重要有形民俗文化財(1979)。金刀比羅宮北神社の境内にある。前の道路は参道へのアクセス道路で、写真の左側が琴電(琴平電鉄)の琴平駅、右側にJR琴平駅がある。「ことでん」の左側は金倉川で、渡河して突き当りを左折すると金刀比羅宮参道(旧高松街道)と交差する。

日本一の木造灯篭 / 高灯籠 / 琴平

トニィ・ノエル Tony Noël による<瞑想 Méditation>

ラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh に置かれた彫像、トニィ・ノエル Tony Noël (1845‐1909) による<瞑想 Méditation>(1882)。
「瞑想」と聞けばセーヴル焼を思い浮かべる。ファルコネ Étienne Maurice Falconet(1716-91)による<甘い憂鬱 La douce Mélancolie (1775)>とボワゾ Louis-Simon Boizot (1743–1809) による<瞑想 Méditation (1775-80)>で、いずれも未だに人気の続く名作だからだ。

Méditation / Tony Noël / Jardin du Ranelagh

漁師の網にかかったオルフェ(ウス)の首

ギリシャ神話に登場する竪琴の名手で吟遊詩人のオルフェ(ウス) Orphée
蛇にかまれて亡くなった妻のエウリュディケーを追って冥界入りするくだりは日本神話のイザナギがイザナミに会いに行くくだりに酷似している。いずれも約束を果たせず妻を見てしまうことで引き戻せなくなってしまう。
アポロン神だけを信じた彼はディオニュソスの怒りを買って八つ裂きにされて殺され、その頭部は川に流され竪琴と共にレスボス島に流れ着いたという。
ラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh に置かれた Louis Eugène Longepied(1849-88) の作品(1883)、<漁師の網にかかったオルフェ(ウス)の首 Pêcheur ramenant la tête d’Orphée dans ses filets>。

Pêcheur ramenant la tête d’Orphée dans ses filets / Louis Eugène Longepied / Jardin du Ranelagh

カインの像 ラヌラグ公園

オスマンによるパリ改造計画の一環で、ブーローニュの森とティエールの城壁跡地と関連付けて造成されたラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh (1860)に置かれた<カイン Cain>の像。Joseph-Michel Caillé(1836-81)の作品(1871)。
アダムとイヴの双子の弟アベル Abel に対する神の評価に、頭を伏せて憤りを表している様を刻んだものと思われる。アベルを殺すのはこの後かと。
後方の大木はアメリカサイカチ Févier d’Amériqueと思われるが棘は見えない。

Cain / Joseph-Michel Caillé / Jardin du Ranelagh

最初の葬儀/アダムとイヴとアベル

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Les premières Funérailles / Louis Ernest Barrias / Petit Palais

登場人物は3人・・アダムとイヴとアベル。
アダムとイヴの子カインによって子アベルは殺される。史上最初の殺人による<最初の葬儀 Les premières Funérailles>を刻んだルイス・アーネスト・バリアス Louis Ernest Barrias(1841-1905)の作品(1883)。
アダムはアベルを抱きかかえて葬儀の場に進んでおり、イヴはアベルの頭にキスしている。

プチ・パレ パリ市立美術館 Musée des Beaux-Arts de la ville de Paris。

パリの防衛 La Défense de Paris (1883)の作者。

セェム SEM が贈ったジャン・コクトーの肖像

SEMと呼ばれた George Goursat (1863-1934) がジャン・コクトーの3番目の詩集「ソフォクレスの踊り La Danse de Sophocle(1912)」の出版を記念して贈ったとされる肖像画。
パレトゥ Paletot という短いコートを着たグレイハウンド犬 lévrier でイラストしている。右前足で踏んでいるのが詩集、コートにはBakst の文字が見え、バレエ舞台美術家 Léon Bakst(1866-1924) のことだろうと思われる。衣装が彼のデザインかも。
ミリィ・ラフォレ Milly-la-Forêt にある<ジャン・コクトー美術館 Musée Jean Cocteau >/ジャン・コクトーの家 Maison de Jean Cocteau で観れる。

Portrait de Jean Cocteau / George Goursat dit SEM / Musée Jean Cocteau / Milly-la-Forêt

アメデオ・モディリアーニ による<ブロンドの女>

ナンシー美術館 Musée des Beaux-Arts de Nancy で観たモディリアーニ Amedeo Modigliani(1884-1920) の作品です。<ブロンドの女 La Femme blonde>(1918)と題された<ジェルメーヌ・サーベージの肖像 Portrait de Germaine Survage>です。彼女は「エコール・ド・パリ」の友人レオポルド・サーベージの奥さんでした。1918年の夏、転地療養をしていたニースで描いた3枚の内の1つです。S 字曲線は動きを描き込むためのモディリアーニの技法です。

La Femme blonde (Portrait de Germaine Survage) / Amedeo Modigliani / Musée des Beaux-Arts de Nancy

カジノキ/コウゾ の雄花が満開でした。

トラムウェイ T3a のポルト・ド・ヴェルサイユ Porte de Versailles 駅で見たカジノキ/コウゾ Broussonetia papyrifera の満開の雄花です。紙の原料になる桑 : コウゾ mûrier à papier とも言いますが、コウゾはカジノキとヒメコウゾの雑種というのが正しいそうです。
カジノキは諏訪神社の神紋に使われています。           16/04/2014

Broussonetia papyrifera / Mûrier à papier / Porte de Versailles(T3a)

リュクサンブール公園の ヒイラギナンテン

ヒイラギメギ / ヒイラギナンテン Mahonia aquifolium の花も満開です。ニセヒイラギ ・マホニア Mahonia faux houx とも呼ばれているそうです。北米原産です。パリには花木が多いです。花が身近に思えます。                                     リュクサンブール公園にて 04/04/2011

Mahonia faux houx / Jardin du Luxembourg

<日本のアンドロメダ>と呼ばれるアセビ

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Andromède du Japon / Jardin du Luxembourg

 

アセビ(馬酔木)は日本の固有種ですが、パリでは<日本のアンドロメダ Andromède du Japon>と呼ばれています。今の学名は Pieris japonica となっていますが、以前の学名が今なお生きているということのようです。

アンドロメダはギリシャ神話で神にも勝る美女とされた王女です。

リュクサンブール公園 Jardin du Luxembourg で見かけましたので写真に撮りました。

04/04/2011

アブサンを勧める

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Absinthe extra-supérieure J. Edouard Pernot / Leonetto Cappiello / Galerie Y.

超特級アブサン、<J. Édouard Pernot>Absinthe extra-supérieure /J. Édouard Pernot の宣伝ポスターとして制作されたカラーリトグラフが原画。。レオネット・カッピエッロ Leonetto Cappiello(1875-1942) の作品(1900‐05頃)。
モンベリアル(ドゥー県) Montbéliard(Doubs)にあった有限会社の名のようで、酒造メーカー「Liqueur Mont-Christ 」の販売を一手に引き受けていたようだ。
強酒を勧めて酔っぱらうのを待っている様ではなく、美味い酒だろうと悦に入っている様を描いているらしい。
女性のイラストはトゥールーズ・ロートレックの影響を受けているように見える。

改装中のギャラリー・イグレックの外壁に貼り付けてみた。

パリ花公園で見た「ユーフォルビア」

   depuis  2001

ユーフォルビア/トウダイグサ Euphorbia characias の花です。地中海周辺原産のトウダイグサ科の植物です。満開間近です。     Parc Floral de Paris      にて                   05/04/2011

Euphorbia characias / Parc Floral de Paris

マティニョン大通り Anenue Matignon (右)脇で満開のユーフォルビアです。  02/04/2016

Euphorbia characias / Anenue Matignon

パリ花公園でサクランボ 月桂樹

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Laurier-cerise / Parc Floral de Paris

 

サクランボ月桂樹 / チェリー・ローレル Laurier-cerise の花です。満開です。
セリーズ cerise はサクランボの意で、桜の花は les cerisiers en fleurs と言います。

パリでは、芽吹き始めてから花が咲くまではあっという間です。

05/04/2011

ギャラリー・イグレック前に コンパニョン・ルージュ

   depuis  2001

ギャラリー・イグレック前で、コンパニョン・ルージュ Compagnon rouge の花が満開となりました。レッドキャンピオンやフクロナデシコの方が馴染みがあると思います。
門灯は一昨年の川之江秋祭り直前に設置したもので、パリから持ち帰りました。フルール・ド・リス fleur-de-lis が付いています。                                                     30/04/2017

Compagnon rouge / fleur-de-lis / Galerie Y.

魔女の箒 / エニシダ

エッフェル塔付近で撮ったエニシダ Genêt / Cytisus scoparius の花です。02/04/2011
魔女の箒はこの木の枝を束ねて作ったものと言われています。「黒魔術」関連の魔法の植物と考えられていました。ジェネェ Genêt は「箒」のフランス語です。

Genêt / Cytisus scoparius

パリ花公園で見た<フリチラリア・インペリアリス>

   depuis  2001

「皇帝冠 Couronne impériale」とも呼ばれる<フリチラリア・インペリアリス Fritillaria imperialis>の花です。「マリアの涙 Larmes de Marie 」とも呼ばれていたそうです。フランスのモンペリエ大学卒の植物学者カロルス・クルシウス Charles de l’Écluse(1529‐1606)が発見し(1580)、コレクターの注目の的になった花だったようです。05/04/2011

Fritillaria imperialis / Parc Floral de Paris

三津歳神社の御神体発祥の地

三津歳神社本殿の左側に「御神体発祥の地」の碑がある。
が、御神体が山そのものだったのか磐座だったのか等の説明はない。
右側の本殿は神明造風の造りで、平入(ひらいり)、反りの入った銅板葺きの屋根には千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)の飾りが付いている。神紋は「丸に細抱き柏」。
八将神山がピラミッド型の山で、神社の正面が燧灘、裏正面が三角寺と平石山であるから、ニギハヤヒに繋がる古い伝承があるように思われるのだが・・例えば、あくまで私見だが、伊予・讃岐を統一し琴平に滞在していた時(12‐14頃)、日本国(ヒノモト国)建国のため宇佐を出て、西条→川之江→琴平を通過して交野(磐船神社)に向かった時(25頃)等にこの地に立ち寄っているのではなかろうか。船はこの山裾付近に着けれたのだろう。

三津歳神社 / 御神体発祥の地 / 川之江

三津歳神社から燧灘を望む

   depuis  2001

御歳、大歳、若歳の3神を祭る三津歳神社のある八将神山から燧灘が見える。
神社正面から眼下に燧灘をみれたはずだが、今はここまで登らないと樹木が邪魔して見れない。背後は金生川を眼下に広大な扇状地とその向こうに法皇山脈(真反対に三角寺の平石山)が見渡せたはずだ。つまり、海から見れば一直線上にあるということ(川之江八幡宮もこのライン上にある。)。
オオトシはスサノオの子(母:カムオオイチヒメ)で日本国(ヒノモト)建国の祖ニギハヤヒ。ミトシは大歳の子(母:アメノチカルミヅヒメ=カヨヒメ)、ワカトシは大歳の孫(父:ミトシの兄弟のハヤマト、母:オオゲツヒメ)。
農地開拓等で国の統一を図った3人の(津)歳を祭ったものと思われるが・・
オオトシを通じて陰陽道の八将神と集合したのか、八将神社とも呼ばれている。
藤棚では白花美短(しろかびたん)と思われる山藤(の園芸種)が満開。

三津歳神社 / 燧灘 / 八将神山

ギャラリー・イグレックの花々 211 シキビ / ハナシバ

ハナシバの花が初めて咲きました。大阪ではシキビと呼んでいました。植物学ではシキミというそうです。
植えてから10年も経ったでしょうか?シキビを挿した水は腐らないと教わりました。

シキビ / ハナシバ / シキミ / Galerie Y.

李白から楊貴妃を想う

   depuis  2001

李白(701-62)は3年間(742-44)玄宗皇帝の側近にあった。玄宗が楊貴妃と長安の興慶宮での牡丹の花を愛でながらの遊宴において、李白が命に応じて詠った七言絶句「清平調詞がある。三首の連作で、いずれも百花の王である牡丹の美しさを楊貴妃の美貌に掛けてうたっている。
「雲想衣裳花想容  春風拂檻露華濃  若非群玉山頭見  會向瑤臺月下逢」。(雲をみては楊貴妃の衣装を想い、牡丹の花をみては美人のあでやかな容色を想う。‥)等。
玄宗(在位:712-56)が息子から楊貴妃(719-56)を奪い(740)、共々冬場の温泉を楽しんだ華清宮(華清池)にある楊貴妃の像。
後に(806)白居易が詠んだ長恨歌の中に「春寒賜浴華清池、温泉水滑洗凝脂」とある。「凝脂」とは滑らかで艶のある白い肌のことだ。

12/01/2008

華清池 / 楊貴妃 / 玄宗

ヒラドツツジを活けました。

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ヒラドツツジ

今年はツツジの開花が早いようです。
早速<ヒラドツツジ>の一種を活けてみました。

李白の七言古詩「南陵にて兒童と別れ京に入る」。李白が42歳にして玄宗皇帝への仕官を得て長安に向かう前に妻子との別れを詠んだもの。

「白酒新熟山中歸」で始まり、「 游説萬乘苦不早」(天子に遊説できるのが遅きに失したのは残念だが)・・

屏風を拡げば、前漢の朱買臣の故事を引いて出世の意気込みを示し、
「我輩豈是蓬蒿人」(自分は片田舎に埋もれるような人間ではない)で終わる。

ニギハヤヒの開いた丸亀平野

スサノオの命により、伊予国に続いて讃岐国を統一したニギハヤヒは瀬戸内海東部海域を支配するため金刀比羅宮に3年ばかり(12-15頃)滞在したと伝えられている。
予讃線と土讃線の分岐点、多度津駅を出て間もなくの風景。左端の山が金刀比羅宮(祭神:大物主=ニギハヤヒ)のある「象頭山」。右に重なって「筆ノ山」。2山に見える「我拝師山」。頂上の平らな「火上山」と重なって「天霧山」。

予讃線車窓からの象頭山

新幹線姫路駅ホームで「のぞみ」と「さくら」

翌日(17/04/2017)は昼前から雨がちらつきだしたので、川之江に帰ることにした。
12番線に入ってきたのが乗車した「のぞみ105号」広島行き。N700系 783形車両。岡山まで1駅19分。
11番線は「さくら546号」鹿児島中央発、新大阪行き。N700系 782形車両。8000番台のJR九州所有車両。
ホーム下の地上は豆腐町ではないかと思う。南畝町かも。

姫路駅新幹線ホーム / のぞみ / さくら

千姫の小径

姫路城の西側、「姫路城西部中濠」と船場川の間に<千姫の小径 Lane of  Senhimeがあり、奥の石垣の右側に千姫が男山に建立した千姫天満宮(1623)を毎朝遥拝していたと伝えられる「西の丸長局(百間廊下)」があります。
手前の石垣の向こうは「好古園」で、右側に内濠があります。

千姫の小径 / 姫路城西部中濠 / 姫路

歳徳神社からの姫路城

   depuis  2001

姫路周辺にはスサノオの痕跡が多くみられる。書写山のショシャはスサだし、廣峯神社は京都の八坂神社とともに牛頭天王総本宮を称している。
歳徳神社は岡大歳・歳徳社として古い歴史を持つ。本体は姫路城築造に伴い(現)水尾神社に移転された。大歳/オオトシはスサノオの子(母:カムオオイチヒメ)で、日本国建国の祖ニギハヤヒだ。幼少の頃(BC5頃)、スサノオに付いて播磨に来ていたらしい。
また、日本国(ヒノモト)建国のため大和へ向かう(25頃)途中、琴平~高松~小豆島~家島~姫路~明石の航路を使ったとみられ、船場川のこの辺りに立ち寄ったのではないかと思われる。
スサノオの長子イソタケル(母:クシナダヒメ)を祭る神社は多い。
スサノオの娘婿オオクニヌシとスクナヒコも播磨国に入っている。柿山伏の西側、琴神丘(薬師山)の大御岩神社の祭神は彼等だ。

神紋は「左三つ巴」と「七つ割り二引」。

歳徳神社 / 姫路城

ヨンヌ川とセーヌ川の合流点にナポレオン1世像

左にヨンヌ川 L’ Yonne 、右にセーヌ川 La Seine 、その合流点にナポレオン1世の騎馬像 Statue équestre de Napoléon が置かれている。
ロシア遠征に失敗して敗走を続ける中、オーストリア帝国・ヴュルテンベルク王国(ドイツ帝国の一部)連合軍をセーヌ川以南に撤退させたモントローの戦い Bataille de Montereau(18février 1814の勝利記念碑だ。
右側がパリ方向になる北で、この付近ではセーヌ川は西向きに流れている。

La confluence de la rivière Yonne et la Seine / Statue équestre de Napoléon Ier

ポワシーのサン・ルイ像

   depuis  2001

Statue de Saint Louis / Collégiale Notre-Dame de Poissy / Poissy

オワーズ川 L’Oise 沿川のポントワーズ Pontoise を下ってセーヌ川に合流して間もなくの街、ポワシー Poissy はサン・ルイ(ルイ9世) Saint Louis の生誕地。
ル・コルビュジエの「サヴォア邸」近くのヴィリエール城 Château de Villiers で誕生した。
洗礼を受けたポワシーのノートルダム参事会管理教会 Collégiale Notre-Dame に置かれている<サン・ルイ像 Statue de Saint Louis>
石膏に漆喰造り(1915)のようだが、悪戯による落下で破損(04/2015)、修復された(05/2016)直後なので色鮮やかだ。18/07/2016

RER C 1 線 ルーエレ橋から自由の女神

ルーエレ橋 Pont Rouelle を走行するRER C1 線ポントワーズ Pontoise 行き列車の(汚れた)車窓越しにセーヌ川の下流を見たもの。
グルネル橋 Pont de Gurenelle の向こう、セーヌ川の中州(白鳥島 L’île aux Cygnes)、<白鳥の小径 Allée des Cygnes>の下流端に自由の女神像 Statue de La Liberté が見えている。

Statue de La Liberté / Allée des Cygnes / Pont Rouelle / La Seine

RER C 1 線 ルーエレ橋 と<白鳥の小径>

ルーエレ橋 Pont Rouelle 上流右岸側から<白鳥の小径 L’île aux Cygnes>を見たところ。
30年ぶりの洪水により、セーヌ川中州河岸の緑が失われている。09/07/2016
列車が丁度通過中。左側にエッフェル塔への最寄り駅 Champ de Mars-Tour Eiffel がある。

Pont Rouelle / L’île aux Cygnes / Allée des Cygnes

西戸山タワーホームズと桜 Sakura

<新宿区立西戸山公園の桜>越しに西戸山タワーホームズ。
30年前はもっと華やかだったように思う。       06/04/2017

西戸山タワーホームズと桜

ガルシアがジャスティン・ローズをプレーオフで制して悲願のマスターズ初優勝。
愛媛県松山市出身の松山は‐1で11位。イーグルチャンスを悉く外し、惜しくもトップテンを逃した。

神田川(豊橋)の桜

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神田川(豊橋)の桜

 

肥後細川庭園の正門を出て、神田川の左岸を花見しながら「豊橋」で右岸に出た。
神田川の旧流路によって文京区、豊島区、新宿区が入り組んでいる。
新目白通りを走る都電荒川線の終点早稲田駅は直ぐだ。
豊橋から神田川の下流方向を見た。

甘泉園前から都バス小滝橋行きに乗車した。

 

04/04/2017

肥後細川庭園を通り抜ける

椿山荘で蕎麦御膳を食べた後、先ほど(18/03/2017)名称変更された文京区立<肥後細川庭園>を通り抜けた。目白台から崖下の神田川に展開する旧肥後熊本細川家の下屋敷・抱屋敷跡だ。
池泉回遊式庭園で、松聲閣と中門、冬場には「雪吊り」される松の下に雪見灯籠の徽軫灯籠(ことじとうろう)が見える。目白台の日本女子大百年館も見えている。神田川は左。

文京区立肥後細川庭園

日本女子大学の桜

神田川を面影橋で渡って鎌倉街道を目白通りへ。途中、山吹の里氷川宮(スサノオ・クシナダヒメ・オオナムチ(スセリヒメの婿:オオクニヌシ))、真言宗豊山派の南蔵院、金乗院(目白不動)があり、花見を兼ねた観光客が目立った。
椿山荘手前にある日本女子大の桜。前は旧目白御殿。         04/04/2017

日本女子大の桜

新宿歌舞伎町のゴジラヘッド

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ゴジラヘッド / 新宿歌舞伎町

 

「歌舞伎町一番街」から歌舞伎町名物の「ゴジラヘッド」。
右上のゴジラヘッドは一本右(東)側の「歌舞伎町セントラルロード」から真正面に見える。
左上のゴジラヘッドの正面は「シネシティ広場」、改装されて環境改善された。
新宿東宝ビル(2015)の高さは130m。

客引きにはついていかない/「ぼったくり」被害多発。

日比谷公園の桜 咲き始める 2 カモメの噴水

日比谷公園「カモメの広場」の桜。30/03/2017
「ユリカモメ」は東京都の鳥(1965)。東京都の花(1984)は「ソメイヨシノ」。ちなみに、東京都の木(1966)は「イチョウ」
カモメの噴水は淀井敏夫(1911-2005)の作品(1986)で、広場の開設に合わせて制作された。

カモメの噴水 / かもめの広場

日比谷公園の桜 咲き始める 1  鶴の噴水

   depuis  2001

江戸城日比谷御門のすぐ外にあった上屋敷跡で地盤の良くない一帯を日比谷公園として造園した。左側は霞が関の官庁群、奥は日比谷濠、「鶴の噴水」のある「雲形池」の下を丸ノ内線が通っている。鷺が花見をしていた。

日比谷公園 / 鶴の噴水 / 雲形池

ルネ・カサン広場のオブジェ L’Écoute (聞く)

   depuis  2001

< L’Écoute (聞く)>と題するアンリ・ド・ミラー Henri de Miller(1953-99)、1986年の作品が据え直された。
ネルソン・マンデラ公園の再整備に伴い外されていたルネ・カサン広場 Place René-Cassin のオブジェが戻ってきた。フェンス向こうの天蓋は再開発された「フォーラム・デ・アール Forum des Halles」 のもの。     08/08/2016

L’Écoute / Place René-Cassin

ガーナの国旗

ブーディカの反乱 Boudiccan Rebellion

   depuis  2001

ブーディカ Boadicea は「ローマ帝国(スエトニウス総督)に対する反乱(60-61)」のリーダーで、「勝利の女神」として言い伝えられている。
彼女はケルト人イケニ族の女王で、夫の王プラスタグスの死に伴うローマ進駐軍の簒奪に反発し、ロンドン Londinium を焼き払う等勝利を収めたが、今一歩のところで鎮圧された。

ヴィクトリア女王の夫アルバートの依頼で製作された<ブーディカと彼女の娘たちの像 Statue of Boadicea and her Daughters (1902)>はトーマス・ソーニクロフト Thomas Thornycroft (1815–1885)の作品。
2頭立ての戦車チャリオットの中央に右手で槍をかざしたブーディカ、左右に彼女の娘。ヴィクトリア・エンバンクメントの上に置かれている。右側がウェストミンスター橋、「ロンドン・アイ London Eye」はテームズ川右岸にある。

Statue of Boadicea and her Daughters / Boudiccan Rebellion

<ブーディカの反乱像>と<ビッグ・ベン>

先日(22/03/2017)ロンドンで発生したテロ事件で、ウェストミンスター橋を暴走した車は左側奥に見える(テームズ川左岸のヴィクトリア・エンバンクメント Victoria Embankment 上の)<ブーディカの反乱像 Boudiccan Rebellion>の前を通って左折、<ビッグ・ベン Big Ben / Elizabeth Tower>との間の鉄柵に衝突して停止した。

Boudiccan Rebellion / Big Ben : Elizabeth Tower

ウェストミンスター寺院の聖母子像

北面の中央入口の中柱 / トゥルメー Trumeau に<聖母子  Vierge à l’enfant>像。
その上部、ティンパン Tympan の中央には宝珠を左手に持ち、右手で祝福ポーズをとるキリスト像。

ウェストミンスター寺院 Westminster Abbey (960) はヘンリー3世によって現在のゴシック様式に再建が始められた(1245‐1517)。
ヘンリー3世の妃はエリナー・オブ・プロヴァンス Eleanor of Provence で、ルイ9世(サン・ルイ)の妃マルグリット・ド・プロヴァンス Marguerite de Provence の妹

La Vierge à l’Enfant / Westminster Abbey

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 9    マルグリット・ダングレーム

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Statue de Marguerited’Angouleme / Jardin du Luxembourg

マルグリット・ダングレーム Marguerite d’Angoulême(1492-1549) はフランソワ1世の姉であり、ナヴァラ王エンリケ2世の王妃。
ブルボン朝初代国王のアンリ4世の生母ジャンヌ・ダルブレ Jeanne d’Albret は彼女のただ一人の王女だ。

フランソワ1世が推進したフランス・ルネサンスの庇護者で、自らも文人だった。

Joseph-Stanislas Lescorné (1799-1872)の作品(1848)。

 

 

 

グアムの旗

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 8    ヴァランティーヌ・ド・ミラン 

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Statue de Valentine de Milan

ヴァランティーヌ・ド・ミラン Valentine de Milan (1370‐1408)はミラノ公の公女(ヴァランティーヌ・ヴィスコンティ)として生まれたオルレアン公爵夫人で、ルイ12世のお祖母さんであり、フランソワ1世の曾お祖母さんでもある。

シャルル5世を継いだフランス王シャルル6世の弟、オルレアン公ルイ・ド・ヴァロワの公妃。精神異常だったシャルル6世にサン・ポル宮殿を追われた。

10人の子を産み、上記のフランス王に繋がる2人の王子を含む4人が成人した。

ルイ12世はヴィスコンティ家の継承権を主張してミランに侵攻し支配した(1499‐1513)。

Victor Huguenin (1802-1860)の作品(1846)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 7    アンヌ・ド・ブルターニュ

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Statue de Anne de Bretagne

アンヌ・ド・ブルターニュ Anne de Bretagne(1477-1514)はブルターニュ公国の拠点であるナントのブルターニュ公爵城でフランソワ2世の子として生まれ、幼くしてブルターニュ女公となった(1488‐1514)。
が、ブルターニュ公国の継承を巡る争いから政略的にマクシミリアン1世(神聖ローマ帝国皇帝)と結婚(1490)、フランス王シャルル8世と再婚(1491)、ルイ12世と再再婚(1499)した。
ブルトン人の独立確保のための戦いの人生だった。
8人の子を産んだが、成人したのはルイ12世との間の王女2人だけで、長女のクロード・ド・フランス (1499年-1524年)がブルターニュ女公を継承し、次期フランス王となったフランソワ1世の王妃となった(1514)。
Jean-Baptiste Debay fils(1802‐62)の作品(1847)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 6    ブランシュ・ド・カスティーユ

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Statue de Blanche de Castille / Jardin du Luxembourg

サン・ルイ(ルイ9世)の母、ルイ8世の王妃(1223-26)。

ブランシュ・ド・カスティーユ Blanche de Castille (1188-1252) は後のスペイン王国の中核となるカスティーユ王国の王女として生まれた。
13人(サン・ルイ(1214-70)は5人目)の子供を生んだが成人したのは5人。

サン・ルイ即位後摂政(1226-35)を務めた。

オーギュスタン・デュモンAugustin Dumont (1801-1884)の作品(1848)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 5    マルグリット・ド・プロヴァンス

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Statue de Marguerite de Provence / Jardin du Luxembourg

マルグリット・ド・プロヴァンス Marguerite de Provence (1219-95) はルイ9世(サン・ルイ)の王妃
「プロヴァンス伯の4姉妹」の長女で、次女はイングランド王ヘンリー3世の王妃エリナー・オブ・プロヴァンス Eleanor of Provence。
結婚して6年間子供に恵まれなかったが、次のフランス王フィリップ3世をはじめ6男5女を儲けた。

オノレフッソン Honoré Husson (1803-1864) の作品(1847)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 4    サント・クロチルド

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Statue de Sainte Clotilde / Jardin du Luxembourg

メロヴィング朝フランク王国の初代国王クロヴィス1世(在位:481-511)の妻の一人で王妃のクロチルド(475-545)の像。聖人である。
パリのランドマークの一つであるサント・クロチルド聖堂(1857)は聖人クロチルドに奉献された聖堂だ。
聖ジュヌヴィエーヴ教会(502)を建立したのも彼女だ。
ブルグント王国(ブルゴーニュ)の王女として生まれたが、祖国は息子のフランク王国2代国王キルデベルト1世によって併合された(534)。

Jean-Baptiste-Jules Klagmann (1810-1867)の作品。

リュクサンブール公園の早春

チューリップはこの頃が美しい。  01/04/2016
彫像はデニス・ピュエシェ Denys Puech (1854-1942)によるルコント・ド・リールの記念碑  Statue de Leconte de Lisle。
ルコント・ド・リールは詩人で、劇作家。詩王 Prince des poètes (1885-94)に選ばれている。

Statue de Leconte de Lisle / Jardin du Luxembourg

セーヌ川(パリ)を泳ぐ魚たち

   depuis  2001

Les poissons de la Seine à Paris

パリのセーヌ川に棲む魚。
馴染みのない種が多い。
水面に近い所から左から右へ、
Ablette ブリーク
Chevaine チャブ
Truite マス
Hotu オオバナウグイ
Barbeau バーベル
Goujon ヨーロッパカマツカSandre パイクパーチ
Anguille ウナギ

木蓮に囲まれた<エティエンヌ・マルセルの騎馬像>

パリ市庁舎の南面、セーヌ川を見下ろす<エティエンヌ・マルセルの騎馬像>の両側の木蓮の花が咲き始めた。2016.03.26.
今年は暖冬のようなので、既にこの様な風情かも。明日から8日間、ギャラリー・イグレックの一員がパリに出かけます。

Statue équestre d’Etienne Marcel / Hôtel de Ville

パリの市章 / フランソワ・トリュフォー高校

聴覚障害者のための高校フランソワ・トリュフォー Lycée François Truffaut に付けられたパリ市章。20世紀初頭の開校で、レジオン・ドヌール勲章が付いている。
フランソワ・トリュフォー François Truffaut(1932-84)はヌーヴェルヴァーグ Nouvelle Vague を代表するフランス人監督だが、作品の一つ「野性の少年 L’Enfant sauvage(1969)」においてパリの聾啞研究所に送られてきた少年と接する博士の役を自ら演じた。

Blason de Paris / Lycée François Truffaut / Rue Debelleyme

旧学習院正門と戸山高校 / 明治通り

   depuis  2001

都立戸山高等学校は旧府立4中(1901)で、東京府尋常中學の補充中学校(1888)を起源とし、1中(1878)に次ぐ歴史を持つ。左は学習院女子大学で、京都御所内に設けられた学習所の女子教科(1847)を起源とする。鉄門と呼ばれる正門は旧学習院正門(1877)を移築した(1949)もので、国の重要文化財に指定されている。

戸山高校 / 学習院女子大学 / 明治通り

モンパルナスの王子だったパスキン

ブルガリアのブカレスト生まれの画家パスキン Jules Pascin (1885-1930) はエコール・ド・パリの一員だった。風貌に加えて、絵が売れると仲間に振舞っていたこともあって、「モンパルナスの王子 Prince de Montparnasse」と呼ばれた。
「3山(モンパルナス・モンマルトル・ヴィーナスの丘)の王子 Prince des trois monts」とも呼ばれたという。パリ市立近代美術館 Musée d’art moderne de la ville de Paris が所有する<Manorita (1929)>はモデルで愛人だったルーシー・クローグ Lucy Krohg が相続し、寄贈した(1936)パスキン晩年の作品。”さよなら ルーシー Adieu Lucy” と浴槽のドアに血書して自殺したパスキンの財産は本妻と折半されたという。
パスキン Pascin の名は本名ピンカス Pincas のアナグラム (anagram)。

Manorita / Jules Pascin / Musée d'art moderne de la ville de Paris
Manorita / Jules Pascin /
Musée d’art moderne de la ville de Paris

琵琶湖哀歌の四高 記念文化交流館

   depuis  2001

旧制第四高等学校の学舎の一部が保存されて「石川四高記念文化交流館」となっています。
三高ボート部の部歌、「琵琶湖周航の歌(1917)」は誰でも知っていますが、四高ボート部の遭難事故(四高生8名、OBの京大生3名)への哀悼歌「琵琶湖哀歌(1941)」はご存じでしょうか?

石川四高記念文化交流館 / 金沢

雪景色の<兼六園> 6

兼六園の<梅林>で撮った「加賀白梅/白加賀」です。最も一般的な梅で大阪/豊中の自宅にもあるのですが、加賀で見るとしっくり来るような気がしました。旧白加賀村(神奈川県)の名に由来すると言われているのですが・・
梅林は日当たりが良くて雪はかなり解けてしまっています。 19/02/2017
灌木の「三つ又吊り」や「縄巻き」等が見えていますが、加賀白梅に雪吊りはありません。

兼六園 / 梅林 / 加賀白梅 / 金沢
兼六園 / 梅林 / 加賀白梅 / 金沢

雪景色の<兼六園> 5

兼六園に隣接の<成巽閣(せいそんかく)>で「前田家伝来 雛人形雛道具特別展」が開かれていましたので入ってみました(1000円、4月17日まで)。
兼六園の真ん中に建てられた「竹沢御殿(1822)」の謁見の間などが移築された(1863)もので、「加賀前田家の奥方御殿」と紹介されています。
雪吊りのある前栽の雪景色です。灌木の「三つ又吊り」や「幹吊り」を窺えます。

兼六園 / 成巽閣 / 金沢
兼六園 / 成巽閣 / 金沢

 

雪景色の<兼六園> 4

兼六園 <根上松(ねあがりまつ)>付近の雪景色です。立派な黒松です。
「値上り」にかけてパワースポットとしても有名になっているそうです。
この雪吊りは「幹吊り」と呼ばれます。<唐崎の松>の雪吊りは芯柱を用いる「りんご吊り」です。

兼六園の雪景色 / 根上松 / 金沢
兼六園の雪景色 / 根上松 / 金沢

雪景色の<兼六園> 1

昨日の夜、「卯辰かなざわ」で夕食をとっている頃に降り始めた雪が残っていて、二日目の<兼六園>はうっすらと雪景色でした。天気は快晴でした。  19/02/2017
今回は宿での朝食後、金沢城のお堀沿いに徒歩で真弓坂口から兼六園に入りました。
松の枝は「雪吊り」されています。

兼六園 真弓坂口 / 金沢
兼六園 真弓坂口 / 金沢

今冬のひみ寒ブリ ’16.11.25.~’17.01.31.

今冬の<ひみ寒ブリ宣言>は11月25日、<ひみ寒ブリ終了宣言>は1月31日でした。
「ひみ番屋街」に行きました(2017.02.18.)が、氷見の寒ブリ(ひみ寒ブリ)の名はどこにもありませんでした。そういえば、金沢の近江町市場でもそうでした。ブランド名を大事にしていることがよく分かりました。昨冬は宣言すらしなかったそうです。仕方なく、氷見の鰤を食べてきました。足湯に浸かって帰りました(泉源67度、足湯45.5度)。今回も立山連峰は見えませんでした。

ひみ番屋街 / 氷見
ひみ番屋街 / 氷見

<占領下日本製>のコーヒーカップ

   depuis  2001

東本願寺金沢別院前の<菜喰 安心院(あじむ)>で何故か懐かしい<Made in Occupied Japan (占領下日本製)>の表示に出会いました。
いかにも安物の陶器といったコーヒーカップですが、占領下の日本製品の輸出に義務付けられた(1947-49)表示で、レア物(1947‐52)ということで人気があるようです。どこで手に入れたのかご主人に聞くのを忘れてしまいました。
サンフランシスコ講和条約(1952.04.28.)締結によって日本の主権が回復しました。

Made in Occupied Japan(占領下日本製)
Made in Occupied Japan(占領下日本製)

菜喰 安心院(さいじき あじむ)

   depuis  2001

昼食は東本願寺金沢別院前の<菜喰 安心院(あじむ)>を予約しました。
前回は朝食でしたが、冬場は営業していないというので、昼食にしました。
写真の「八点盛り」とビーフシチュー、御飯、みそ汁、漬物とデザート、コーヒーでした。
スサノオの数字「八」を連想してしまいました。

菜喰 安心院
菜喰 安心院

<参考>

朝食をとった<菜喰 安心院>(さいじきあじむ)
金沢東別院門前の町家の土蔵部分を使った日本料理店。

出雲のスサノオが北九州を統合し、日向の日向津姫(イザナギとイザナミの娘で、記紀のアマテラス)と新婚生活を送った「倭国の都」が安心院。市杵島姫(猿田彦の妻)はここで生まれた。ご主人の生誕地。

日本料理  菜喰 安心院 / 東本願寺金沢別院門前 / 金沢町家。
日本料理 菜喰 安心院 / 東本願寺金沢別院門前 / 金沢町家。

足軽屋敷 高西家

旧加賀藩の「足軽屋敷」です。庭付き一戸建てです。玄関の間(6畳)、座敷(8畳)、納戸(8)、茶の間(6)と土間の玄関(6)、流し(6)と厠(1)と立派です。初めて見ました。
足軽は武士ではありませんが、時代と共に所謂「侍」でない下級武士の「徒士(かち)」並みの待遇を受けるようになっていきました。

足軽屋敷 高西家 / 金沢
足軽屋敷 高西家 / 金沢

旧加賀藩士高田家の長屋門

上級武士(所謂、侍)に許された「長屋門」を入って屋敷内から見た長屋門で、仲間部屋(左)と厩と納屋(右)になっています。池泉回遊式庭園が付いています。屋敷は残っていませんが、500石の平士(平侍):高田家を通して窺う武家屋敷の面影です。仲間は食事付きで同居していましたが無給だったようです。
松、梅等の雪吊りに加え、灌木は縄で束ねて雪害を防いでいます。無料で見学できます。

旧加賀藩士高田家の長屋門 / 金沢
旧加賀藩士高田家の長屋門 / 金沢

<参考>

赤穂/浅野家筆頭家老大石内蔵助が住んでいた大石屋敷の正面門長屋で、元禄の当時を偲ぶ唯一の建物(史跡大石良雄宅阯(大正12年))だ。昭和53年に全面解体修理された。

004

 

灯籠に薦掛け 野村家 武家屋敷跡

木(や屋根)からの落雪 (落氷) による損傷を防ぐため、灯籠に<薦掛け>がされています。
前田利家が尾山城(金沢城)入城以来廃藩置県まで11代続いた加賀藩士 野村家(1200石)の庭園です。曲水は横を流れる大野庄用水から引いています。枝折れを防ぐ雪吊り、大雪見灯篭、さくらみかげ石の大架け橋、樹齢400年の山桃の木も見えています。
住家は藩主を招いた豪商の屋敷の一部 (上段の間・謁見の間 1843) を移築したものです。
武家屋敷を見学できるのはここだけということでした (550円)。

薦掛けした灯籠 / 野村家武家屋敷跡
薦掛けした灯籠 / 野村家武家屋敷跡

尾山神社の神苑

   depuis  2001

尾山神社は加賀藩主別邸 (金谷御殿) 跡に廃藩置県後に創建されたので、神苑も江戸末期以降の造園とされています。古代舞楽の楽器を模した地泉廻遊式の名園です。曲水は兼六園を流れる辰巳用水から暗渠で導いていたそうです。
灯籠の左に琴柱灯籠、左に石造り3連アーチの太鼓橋が見えています。
明るい日差しが差し込んでいて冬の金沢とは思えない風情です。

尾山神社神苑 / 金沢
尾山神社神苑 / 金沢

前田利家を祭る尾山神社神門

加賀百万石の町/金沢では前田利家公 (1539-99) は絶対です。
加賀藩祖 (と、お松の方) を祭るため、明治維新後 (1873) に創建された尾山神社の神門 (1875) です。擬洋風建築 (かつ、中国風) で、最上階にはギヤマンが嵌め込まれています。尾山は地名で利家入城 (1583) 後暫くは尾山城と称していました。

尾山神社神門 / 金沢
尾山神社神門 / 金沢

金沢冬の風物詩 薦掛け

今回の宿は金沢在住のI教授に「ホテル金沢 兼六荘」をとっていただきました。
金沢城大手門近くのお堀通り沿いにあり、反対側に「KKRホテル金沢」があります。
隣の浄土真宗本願寺派の金沢別院大谷廟所の<薦掛け>です。土塀が氷結したり、着雪で剝がれたりするのを防ぐために、12月から3月まで竹に結んだ蓆を吊り下げています。
朝9時過ぎで、日が射し青空が覗いています。瓦は独特です。

金沢冬の風物詩 薦掛け
金沢冬の風物詩 薦掛け

寒鰤を味わいに金沢へ

20年ほど前に氷見の料理屋で食べた寒ブリの色と味は忘れられない。
一昨年の秋は京都から敦賀、福井経由で出かけたが、今回は北陸新幹線を使うことにした。
始発 (6:16) で東京を発ち、明日の終電 (23:32 着)で帰る予定。

金沢駅前広場
金沢駅前広場

金沢駅兼六園口(東口)駅前広場と鼓門(つづみもん)。22/11/2015

ステュムパリデスの鳥を殺すヘラクレス

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ぺロポネスの<ステュムパリデス湖畔の森に棲む青銅の羽を持つ怪鳥を殺すヘラクレスHéraklès tue les oiseaux du lac Stymphale (1909)>。
弓を引くヘラクレス Héraclès archer とも呼ばれ、ヘラクレス12の功業 Travaux d’Héraclès の第6 をモチ-フとした作品(ギリシャ神話)。
第2でヘラクレスが退治する9つの頭を持つ怪物 ヒュドラー hydre de Lerne のレリーフが見えるが、これは 見えていない第1で退治するネメアのライオン lion de Némée と共にリュクサンブール美術館に納入された第2版で追加されたもの (1923)。
アントワーヌ・ブールデル Antoine Bourdelle (1861-1929) の代表作の一つで、オルセー美術館にて 05/08/2012。

Héraklès tue les oiseaux du lac Stymphale / Antoine Bourdelle / Musée d'Orsay
Héraklès tue les oiseaux du lac Stymphale / Antoine Bourdelle / Musée d’Orsay

ヘラクレスの<努力>

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アウゲイアース Augias の家畜小屋を掃除するために、ぺロポネス最大の川アルペイオスの流れを岩を穿って引き込んだヘラクレスの<努力 L’Effort (vers 1908)>を表現したピエール・ロシュ Pierre Roche (1855-1922)の作品。ヘラクレス12の功業 Travaux d’Héraclès の5に触発されたとされる(ギリシャ神話)。
彫像の素材は鉛、岩石は砂岩を焼いた陶器でアレクサンドル・ビゴー Alexandre Bigot (1862-1927)の作品。
リュクサンブール公園に置かれているオルセー美術館所蔵作品。

L'Effort / Pierre Roche / Alexandre Bigot / Jardin du Luxembeurg
L’Effort / Pierre Roche / Alexandre Bigot / Jardin du Luxembourg

4月の泉 / ブリニョル・ガリエラ公園

ガリエラ美術館 Musée Galliera になっているガリエラ宮殿 Palais Galliera の庭園部分はブリニョル・ガリエラ公園 Square Brignole Galliera として開放されている。
<4月の泉 Fontaine de l’Avril(1906)> は象徴主義の彫刻家ピエール・ロシュ Pierre Roche (1855-1922) の作品。被っている大きな帽子は1900年のエスプリを表しているという。

Fontaine de l'Avril / Square Brignole Galliera / Musée Galliera
Fontaine de l’Avril / Square Brignole Galliera / Musée Galliera

16/08/2013

パリの建物 29  セラミックホテル Ceramic Hotel

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Ceramic Hotel
Ceramic Hotel

アールヌーヴォーの建築家ジュール・ラヴィロット Jules Lavirotte (1864-1929) が陶磁器製作のアレクサンドル・ビゴー Alexandre Bigot (1862-1927) と共同で建築したセラミックホテル Ceramic Hotel 。
砂岩を焼いた陶板と陶芸彫刻家の Camille Alaphilippe (1874-1934) のそれを使用したアール・ヌーヴォー建築で、パリ市のファサード・コンペに勝利した作品。
一階に、建築家 Lavirotte(中央)と共に Grès Bigot ( 炻器(せっき):砂岩製の陶磁器 : ビゴー)(左)、彫刻家 Alaphilippe の名が刻まれている。

凱旋門からワグラム大通りAvenue de Wagramを下った右側。

鉄筋コンクリート造最初の教会           サン・ジャン・ド・モンマルトル

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Église Saint-Jean-de-Montmartre
Église Saint-Jean-de-Montmartre

建築家アナトール・デ・ボドー Anatole de Baudot(1834-1915)が鉄筋コンクリートを使用して建てた教会、サン・ジャン・ド・モンマルトル Église Saint-Jean-de-Montmartre(1894-1904)のファサードです。新工法とあって議論噴出、10年を要しました。
表面はレンガ造りにセラミックでアール・ヌーヴォー風に装飾されています。アレクサンドル・ビゴー Alexandre Bigot(1862-1927)の作品です。
キリストのモノグラム、クリスム Crisme :XP が見れます。
彫刻はピエール・ロシュ Pierre Roche (1855-1922) の作品です。

PDF - - 地図メトロライン12をダウンロード新しいウィンドウアベス Abbesses 下車すぐ。

新宿西口・思い出横丁

写真の奥に「思い出横丁」の看板が見えるが、「しょんべん横丁」で通っていたようだ。戦後の闇市の名残で、新宿界隈の学生が重宝していたと先輩から聞いたことがある。
右側に総武線、山手線、中央本線、埼京線が走っていて、突き当りは新宿大ガード、青梅街道だ。
青梅街道は新宿・追分で甲州街道と分岐し、甲府で再び合流する「甲州裏街道」だった。

新宿西口・思い出横丁
新宿西口・思い出横丁

奇麗になったヴァンセンヌの中心 9

ヴァンセンヌの中心広場(多目的広場)であるエグリーズ広場 Place de l’église です。
新年を祝う行事はこの広場で行われます。舗装に見られる錠穴は週3回(火・金・日)行われる朝市のテント用や電源・水道用(写っていない)のもの。朝市前日の午後から用意が始まり、当日の午後には撤去されます。この日は水曜日だったので支柱は立っていません。
教会手前の樹々の幹が色鮮やかに飾られていたので写してみました。手前左のSapin de Noël は花屋さんfleuriste の MONCEAU FLEURS の店頭です。   14/12/2016

Place de l'église / Vincennes
Place de l’église / Vincennes

ブールデル美術館のアントレを飾る<Le Fruit>

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Le Fruit, buste et tête avec petite coiffure / Antoine Bourdelle / Musée Bourdelle
Le Fruit, buste et tête avec petite coiffure / Antoine Bourdelle / Musée Bourdelle

モンパルナスにある「ブールデル美術館 Musée Bourdelle」の玄関 entrée に置かれているのはブールデルAntoine Bourdelle (1861-1929)が裸の女性を解剖学的に研究した作品として有名な<Le Fruit(1902-06)>の一つです。庭に置かれているフルーツを持った全身像とは違って、女性の<胴体と小さな髪の頭部 Le Fruit, buste et tête avec petite coiffure (1911)>の彫像です。
力強くて迫力のあるブールデルの作品とは一味異なる優美さが感じられて好きな作品です。

恵比寿ガーデンプレイスひろば

「恵比寿ガーデンプレイスひろば」を上がったところの広場です。正面に「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」の入っているシャトー Château があります。後方左はウェスティンホテル東京。前方ではオリーブの樹が大きく育っています。
左にブールデル Antoine Bourdelle (1861-1929) の作品<果物 Le Fruit(1902-06)>が置かれています。彼が裸の女性を解剖学的に研究した作品として有名です。

恵比寿ガーデンプレイスひろば
恵比寿ガーデンプレイスひろば

新宿ガーデンから西戸山タワーホームズを

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2.4haの複合市街地として整備された(2016)新宿ガーデンと西戸山タワーホームズ(1988)です。
左が新宿ガーデンタワー(37F:150m)、右にスカイフォレストレジデンス(25F)、写っていない右側地下に帰宅困難者の一時滞在に開放されるイヴェントホール:ベルサール高田馬場があります。
中央に見える西戸山タワーホームズ(25F)は「中曽根民活」第1号として建築されました。磯崎新の設計です。

新宿ガーデンと西戸山タワーホームズ
新宿ガーデンと西戸山タワーホームズ

恵比寿ガーデンタワーからの眺望(新宿方向)

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恵比寿ガーデンプレイスの「恵比寿ガーデンタワー」のスカイラウンジから新宿方向を展望しました。
中央真下がJR 山手線の恵比寿駅です。一番奥に新宿の超高層ビル群(新宿パークタワー(235m)、東京都庁(243m)等)が見えていて、その一番左に東京オペラシティ(54F:234m)、右に代々木駅前の NTT ドコモタワー(239m)、その右に歌舞伎町の旧コマ劇場跡の新宿東宝ビル(30F:130m)、右端に最近高田馬場に完成した新宿ガーデンタワー(37F:150m)です。西戸山タワーホームズ(25F)はその間です。

恵比寿ガーデンプレイスタワーからの眺望
恵比寿ガーデンプレイスタワーからの眺望

恵比寿ガーデンプレイス

恵比寿ガーデンプレイスの中央広場手前からの風景です。3ツ星レストラン<ガストロノミー  ジョエル・ロブション>等の入るシャトー Château とその奥にウェスティンホテル東京。広場の右側に恵比寿ガーデンプレイスタワー(40階建て、地下5階)、左側に恵比寿三越店です。 ジョエル・ロブション Joël Robuchon (1945-)は有名なフランス人シェフです。
<恵比寿ガーデンプレイス>はエビスビールの工場跡地の再開発事業として(旧)住宅・都市整備公団が設計・施工しました(1991-94)。奥に見える2棟の住宅棟の右側にUR の賃貸住宅棟のUR 都市機構恵比寿ビュータワー(32階建て)があります。

恵比寿ガーデンプレイス
恵比寿ガーデンプレイス

鮨たか (下高井戸旭鮨総本店)

昨日は朝からポカポカ陽気でした。昼食がてら久しぶりに恵比寿ガーデンプレイスに出かけました。山手線で10分です。テレビでも紹介された<鮨たか (下高井戸旭鮨総本店)>の期間限定(2月末まで)女性限定のランチメニュー/初景色(30食限り)とインドマグロ2貫を注文しました。干支の酉の後ろにホタテとアナゴが隠れています。これにシジミの味噌汁が付いて税込み1620円、マグロのトロは創業90周年を記念して1貫90円(消費税込みで97円)でした。

鮨たか / 恵比寿ガーデンプレイスタワー
鮨たか / 恵比寿ガーデンプレイスタワー

奇麗になったヴァンセンヌの中心 8

ヴァンセンヌの東西軸 Rue du Midi と南北軸 Avenue du Château との交差点の石畳舗装の状況です。
市街地改造計画 Projet de Ville / Centre-Ville 第一期 Phase 1 の工事です。17/02/2012
いずれも車両の通行を禁止、南北軸を走るバスは臨時の迂回ルートを通ります。
駐車帯を含めて4車線だった南北軸を2車線に狭め、その分を歩道の拡張(一部を駐車帯)に充てます。メインのショッピング街の東西軸は3車線を1車線とし大半が歩道の拡張に充てられます。

Avenue du Château / Rue du Midi
Avenue du Château / Rue du Midi

ディズニーランドホテル(パリ)のクリスマスツリー

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ディズニーランド・パリのホテル、Disneyland Hôtel のロビーに置かれていたクリスマスツリー Sapin de Noël です。08/12/2016
RER A線で Marne la Vallée Chessy(Parc Disneyland) 行き(A4線)に乗車し終点で下車。
ヴァンセンヌ Vincennes からは直通で行けます。この日の帰りはSaint-Germain-en-Laye 行き(A1 線)に乗り、ヴァンセンヌで降りずに終点のサンジェルマン=アン=レー まで足を延ばしました。

Sapin de Noël / Disneyland Hôtel / Disneyland Paris
Sapin de Noël / Disneyland Hôtel / Disneyland Paris

奇麗になったヴァンセンヌの中心 7

ヴァンセンヌの中心を南北に貫くシャトー大通り Avenue du Château です。パリ大通り Avenue de Paris に面するヴァンセンヌ城の正門:村の塔 Tour du Village から真っ直ぐ北方向のメイン道路で、両方向のバス通りです。クリニャンクール Clignancourt 行きのライン56 はここを通ります。
左(東)側には随所に駐車帯がありますが右側にはありません。右端に映っているのはブラッスリー Le Saint Louis で、ヴァンセンヌ所縁のサン・ルイ(ルイ9世)の名を付けています。
PDF - - 新しいウィンドウ地図地下鉄ライン1をダウンロード Château de Vincennes の駅はパリ道に出て左側です。      01/04/2016

Avenue du Château / Tour du Village / Vincennes / Vincennes
Avenue du Château / Tour du Village / Vincennes

奇麗になったヴァンセンヌの中心 6

RER A線のヴァンセンヌ駅前広場 Place Pierre Sémard からミディ通りを見たところです(2016.04.01.)。改造前(下の写真)の車道左右の駐車帯が歩道の拡幅に充てられました。街燈も撤去されて壁掛け式に代わりました。車道の舗装は石畳に、歩道はタイル張りになりました。歩行者重視の街づくりに転換したことが分かります。
シャトー大通りからこちら側への一方通行に変わっています。看板等の広告物や標識も少なくなってすっきりしています。

Rue du Midi / Vincennes
Rue du Midi / Vincennes

改造計画 Projet de ville / Centre-Ville  前のミディ通りです(2008.08.13.)。
土曜日の午後は歩行者天国になっていました。

Rue du Midi / Vincennes
Rue du Midi / Vincennes

奇麗になったヴァンセンヌの中心 5

ヴァンセンヌの聖母教会前のエグリーズ広場 Place de l’église 付近からレモン・デュ・タンプル通り Rue Raymond du Temple をメトロ1号線のシャトー・ド・ヴァンセンヌ Château de Vincennes 駅方向に見てみました。以前は鉄道が走っていました。
ミディ通りとの交差点の右手前が八百屋さんLe Verger du Château 、向こうがパン屋さんIsabelle et Valérie 、左向こうが男性服店と花屋さん Patrick Gard Fleurs です。

Rue Raymond du Temple / Vincennes
Rue Raymond du Temple / Vincennes

 

東京の露店 穴八幡宮

   depuis  2001

穴八幡宮を背にして参道に出店している露店を見た。正面に随神門の屋根が見えている。山の手の先端の一つで、その先は急な階段で早稲田の低地(隅田川の支流神田川)が広がる。
左右に一対の狛犬。八幡宮拝殿に向かって右(写真の左)に阿形(あぎょう)の狛犬、左足で玉を踏んでいる「玉取りの狛犬」。左に吽形(うんぎょう)の狛犬、右足で子供を踏んでいる「子取りの狛犬」、子犬は参拝者の方を向いているので写真では分かりずらい。
楠後方の建物には徳川家光が奉納した(1649)「布袋像の水鉢」が置かれている。
25/01/2017 の10時なので参拝者は少ない。「一陽来復」の御守りも殆ど並ぶことなくいただけた。

穴八幡宮 / 西早稲田 / 新宿
穴八幡宮 / 西早稲田 / 新宿

明治神宮の大鳥居 / 日本一の木造明神鳥居

   depuis  2001

木造の明神鳥居としては日本一の明治神宮の大鳥居(1976)。
樹齢1500年の台湾産ヒノキ。落雷で破損した(1966)初代大鳥居(1920)も樹齢1200年余の台湾産ヒノキで、当時の台湾総督府による献木だったそうだ。
横綱・稀勢の里のお披露目奉納土俵入りに陪席する人の列が南神門前の三の鳥居を先頭にして左側に、大鳥居(二の鳥居)からは右側に写っている。
神紋(1965制定)は十二弁菊紋(定紋:表紋)と五三の桐紋(替紋:裏紋)だが、大鳥居には創建当時の十六弁菊紋が使われている。

明治神宮の大鳥居 / 日本一の木造明神鳥居
明治神宮の大鳥居 / 日本一の木造明神鳥居

第72代横綱となった稀勢の里のお披露目奉納土俵入り

昼食を原宿・明治神宮前の「南国酒家」に予約して、第72代横綱となった稀勢の里のお披露目の奉納土俵入りの行われる明治神宮に足を運んだ。10時頃のテレビでは「そろそろ行列が長くなり始めた」といった報道だったが、12時過ぎに大鳥居(二の鳥居)前の最後尾に着いた時には「定数に達しました・・(11時半頃だったらしい)」とアナウンスされている状況だった。最後尾の人でも4時間待ち。
予想通りだったので、奉納の行われる南神門を入った本殿前広場まで行って奉納土俵入りを待つ熱気を体感してきた。柵で囲われている部分が陪観席。       27/01/2017

明治神宮本殿前広場 / 稀勢の里お披露目奉納土俵入り
明治神宮本殿前広場 / 稀勢の里お披露目奉納土俵入り

2時間弱の昼食後に帰宅して観たTBS テレビの生中継。雲龍型の手数入(でずいり)(土俵入り)。
後方の段差のところが南神門。本殿との距離は相当ある。

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玄国寺にある岩倉具視邸前の紅白の梅

   depuis  2001

高田馬場、旧諏訪町にある諏訪神社の別当寺だった玄国寺に岩倉具視邸(の一部)が移築されている。神社を監視する別当寺には空海・弘法大師の関係で真言宗の寺が多いが、玄国寺も真言宗豊山派の寺だ。移築の経緯は詳らかではない。
節分が近づいたので、恒例で穴八幡宮へ「一陽来復」のお守りを頂きに行く通り道、玄国寺の梅を見に立ち寄った。2017.01.25.
鬼瓦に見られる笹竜胆(ささりんどう)の紋は村上源氏の血筋を引く岩倉具視の家紋。

玄国寺の梅 / 岩倉具視邸
玄国寺の梅 / 岩倉具視邸

奇麗になったヴァンセンヌの中心 4 

ヴァンセンヌの東西方向のショッピング街であるミディ通りをフォントネ通りとパリ大通り Avenue de Paris を結ぶ南北通りのレモン・デュ・タンプル通りとの交差点付近からRER ヴァンセンヌ駅方向を遠望したところです。
道路線は1車線で東向きの一方通行、両側に広い歩道と所々に駐車帯があります。中心を南北に走るシャトー大通り(バスが通る) Avenue du Château との交差点で一方通行の向きが変わります。
右手前が八百屋さん Le Verger du Château 、パン屋の Paul 、マクドナルドなどが見えています。
商店街の賑わいがうらやましいです。

Rue du Midi / Vincennes
Rue du Midi / Vincennes