英語圏で最古の教会 St Martin’s Church, Canterbury

カンタベリーのセントマーティン教会  St Martin’s Church, Canterbury は英語圏で最古の教会 。フランク王(パリ) カリベルト1世 Charibert I の娘でケント王妃/ケントのベルタ Bertha of Kent (565-601 頃)が古くからの教会を修復して Saint Martin of Tours に捧げた礼拝堂だった。
教皇グレゴリウス1世によりケント国に伝道派遣された「カンタベリーのアウグスティヌ」はこの教会を基地として隣に「聖オーガスティン修道院 St Augustine’s Abbey」を建設し初代カンタベリー大司教となった(597)。
ローマンタイルの壁やローマレンガの再利用:スポリア Spolia が残っていると説明にある。

St Martin’s Church, Canterbury / Canterbury

ジンバブエの国旗 ジンバブエ

広告

<ヘンリー7世の王章>と<チューダーの薔薇>

カンタベリー大聖堂の入り口、クライストチャーチゲート Christchurch Gate にある紋章。
バラ戦争 (1455-87) を終結し、チューダー王朝を開いた<ヘンリー7世の王章>。門の中心(左から2番目)にある。左上と右下にフランス:「三つのフルール・ド・リス」、右上と左下にイングランド:「三つのパッサントのライオン」のシールドをウェールズのドラゴンと白いグレイハウンドが支えている。
その右が<チューダーの薔薇 Tudor rose>でランカスター家の赤バラとヨーク家の白バラを重ねたもので、両家和解の象徴。その右が王太子アーサーの妃<アラゴンのキャサリン Catherine of Aragon の紋章>
左は母<マーガレット・ボーフォート Margaret Beaufort の紋章:落とし格子>。その左にアーサー王太子の使った<プリンスオブウェールズの紋章(参照)>がある。
ヘンリー5世がフランス王位の継承権を認めさせ、王妃キャサリン・オブ・ヴァロアの父、フランス王シャルル6世の次のフランス王を密約していたという話がある。また、ヘンリー6世はフランス王を僭称していたという。
シールドの最上位である左上にフランス王の紋章を置いているのだ。ジョージ1世のハノーバー朝で右上2位の座に移るものの、フランス王のなくなるフランス革命まで続く。

Coat of Arms of King Henry VII of England / Tudor rose / Christchurch Gate / Canterbury Cathedral / Canterbury

カンタベリー大聖堂の入り口 クライストチャーチ門

.

Christchurch Gate / Canterbury Cathedral / Canterbury

クライストチャーチゲート Christchurch Gate はヘンリー7世が息子のプリンスオブウェールズ:アーサーとキャサリン Catherine of Aragon との結婚(1501)を祝して奉納したものとされている。
が、翌年王太子が亡くなったこと、妃が弟で後のヘンリー8世(1509即位)と再婚した(1509)こと、持参金問題が燻っていたこと等あって完成は遅れた(1517)。
歓迎のポーズをとるキリストの下にヘンリー7世の王章等の紋章が並ぶ。
右の建物が宿泊した Cathedral Gate Hotel 。

タワーハウスに見る<カンタベリーの市章>

ウエストゲートガーデン Westgate Gardens の一角にあるカンタベリー市長の執務室:タワーハウス Tower House 。ヴィクトリア朝 (1837-1901) 初期の建物。
三羽のベニハシガラス Cornish の上にパッサントのライオン。
前者 、「トーマス・ベケット Thomas Becket の紋章」に赤地に金色の3匹のライオン・パッサント Lions passant:「イングランド王の紋章」を合成した「カンタベリーの市章」。
カンタベリー大司教はヘンリー2世と対立し、大聖堂で暗殺された (1170) 。

Tower House Canterbury / Arms of Canterbury / Canterbury

ライキャッツ Rye Cats / ライ陶器

イギリス南部、以前直接海に面していた名残を残すライの街は手作りの<ライ陶器 Rye Pottery>(1793)で有名。チョーサーのカンタベリー物語」のフィギュアを始め「サセックス豚」や「イングリッシュフィギュア」、「動物シリーズ」等がある。
土産に買ったのはライキャッツ Rye Cats 。底面に絵付師のサインと「Rye Pottery Hand Made in England」の刻印がある。

Rye Cats / Rye Pottery / Rye

今日は愛猫だった故 ROSE の月命日です。

カンタベリーのウエストゲートとグレートストゥール

城郭都市カンタベリーのウエストゲートと濠の役目の River Stour の本流グレートストゥール Great Stour。右側が城内でカンタベリー大聖堂、カンタベリー城等がある。また、グレートストゥールの(元)本流が城内を流れていてボート観光ができる。
後方(上流)に展開する、マガモ等のいる Westgate Gardens は必見。上流はアシュフォード Ashford の町を流れ、下流は北海 North Sea に至る水運に欠かせなかった川。
ウエストゲート(1379 頃)は現存するイングランド最大のシティウォールのゲート。

Westgate / Westgate Gardens / River Stour/Great Stour / Canterbury

大陸からの玄関口 ロンドン・ヴィクトリア駅

大陸からロンドンへの嘗ての玄関口ヴィクトリア駅 London Victoria station 。
プラットホーム西側なので、イングランド南、南西部行きの Southern 鉄道等の案内が並び、左端にドーヴァー Dover Priory 行きの表示が見える。
乗車したのは15分間隔で出ている Southeastern 鉄道のカンタベリー行きで、画面より左、東寄りのホームから。Championnats du monde 2017 Londres が終わって10日目。
ロンドン発のオリエント急行「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス Venice Simplon-Orient-Express」はヴィクトリア駅2番ホームから出て、ユーロトンネル・ル・シャトル Eurotunnnel Le Shuttle を使ってバスでドーヴァー海峡を渡る。カレーで列車を乗り換えパリは東駅 Gare de l’Est を通る。

London Victoria station / London

第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手

川之江秋祭り 2017 の2日目、栄町商店街を練る第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手の若衆の皆さんです。3日目は終日雨模様で力が出せずお気の毒でした。
第七號鉄砲町太鼓台<名月>、第九號馬場町太鼓台<菊>が続いています。
太鼓台の町名を示す「第六號農人町太鼓台の幟」や「舞鶴の旗」や「国旗」等を長尺の生竹に吊るす形は川之江独特です。

第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手 / 川之江秋祭り 2017

「井山6冠」が高尾名人から名人位を奪還し、再び7冠となる。

長須 中所獅子舞/川之江太鼓台等統一寄せ にて

   depuis  2001

讃岐の三豊郡庄内村生里に伝承されていた獅子舞に起源をもつといいます。江戸時代、長須村の庄屋石川家の分家、東八家がそれに工夫を加えて川之江八幡神社に奉納していた獅子舞を中所地区が譲り受けたもの (中所奉納獅子) で約200年の歴史があります。
第四號旭町太鼓台<鯱>、第拾参號大門太鼓台<欄>、第貮拾号古町太鼓台<丸龍>。
第六號農人町太鼓台<舞鶴>はこの時点で画面奥左にあり、先頭で駅前通り商店街に向かおうとしていました。     川之江秋祭り 2017

長須 中所獅子舞/川之江太鼓台等統一寄せ / 川之江秋祭り 2017

 

栄町商店街を練る 第六號農人町太鼓台<舞鶴>

川之江秋祭り 2017

雨具を外して栄町商店街を練る 第六號農人町太鼓台<舞鶴> です。
老舗 (1772 創業) の「柴田のモナカ本舗」の白賁堂前です。屋号は農人町出身の尾藤二洲の弟子で、近くで私塾を開いていた近藤 篤山 (宇摩郡出身) の命名だそうです。
第七號鉄砲町太鼓台<名月>、第九號馬場町太鼓台<菊>‥と続いています。

第六號農人町太鼓台<舞鶴> / 川之江秋祭り2017

早朝から小雨が降り続いています。
08:10  第六號農人町太鼓台<舞鶴>、ギャラリー・イグレック前を通過しました。すっぽりビニールシートを被っていますので、「御花御礼」も絵になりません。気の毒です。

パキスタンの国旗

20:10  第拾号塩谷町太鼓台<亀>、G.Y. 前を通過、基地に帰りました。雨は降り続いていて、シートの下に提灯はついていました。
20:30  <舞鶴>は G.Y. 前を通らず、讃岐街道を帰ったようでした。
川之江秋祭り 2017 が終わりました

獅子に舞ってもらう 川之江秋祭り 2017

獅子舞 / 川之江秋祭り2017 /
ギャラリー・イグレック

 

   depuis  2001

川之江秋祭り 2017

心配された天気もたまに小雨がぱらつく程度でまずまずの2日目でした。
「川之江太鼓台等統一寄せ 」会場の栄町駐車場に向かってギャラリー・イグレック前を通過した「獅子舞」に舞ってもらいました。写真を撮ったのは初めてです。
「獅子舞」は長須から参加しています。

 

 

 

 

22:05  第六號農人町太鼓台<舞鶴> ギャラリー・イグレック前を通過し、農人町公会堂へ帰りました。

パリ市庁舎広場で世界陸上2017 (ロンドン) を観戦した

8月4日(金)から13日(日)までの10日間<世界陸上 Championnats du monde 2017>がロンドンで開催された。その模様はパリ市庁舎広場 Parvis de l’hôtel de ville で中継された。
女子 400m (予選) に出場したジャマイカの Williams-Mills 。「2007 Osaka」 で銅メダル獲得。決勝では 51秒48 (自己最高 49.63 、今シーズン最高 50.14 )と振るわず8位に終わった。
右が市庁舎で LE BHV MARAIS との間にリヴォリ通りが東西に走る。06/08/2017.
マラソン男子(多元中継の一つ)はこの頃セントポール寺院前を通過中だった。

Championnats du monde 2017 Londres / Parvis de l’hôtel de ville

今日から3日間/13日(金)‐15日(日) <川之江秋祭り2017>です。
早朝から各町の太鼓台がギャラリー・イグレック前を通過しています。

パリの市章 / パリ解放 Libération de Paris 記念

.

La colonne Dronne / Libération de Paris / Hôtel de Ville de Paris

 

パリ市庁舎に貼られているパリ解放 Libération de Paris の60周年記念プレート。
第二機甲師団長のルクレール少将(将軍)はドローヌ隊長 Raymond Dronne にパリ市庁舎への突進を命じた。ドローヌ隊 La colonne Dronne はスペイン戦争でアフリカに逃れていたスペイン共和党員が主体だった。ポルト・ディタリーからパリに入り、オーステルリッツ橋でセーヌ川を渡ってパリ市役所に至った (24 août 1944) 。
道筋に同じメダルが貼られているようだ。

天使の熊 Angel Bear / パリ・ノルド駅

パリ・ノルド駅前のナポレオン3世広場 Place Napoléon III に置かれた<天使の熊 Angel Bear (2015)>。リシャール・テクシエ Richard Texier (1955-) の作品。 熊は北極熊。
Cop 21 (2015) で地球温暖化対策のための「パリ協定」に合意し、「京都議定書 (1997) 」を発展させた (アメリカが離脱を表明中 (2017) ) 。

Angel Bear / Richard Texier / Place Napoléon III / Gare du Nord

 パリ及びシャモニー Chamonix-Mont-Blanc に出かけました。11-16/10/2017.

サルペトリエール病院 の サン = ルイ広場

サルペトリエール病院 Hôpital de la Salpêtrière の中央館 Pavillon central とその前に拡がるサン = ルイ広場 Cours Saint-Louis 。左端に見えている時計塔はサン = ルイ教会の鐘楼。
立派な松の樹の手前で黄色い花を咲かせているのは「セナディディモボトリャ Senna didymobotrya 」、アフリカ原産でマメ科セナ属の落葉低木。フタホセンナ (双穂旃那 ) という和名を持っている。
ダイアナ妃はこの病院で亡くなった。

Hôpital de la Salpêtrière / Cours Saint-Louis / Senna didymobotrya

 

パリの建物 35 サン = ルイ病院 Hôpital Saint-Louis

ペストの流行 (1605-06) に対処して、アンリ4世 ( 在位 : 1589-1610) が隔離病棟として創設した (1607-12) のに始まる総合病院。「サン = ルイ」の名は第8回十字軍遠征において、同じ伝染病の赤痢に感染してチュニスで亡くなった (1270) ルイ9世に因んだもの。
四角形の中庭 Quadrilatère Saint-Louis を取り囲む連続した建物の1つで、時計と4つの門の1つ (11門) が付いている。アンリ4世のお抱え建築家クロード・シャスティヨン Claude Chastillon (1559-1616) が設計し、クロードヴェレフォー Claude Vellefaux (?-1629) が建築した。

Hôpital Saint-Louis / Quadrilatère Saint-Louis

カササギ ( 舃、鵲 ) /八咫烏 (ヤタガラス) 

カササギは八咫烏 (ヤタガラス)三足烏 (サンソクウ) の原型とされている。元々日本には見られなかったとされるスズメ目カラス科の鳥。
パリでは普通に見れる鳥で、自宅のあるブロックの中庭にも「つがい」がいる。
ラスパイユ城 Château Raspail 公園で撮ったカササギ Pie bavarde (Pica pica)。
昔 (セキ) はスサノオの姓、舃 (セキ) は楚の履物であることから八咫烏とスサノオの祖先 (サカ国) を結び付ける説がある。

Pie bavarde (Pica pica) / Parc Raspail / Cachan / カササギ

八咫烏 (ヤタガラス)

.

八咫烏 / 讃岐国 一宮 田村神社

 

「讃岐国一宮 : 田村神社 」に置かれている八咫烏 (ヤタガラス) 。
神武東遷の際、賀茂建角身命 (味耜高彦根命) が八咫烏に化身して案内を務めたと伝承されているが、ニギハヤヒと同世代の人物なので世代が合わない。彼の育てた忍者集団だったのではないかとの説を支持したい。
八咫烏はスサノオを祭る熊野神社の神使。
八咫烏が次に現れたのは「ヤマトトトヒモモソヒメ」の父である「孝霊天皇」の時代だとされる。二人とも田村神社所縁の人物だ。

正教会の十字 Croix orthodoxe

パリのサント = トリニテ大聖堂 Cathédrale de la Sainte-Trinité de Paris (2016) に見る正教会の十字 Croix orthodoxe 。ビザンチンの十字 Croix byzantine とも。
セーヌ川に架かるアルマ橋下流左岸沿いに建つナポレオン3世時代のアルマ宮殿 Palais de l’Alma (1864) 越しに。クロスのフットバーが右下がりに見えるので、左側が正面かと‥

Croix orthodoxe / Cathédrale de la Sainte-Trinité de Paris / Palais de l’Alma

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 10   サント = ジュヌヴィエーヴ

   depuis  2001

Statue de Sainte-Geneviève / Jardin du Luxembourg

パリの守護聖人 Patronne de Paris であるサント = ジュヌヴィエーヴ Sainte-Geneviève (423-512) 。フン族のパリ襲来(451)に際し、抵抗に悲観的な市民にパリ/ルテシアを放棄しないように呼び掛け、祈りによって迂回させることに成功した。コレラが流行しているというデマを流したという説もあるようだ。
ミシェル・ルイ・ヴィクトール・メルシエ Michel-Louis Victor Mercier

サント = ジュヌヴィエーヴ = デ = ボワ の城

   depuis  2001

サント = ジュヌヴィエーヴ = デ = ボワ のドンジョン Donjon は14世紀建造の Château de Sainte-Geneviève-des-Bois の遺構。ルイ13世 (在位 : 1610-43)が近くのセキニーの森 Forêt de Séquigny で狩りをした際には滞在したというから、17世紀になって城とオランジュリー等が再建・追加されたようだ。
城に接して走っているコルベイユ通りRoute de Corbeil はローマ街道が後にオルレアンに至る「王の道」になったものと思われ、フルール・ド・リスの付いたマイルストーン Borne à fleur de lys が現存している。
パリの守護聖人 Geneviève (423‐512) は448年に発生した伝染病流行の際、セキニーの森 近くで湧き水を噴出させる奇跡を起こした。パリをフン族から護った (451) 3年前のことだ。
RER C4 または C6 線の Sainte Geneviève des Bois 下車、バス。

Donjon / Château de Sainte-Geneviève-des-Bois / Sainte-Geneviève-des-Bois

ヴェラスケスが描いたシュヴルーズ公爵夫人

.

The Lady with a Fan / Diego Velázquez / The Wallace Collection

ヴェラスケス Diego Vélasquez (1599-1660) が描いた唯一のフランス人と言われるシュヴルーズ公爵夫人の肖像、<扇を持つ女性 The Lady with a Fan(c 1640)>。ナポレオン1世の弟の一人 Lucien Bonaparte が売りに出した (1801) 以前の記録がない。長らくスペイン女性と思われてきた。The Wallace Collection 所蔵。
シュヴルーズ公爵夫人 Marie de Rohan (1600-79) はルイ13世のお気に入りで、王妃 アンヌ・ドートリッシュ Anne d’Autriche (1601-1666) の友人であり相談相手だった。国外との陰謀事件の全てに関わったとされ、波乱の生涯を送った。
この絵は宰相リシュリューによりスペインに追放 (1637) されていた時に描かれたとみられている。もう少し若くてスペインの衣装を着た彼女の肖像画が Devonshire Collection にあることが有力な根拠らしい。

畠山城址 からの 川之江城 (仏殿城)

川之江城 (仏殿城) の支 (枝) 城だった畠山城の城址から見た川之江城。背景は空ではなく山 (法皇山脈) 。本丸跡に石碑、二の丸跡には塩釜神社 (塩谷町) が建っている。旧讃岐街道から急な階段を上る途中で、防御用の帯曲輪が三段施されていたことが分かる。
両城共に、南北朝時代に建造 (1336-39) され、織豊時代に廃城 (1585) になったようだ。なお、仏殿城に天守はなかった。

川之江城

ノルマン型角塔天守を持つドーヴァー城

ドーヴァー海峡 Strait of Dover の反対側から見たドーヴァー城 Dover Castle の全景。
中央の天守は4隅の小角塔を繋ぐ角塔構造で、ノルマン型と呼ばれる。イングランド最大の城で、ヘンリー2世 (在位:1154-89) が既存の城を改築した (1179‐91) 。
ヘンリー2世はアンジュ伯でもあり、フランスのロアール渓谷のシノン城で亡くなった。

Dover Castle / Dover

私の撮ったホワイトクリフ White Cliffs of Dover

ドーヴァーの浜辺の遊歩道 ウォータールー・クレッセント Waterloo Crescent 辺りから見えるドーヴァーの白い崖 White Cliffs of Dover 。崖下はフランスのカレー Calais とダンケルク Dunkerque とを連絡するフェリーが発着する「新ドーヴァー港」。
崖の上はドーヴァー城 Dover Castle の南端で、海峡と大陸を望む展望台が見えている。
Waterloo Crescent House に宿泊した。クレッセントは「三日月」の意で、フランス語ではクロワッサン croissant 。
ウォータールーはワーテルローのことで、ナポレオン1世をワーテルローの戦い (1815) で破ったウェリントン公 Arthur Wellesley (1769-1852) はドーヴァーから大陸に渡り、帰還した。ロンドンのウォータールー橋 (哀愁) もその戦勝に名を由来する。

White Cliffs of Dover / Dover

来夏のパリ行きの手配が昨日終わりました。

旧ドーヴァー港 と ホワイトクリフ

流れ込む土砂対策に明け暮れながら、帆船で賑わった「旧ドーヴァー港」の今。マリーン基地や修理ドックとして利用されている。
現港は左の海側に拡張して移動し、 AIDAsol (71,300 GT ) 等の豪華クルーズ船の停泊埠頭になっている。Spirit of Britain や Spirit of France (49,000 GT ) 等の海峡横断フェリー (嘗ては列車ごと大陸と行き来していた) は東側 (写真のずっと右側) の新港に移されている。
ドーヴァー周辺海岸線の白い台地はホワイトクリフ White Cliffs と言い、フランス側も同じ白亜地層。古は地続きだったとされる。また、白いを意味するアルビオンはブリテン島の古名。

Ancient Dover harbour / Dover

ドーヴァーの時計塔 Dover’s Clock Tower

パリに比べるとイギリスの町では時計が目に付く。この時計台 Clock Tower はドーヴァーのランドマークの1つだ。
今はプレジャーボート等の係留地になっている嘗ての港の土砂排除のために設置した水門の両サイドに制御施設を収容する上屋として建設された (1830) のが始まり。
船舶の大型化等に対応して解体・再建され (1877) 、プリンスオブウェールズ埠頭建設に伴い現位置に移設された (1890) 。

Clock Tower / Prince of Wales Pier / Dover

ドーヴァー海峡横断水泳の記念碑

オランダの東インド会社への処女航海で遭難した「アムステルダム号」の例を挙げるまでもなく、英仏海峡は古来航海の難所だった。
ドーヴァー海峡は横断水泳 Cross Channel Swimming の難コースとしても有名。その記念碑 (1992)。Ray Smith (1959-) の作品<波頭 On the Crest of a Wave>。
二方向 (カレーとドーヴァー) へ波頭に向かって泳ぐ泳者。海の部分はこの地方特産の白いポートランド石で、その上の泳者には濃緑のスレートが使われている。
背景はドーヴァー城のあるホワイトクリフとドーヴァーのフェリー港 (カレー、ダンケルク) 。

ドーヴァー海峡横断水泳の記念碑 / ドーヴァー

ライフル大隊 の慰霊碑と ドーヴァー城

イギリスの東インド会社によるインド統治下で起こったインドの大反乱 Indian Mutiny (セポイの乱) の収束に貢献した「王のライフル大隊」の犠牲者 (1857‐59) のための慰霊碑 Rifles Monument (1861) 。
新式のエンフィールドライフル (1853) の訓練はドーヴァーで実施されていたが、勃発した反乱鎮圧のためインドに派遣された。この乱を契機として、本国政府の直接統治が始まる (1858王室統治、1877 インド帝国成立 ) 。
Rohilcund Campaign (1858)は Rohilcund、Delhi、Oude 付近での戦い。
丘の上にドーヴァー城 Dover Castle 。ローマ侵攻時の灯台に始まり一貫して防衛の拠点。

Rifles Monument / Dover Castle / Dover

  パリへ出かけました。26-30/09/2017。

秋の気配 ススキとマンジュシャゲ

秋の気配 ススキとマンジュシャゲ

 

ヤハズススキ (斑入りのススキ) と白のヒガンバナを活けました。
この夏訪れたドーヴァー ( 海峡 ) で拾ってきた小石を組み合わせてみました。
金沢「中島めんや」(1862) の加賀人形<加賀八幡起上り>。

屏風には李白の七言古詩「南陵にて兒童と別れ京に入る」。

李白と玄宗皇帝と楊貴妃

18/09/2017

パリの市章/ヴァンドーム広場の街燈柱

ヴァンドーム広場の改装に伴い街燈柱も改装された。パリの市章もくっきり。
<揺蕩えども沈まず Fluctuat Nec Mergitur >のリボンとレジオン・ドヌール勲章がオーク (永続) と月桂樹 (勝利) のクロスする小枝に懸けられている。帆船の帆は2枚。冠は城壁。
左がリッツ Ritz Paris 、 広場の北東面の西側。Schiaparelli、Dubail、 Louis Vuitton が。

Blason de Paris / Place Vendôme

エッフェル塔百態 144 セイヨウボダイジュの並木

写真に写るほどに疎らで大粒の俄雨に煙るエッフェル塔。チュイルリー公園のテラス・デュ・ジュ・ド・ポーム Terrasse du Jeu de Paume の一角から。  25/07/2017.
公園のテラスを取り巻くのは全てセイヨウ (ナツ) ボダイジュ Tilleul à grandes feuilles の並木で手前にその葉と実が写っている。
エッフェル塔の足元はマロニエの並木で、コンコルド広場の向こう側になる。

Tour Eiffel / Terrasse du Jeu de Paume / Jardin des Tuileries / Tilleul à grandes feuilles

 

鳥を捕らえた猫 / 国立ピカソ美術館・パリ

   depuis  2001

ピカソ美術館 Musée National Picasso-Paris で見た<鳥を捕らえた猫 Chat saisissant un oiseau (1939)>。その頃、パブロ・ピカソPablo Picasso (1881-1973)は「ゲルニカ」を描いた(1937) グラン・オーギュスタン通り Rue des Grands-Augustins のアトリエに住んでいた。スペイン国籍とはいえ大戦中占領下のパリに滞在し続けた。
01/04/1939 にはスペインでフランコの独裁政権が樹立。この絵は 22/04/1939 に描かれた。

Chat saisissant un oiseau / Pablo Picasso / Musée National Picasso-Paris

今日は故 ROSE の月命日。

ギャラリー・イグレック の花々 224 ランタナ

   depuis  2001

国際自然保護連合が「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定している中南米原産の<ランタナ Lantana>が侵入してきました。「コンフェッティ」というランタナ・カマラの園芸品種のようですが・・シソ目クマツヅラ科シチヘンゲ属。
以前定着していたつる性の<コバノランタナ>は駆逐して今は見られません。

ランタナ・カマラ / Galerie Y.

TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZE

JR 岡山駅の松山方面行ホームからJR 西日本の豪華寝台列車「瑞風 MIZUKAZE」。
京都発(9月13日)新大阪着(9月15日)、山陽線と山陰線を巡る2泊3日のコース。
後楽園を4時間弱観光して17:30頃の出発に合わせて入線してきたところ(右:下関で、最後尾車両)。2名一室だと、約50~125万円/人 掛かるらしい。

TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZE / JR 西日本 / JR 岡山駅

台風15号の影響がありました。17:30頃から20:30分頃まで風雨が続きましたが、ダイダイの木が倒れた以外特にどうということはありませんでした。

パリで 絵が明るくなった ゴッホ/ゴッホ美術館 を更新しました。

パリの市章 / カルノー公園 / ヴァンセンヌの森

   depuis  2001

ヴァンセンヌの森にある共和国防衛(警備)隊 Garde républicaine 騎兵連隊の兵舎前の カルノー公園 Square Carnot に見られる給水栓。3本マストのパリ市章。
手入れの行き届いた公園で、園内からヴァンセンヌ城のドンジョンも見える。

Blason de Paris / Square Carnot / Bois de Vincennes

サン=シュルピス教会 の 「ジャンヌ・ダルクの立像」

Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Sulpice

 

サン=シュルピス教会  Église Saint-Sulpice の Chapelle Sainte-Jeanne d’Arc に置かれている<ジャンヌ・ダルクの立像 Statue de Jeanne d’Arc>。
肉眼ではステンドグラスは綺麗なのだが像が見えないので、露出過度にした。
台座には古綴りで  Jehanne Darc と記されている。

バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ : 追加再掲

   depuis  2001

上野の森恩賜公園にある東京都美術館で<バルテュス Balthus 展>を鑑賞しました(2014)。

「称賛と誤解だらけの、20世紀最後の巨匠。」とあります。

バルテュスは2001年に亡くなりましたが、
節子夫人が自らが所持する作品に加えて、メトロポリタン、ポンピドーセンター、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館等の所蔵作品や個人所有の作品を集めて所縁の日本で企画したものです。

ポスターに使われている作品は、メトロポリタン美術館所有の<夢みるテレーズ Thérèse Dreaming (1938)>で、モデルは6区のクール・ド・ローアン Cour de Rohan で隣人だった失業者の娘テレーズです。
「少女とはこの上なく完璧な美の象徴なのだ」…そのモデルとして最初の少女で、
同種の構図で<少女と猫>という作品もあります。

バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ
バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ

節子夫人の前の前、最初の妻ワトヴィル Watteville をモデルにして描いた<白いスカート 1937>は無かった。

追補:11/08/2017

<パリ市立近代美術館>で開かれたドラン バルテュス ジャコメッティ 展で再び鑑賞する機会があった2点を紹介しておきます。ワシントンとロッテルダムから日本へ、パリへ・・。

Balthus / Les Beaux jours (1944-1946) / Hirshhorn Museum and Sculpture Garden, Smithsonian Institution, Washington, DC, Gift of the Joseph H. Hirshhorn
Balthus / Les Joueurs de cartes (1968-73) / Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam

日本 国旗 0-0 ギリシャ 国旗

モンマルトルの三叉路 / La Bonne Franquette

La Bonne Franquette (Rue Saint Rustique ) はベルエポックの時代(1879‐1914)にはロートレックやピサロ、セザンヌ、ルノワール、モネ等の画家たちの溜まり場だった。
ゴッホで名を残す画材商「タンギー爺さん」はモンマルトル丘すそのクローゼル通り Rue Clauzel から徒歩で通っていたという。
Galerie Butte Montmartre (Rue Norvins にも面す) は著名なポスターをお土産として手に入れるには便利。
ソル通りRue des Saules を La Bonne Franquette に沿って右折すれば左に「モンマルトル博物館  Musée de Montmartre」 。

La Bonne Franquette / Galerie Butte Montmartre / Montmartre

今日夕刻には川之江です。

オーク chêne とパルム palme /ラスパイユの顕彰碑

ラスパイユ大通り Boulevard Raspail の基点ダンフェール=ロシュロー広場に置かれた「ラスパイユの顕彰碑」。本体は供出されて台座のみだが・・
オーク chêne は「永続」、パルム palme は「勝利・喜び」を寓意し、功績が不滅であることを国が示す。                                                                                    29/07/2011.
François-Vincent Raspail (1794-1878) は化学者・植物学者で政治家。ルイ・ナポレオン・ボナパルトが圧勝した第二共和政大統領選(1948)に社会主義で立候補。
RER B 線でダンフェール=ロシュローから3つ目のアルクイユのラプラス Laplace 駅近くに邸宅と薬局工場を構えていた(邸宅と1880年頃の工場が現存)。不眠に悩まされていたゴッホVincent van Gogh (1853-90)に樟脳枕を勧めた記録がある。

Monument à François-Vincent Raspail / chêne et palme / Place Denfert-Rochereau

 

 

 

ノートルダム大聖堂の<美しい神 Le Beau Dieu>

 

Statue du Beau-Dieu / Cathédrale Notre-Dame de Paris

パリのノートルダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Paris (1163-1345) 正面入り口中央の中柱 Trumeau はアミアンの<美しい神 Le Beau Dieu>、救世主キリストの像。獅子(右足)とドラゴンを踏み付け、右手は祝福の手付き。左手に聖書、衣装は長いチュニック Tunique 。
Eugène Viollet-le-Duc の図面を Victor Geoffroy-Dechaume (1816-92) が彫刻した。
扉の上の破風/ティンパヌム Tympanum/Tympan は<最後の審判>がテーマ。
魂の公正さを量る天秤を持つのは大天使ミカエル。
ティンパンの中央は祝福ポーズの復活したキリスト、左端の聖母マリアと右端の洗礼者ヨハネがとりなし/デイシス Déisis のポーズ、間の天使はキリスト受難のアルマクリスティ Arma Christi である槍と十字架の釘(左)、十字架(右)を持つ。

グルヌイィエルの堤 / セーヌ川 2

クロアジー=シュル=セーヌ Croissy-sur-Seine の町を流れるセーヌ川右岸の<グルヌイィエルの堤 Berge de la Grenouillère>はサイクリング、ジョギング、散歩の人達がひっきりなしに行き交う。
左がセーヌ川 La Seine で右側の河岸には豪邸が連なる。上流の「印象派の島 Île des Impressionnistes 」から連なるセーヌ川の中洲との間の右派流も印象派の画家達の興味の対象だった。この位置でピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir (1841-1919) は<ラ・グルヌイィエル La Grenouillère (1869)>を描いた。

Berge de la Grenouillère / Croissy-sur-Seine / Pierre-Auguste Renoir

エッフェル塔百態 143 パリ装飾美術館

パリ装飾美術館前のカルーゼル公園 Jardin du Carrousel からのエッフェル塔。
右のパラソルはパリ装飾美術館のレストランのテラス
庭園の中央に見える2体の彫像はいずれもマイヨール Aristide Maillol (1861-1944) の作品で、手前が<痛み Douleur (1912)>、奥が<エアー L’Air (1938)>。
街燈のラインがカルーゼルの凱旋門(左方)からコンコルド広場に至るサントラル通り Allée Centrale 。

Tour Eiffel / Musée des Arts Décoratifs / Jardin du Carrousel

パリの建物 34 パリ装飾美術館

パリ装飾美術館 Musée des Arts Décoratifs はルーヴル宮のマルサン翼 Aile de Marsan に入っている。カルーゼル公園 Jardin du Carrusel からレストラン Loulou (12時から2時) のテラス越しに見た。
バルコニーのある2階、左5体の壁龕:ニッチ Niche 中央の彫像はピア・ロイソン Pierre Loison 作のヴィーナスVénus (1865) 。その上(3階)にモーゼ Moïse (1878) 、その左にシャルルマーニュ Charlemagne :  カール大帝 (1878) 、いずれも女流彫刻家でマダム・ベルトーと呼ばれたエレーヌ・ベルトー  Hélène Bertaux (1825-1909)による浅浮彫の作品。

Musée des Arts Décoratifs / Jardin du Carrusel

ラスパイユ城 Château Raspail / Cachan

   depuis  2001

RER B 線の Arcueil-Cachan から徒歩圏のラスパイユ公園 Parc Raspail 。ラスパイユ城跡だ。アルクイユ=カシャンの水道橋 Pont aqueduc d’Arcueil-Cachan が至近。
現在のシャトーは古くからの建物の上に18世紀末から19世紀初頭にかけて建造された。
化学者・政治家だったラスパイユ  François-Vincent Raspail (ラスパイユ大通り)の息子で、アルクイユの市長やセーヌ県の議員だったベンジャミン・ラスパイユ(1823‐99)の所有だった。

Château Raspail / Parc Raspail / Cachan

エルメス本店屋上の騎馬像

24 Rue du Faubourg Saint-Honoré / HERMÈS

   depuis  2001

馬具工房から始まった(1837)エルメス HERMÈS が工房を遷した(1879) 

 

 

 

イギリス領ヴァージン諸島のsvg

パリの市章/イノサンの泉 Fontaine des Innocents

   depuis  2001

聖イノサン Saints-Innocents 教会の墓地の壁に作られた水飲み場:ニンフの泉 Fontaine des Nymphes が原型(1549)。その後墓地の移転と市場 Marché des Innocents の設置(1788)、その再編(1860)を経て現在型に至っている。イノサンの泉 Fontaine des Innocents 四方の隅にある合計8体のニンフの足元にパリの市章が見られる。

Blason de Paris / Fontaine des Innocents / Place Joachim-du-Bellay

シェファーによる「フランチェスカ・ダ・リミニ」2

   depuis  2001

フランチェスカ・ダ・リミニ Francesca da Rimini (1255-85) はイタリアのラヴェンナ領主の娘。リミニ領主に嫁がされるがその弟パオロ Paolo Maratestaと恋に落ちたすえに夫に殺される。
ダンテ・アリギエーリ Dante Alighieri (1265-1321) は「神曲」地獄編でこの悲恋を取り上げたが、ロマン派の巨匠 アリー・シェファー Ary Scheffer (1795-1858) はこれを絵Francesca da Rimini (1835)>にした。フランチェスカとパオロを陰で見るダンテとローマの詩人ヴァージル Virgile / ウェルギリウス 。
ルーヴル美術館所蔵の下の絵は1855年ヴァージョンで、<Les ombres de Francesca da Rimini et de Paolo Malatesta apparaissent à Dante et à Virgile (1855) >と名付けられている。日本では<パオロとフランチェスカ>というらしい。05/12/2010.

Les ombres de Francesca da Rimini et de Paolo Malatesta apparaissent à Dante et à Virgile / Ary Scheffer / Musée du Louvre

シェファーによる「フランチェスカ・ダ・リミニ」1

   depuis  2001

フランチェスカ・ダ・リミニ Francesca da Rimini (1255-85) はイタリアのラヴェンナ領主の娘。リミニ領主に嫁がされるがその弟パオロ Paolo と恋に落ちたすえに夫に殺される。
ダンテ・アリギエーリ Dante Alighieri (1265-1321) は「神曲」地獄編でこの悲恋を取り上げたが、ロマン派の巨匠 アリー・シェファー Ary Scheffer (1795-1858) はこれを絵<Francesca da Rimini (1835)>にした。フランチェスカとパオロを陰で見るダンテとローマの詩人ヴァージル Virgile / ウェルギリウス 。
ルーヴル美術館にもある(1855 ヴァージョン)が、これは最初のヴァージョンで、ロンドンの「ウォレス・コレクション The Wallace Collection」で見れる。
見事な額縁は彫刻家フェリシー・フォーボー Félicie de Fauveau (1801-86) によるデザインとされている。
彼女に触発された作品に同名のチャイコフスキーの幻想曲、ロダンの彫刻(接吻)等がある。

Francesca da Rimini / Ary Scheffer / Félicie de Fauveau / The Wallace Collection

パリの鉄柵 48 パンテオン

   depuis  2001

Grille du Panthéon / Saint-Étienne-du-Mont / Panthéon

 

パンテオン Panthéon を取り囲む鉄柵越しにサンテティエンヌ・デュ・モン教会  Saint-Étienne-du-Mont  を見たところ。

柵外側のパンテオン広場に建築用の石材やマスカホン Mascaron 等による造形と劇作家 ピエール・コルネイユ  Pierre Corneille (1606-84) の像の一部が見える。

パンテオン広場での造形とルソーの立像

   depuis  2001

パンテオン広場 Place du Panthéon の両サイドにこの程(7月)出現した造形の右側部分。
建築素材の花崗岩と木材に建築物の魔除け/マスカホン Mascaron を組み合わせて、この空間の休息、イヴェント等自由な多目的利用を期待したものらしい。
左の建物がパンテオン、元からあった立像は「社会契約論」や「エミール」で知られ、パンテオンに眠る哲学者ジャン=ジャック・ルソー Jean-Jacques Rousseau (1712-87)。

Place du Panthéon / Statue de Jean-Jacques Rousseau

アルチュール・ランボー による 「酔いどれ船」

オテル・デ・フィナンス Hôtel des Finances のフェルー通りRue Férou に面した壁に書かれたアルチュール・ランボー Arthur Rimbaud (1854-91)の出世作<酔いどれ船 Le bateau Ivre (1871)>。パリに来た彼はヴェルレーヌ Paul Verlaine (1844-96) の紹介によりこの近くでこの詩を発表したという。
街燈の右側はアンリ・ド・ジュヴネル通りRue Henry de Jouvenel で、直ぐサンシュルピス教会  Église Saint-Sulpice 。

Le Bateau Ivre / Arthur Rimbaud / Hôtel des Finances

パリの建物 33 パヴィヨン・ド・ラルシナール

<パリの日本建築 ARCHITECTURES JAPONAISES À PARIS 1867-2017>と題した展示会が催されているとMさんから聞いて、モルラン大通りに面した<パヴィヨン・ド・ラルシナール Pavillon de l’Arsenal (建築博物館)>に行ってきた。  26/08/2017.
右端に共和国防衛隊 Garde Républicaine の建物、左に Hôtel de Fieubet (1676-81) / 現 École Massillon(1877) の鐘楼が見えている。
前のペレ・テイヤール・ド・シャルダン広場 Place du Père-Teilhard-de-Chardin にはアルチュール・ランボーの像があるメトロ 7、バス86 の Sully – Morland 下車。

Pavillon de l’Arsenal

ユーロスターの軽食

   depuis  2001

ライから再びアッシュフォードに戻って、併設の Ashford International からユーロスターで終点のパリ・ノルドまで。後はタクシー。一等車の軽食。選択できるパンはまだ来てない。
Ashford Int’l 14:55 (London St Pancras Int’l 14:22)発。往復乗車券使用の途中乗車なので、14:22までに出入国審査等の乗車手続きを済ませておかなければならない。

Snack / Eurostar

ライ Rye の陶器

ドーヴァーからアシュフォード Ashford 経由でライ Rye を訪れた。日本人に人気の街なのか邦人が目に付いた。この街には「ライの陶器 Rye Pottery 」があって、チョーサーの「カンタベリー物語」を陶器にした Chaucer Figures が写真。ハンドメイド。  22/08/2017.

Rye Pottery / Chaucer Figures / Rye

今日の夕刻 20:30 CDG 発 JL 046 便で新宿に帰ります。29日 15:25 に HDA 着です。

1821

フランスは見えているか?ドーヴァー

   depuis  2001

ドーヴァー Dover のホテルからドーヴァー海峡を見たところ。曇り空なので写ってはいるもののフランスは見えているのか?地平線なのか水平線なのか?
ドーヴァーからのフェリー(左側に埠頭)はカレー Calais とダンケルク Dunkerque (左側)を結ぶ2ルートがある。また、右側に大型客船用の埠頭がある。    21/08/2017.

Strait of Dover / Dover

4281

カンタベリー大聖堂 の Bell Harry Tower

   depuis  2001

イングランド国教会の総本山<カンタベリー大聖堂 Canterbury Cathedral >
改修工事中部分を外して Bell Harry Tower を見たところ。
ケン・フォレット Ken Follett  の小説「大聖堂」/The Pillars of the Earth を読んで以来、機会があればと思っていた。

Bell Harry Tower / Canterbury Cathedral

カンタベリーへはロンドンのヴィクトリア駅から鉄道を利用した。30分おきに出ている。

5908

アン女王の立像/セント・ポール大聖堂

セント・ポール大聖堂 St Paul’s Cathedral 前広場に置かれたアン女王の立像 Statue of Queen Anne (1886)。Francis Bird (1667–1731) の作品 (1712) を再現した。
曽祖父がスコットランド女王 メアリー・ステュアート Mary Stuart の息子で、「スコットランド王 ジェームズ6世、イングランド王・アイルランド王 ジェームズ1世、初めて両国の王を兼ねた(1603)。
アン女王(在位1702-14)はイングランドとスコットランドを合同した最初のグレートブリテン王となった(1707)。
スコットランドを起源とするスチュアート朝は彼女で終わった。ハノーヴァー朝を興したジョージ1世はアンの又従兄でジェームズ1世の曾孫。

Statue of Queen Anne / St Paul’s Cathedral / London

ウォーレス・コレクション The Wallace Collection

今回のロンドン訪問のお目当ての一つ<ザ・ウォーレス・コレクション>
パリではお馴染みの<ウォーレスの噴水 Fontaine Wallace / ヴァラスの水道栓 Fontaines Wallace >の寄贈者 Sir Richard Wallace (1818-90) の実家だ。右端にその噴水が置かれている。
パリの邸宅はブーローニュの森のバガテル公園 Parc de Bagatelle にある<バガテル城 Château de Bagatelle >だった。

The Wallace Collection / Fontaine Wallace

ピカデリー・サーカス の賑わい

ヴァカンスで休眠状態だったパリに比べてロンドンは観光客で一杯。
ロンドンの中心ピカデリー・サーカスの様子。モニュメントは「シャフツベリー伯の記念噴水 Shaftesbury Memorial Fountain 」。頭部に<アンテロスの像 Statue of Anteros >。アンテロスはエロス Eros の弟。二階建てバスより。

Shaftesbury Memorial and the statue of Anteros / Piccadilly Circus

4055

セント・パンクラス・インターナショナル駅

ロンドンのユーロスター始発駅、セント・パンクラス・インターナショナル駅 St. Pancras International に到着。9:00 着予定だったが50分弱遅れた。時差は1時間 (パリ時間10:47) 。

St. Pancras International / Eurostar

10607

ユーロスター チェックインカウンター/パリ・ノルド

   depuis  2001

18日早朝のパリ・ノルド駅からユーロスターでロンドンへ。チェックイン後、フランスからの出国、手荷物検査、イギリスへの入国手続きを経て待合室で乗車案内を待つ。7:43 発ロンドン Londres へ直行(18-23/08/2017)。
ロンドン London , カンタベリー Canterbury , ドーヴァー Dover , ライ Rye の4都市を巡る。

Eurostar / Paris Nord

7184

アニエール城前の公園で「恋人たち」を描いたゴッホ

   depuis  2001

パリの北西、セーヌ川左岸に接するアニエールの町 Asnières-sur-Seine にあるアニエール城 Château d’Asnières (1750-52) 前の公園 Square Voyer d’Argenson。
パリに来た(1886) ゴッホ Vincent van Gogh (1853-90) はここアニエールで公園内の<恋人たちLes Amoureux (1887春)>を含む10点を超える街やセーヌ川河畔の風景を描いた。
秋にベルナールやロートレック等と展覧会を開いたクリシー大通りは写真の奥を流れるセーヌ川を渡れば一本道だ。
公園の名はアニエール城の建設者の属す侯爵家 Voyer d’Argenson に因む。

Les Amoureux / Vincent van Gogh / Square Voyer d’Argenson / Asnières-sur-Seine

今日から5泊6日でイギリス南部のカンタベリーやドーヴァーを旅行します。
後ほど紹介します。

5386

グルヌイィエルの堤 / セーヌ川

   depuis  2001

Croissy-sur-Seine の町を流れるセーヌ川右岸の<グルヌイィエルの堤 Berge de la Grenouillère>はサイクリング、ジョギング、散歩の人達がひっきりなしに行き交う。
左がセーヌ川 La Seine で右側には豪邸が連なる。上流の「印象派の島 Île des Impressionnistes 」から連なるセーヌ川の中洲との間の右派流も印象派の画家達の興味の対象だった。この位置でクロード・モネ Claude Monet (1840-1926) は<グルヌイィエルの水浴 Les Bains de la Grenouillère (1869)>を描いた。

Berge de la Grenouillère / La Seine  / Croissy-sur-Seine

RER A Chatou 下車、まっすぐセーヌ河岸へ。

ドラン バルテュス ジャコメッティ 展

   depuis  2001

<ドラン バルテュス ジャコメッティ 芸術友情展 Derain Balthus Giacometti  / Une Amitié Artistique>が10月29日までパリ市立近代美術館 Musée d’art moderne de la ville de Paris で開催中。
日本からは唯一「北海道立近代美術館」所有のアンドレ・ドラン André Derain (1880-1954) の作品<猫と裸婦 Nue au chat (1936-38)>が来仏している。
ジャコメッティ Alberto Giacometti (1901-66) と親交のあった新居浜市生まれの哲学者、矢内原伊作(1918-89) の肖像画の展示もある。

Nue au chat / André Derain / Hokkaido Museum of Modern Art

5287

ブリヂストン美術館のロートレックをオランジュリー美術館で

   depuis  2001

<ブリヂストン美術館の名品−石橋財団コレクション展 Tokyo-Paris Chefs-d’œuvre du Bridgestone Museum of Art, Collection Ishibashi Foundation >がオランジュリー美術館 Musée de l’Orangerie で開催中(au 21 août 2017)。東京/八重洲は閉館中らしい。
ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の油絵作品<サーカスにて: 舞台裏で (1887頃) Au cirque : dans les coulisses (vers 1887)>の展示があった。

Au cirque : dans les coulisses (vers 1887) / Henri de Toulouse-Lautrec

3044

「オランジュリーのテラス」のライオン

コンコルド広場からチュイルリー公園の南端への上り口から「オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie」に置かれたライオン像を見上げる。Giuseppe Franchi (1731-1806) の作品 Lion(1806)。
北端の「ジュ・ド・ポームのテラス Terrasse du Jeu de Paume」にも同氏によるライオン像があるが、左前足を前に出している。

Lion de la terrasse de l’Orangerie / Jardin des Tuileries / Place de la Concorde

4970

外務省とエッフェル塔と旧アンヴァリッド駅舎    エッフェル塔百態 142

フランス外務省の鉄柵越しにエッフェル塔とエールフランスの建物(オルリー空港へのターミナル)を見る。
この写真では判別できないが、エールフランスの建物にパリの市章が入っているのはヴェルサイユ方面等へのテルミニ駅:「アンヴァリッド駅舎」として建設された(1900)後に、パリ市に売却された(1937)ため。パリ万博 1900 の名残りの一つ。

Tour Eiffel / Ministère des Affaires étrangères / Air France (Gare des Invalides )

10973

初秋を感じさせるプレジダン・ウィルソン大通り

.

Marronnier / Avenue du Président Wilson

 

新緑の4月からまだ4ヶ月余しか経たないのにマロニエはこの通り。プレジダン・ウィルソン大通りの 09/08/2017 だ。落葉も始まっている。
奥はワシントンの騎馬像のあるイエナ広場 Place d’Iéna 。この日、その先アルマ橋にかけて「プレジダン・ウィルソンの朝市Marché Président Wilson」が開かれていた。

コートやジャンパーを着る人が増えてきた。

サレ館 Hôtel Salé /ピカソ美術館

   depuis  2001

サレ館の階段を上った1階ロビーの様子。右の階段が中央階段の折り返し階段。飾られているのは「赤いアームチェアの裸婦 Grand Nu au fauteuil rouge (1929)」。この丁度下の地上階に<毛皮の襟を着けたオルガ Olga au col de fourrure (1923) >が展示されている。

Hôtel Salé / Musée National Picasso-Paris

8730

リールから来たオルガ / ピカソ美術館 パリ

   depuis  2001

Olga au col de fourrure / Hôtel Salé / Musée National Picasso

 

リール美術館 Palais des Beaux Arts de Lille で観た<毛皮の襟を着けたオルガ Olga au col de fourrure (1923) >がパリのピカソ美術館 Musée National Picasso – Paris / Musée Picasso – Parisで特別展示されている。
「オルガ・ピカソ展」が開かれているサレ館 Hôtel Salé の階段前を飾る。
オルガ Olga Khokhlova はピカソ Pablo Picasso の最初の妻(1918-55)。

3227

アオクジャクとシロクジャク

   depuis  2001

ヴァンセンヌの森のドメニル湖に浮かぶベルシー島には以前紹介したようにクジャク Paon bleu がいるのだが、そこにシロクジャク Paon blanc を見かけた。

Paon Bleu et Paon blanc / Île de Bercy / Bois de Vincennes

パリの建物 32 サクレ・クール聖堂

聖堂前のケーブルカー/フニクラー Funiculaire を降りたサン=ピエール広場からサクレ・クール聖堂 Basilique du Sacré-Cœur de Montmartre を。お勧めのビューポイント。
中央のぺディメントに<祝福のポーズ>のキリスト像。その下、1階のテラス左右に、サン・ルイとジャンヌ・ダルクの騎馬像。天気の良かった 03/08/2017 。

Basilique du Sacré-Cœur de Montmartre / Place Saint-Pierre

10544

アレクサンドル3世橋右岸からラファイエットの騎馬像

   depuis  2001

Statue de Marquis de Lafayette / Parc commémoratif / Pont Alexandre III

アレクサンドル3世橋右岸からセーヌ川下流、アンヴァリッド橋方向を見るとこちらを向いたラファイエット侯爵の像 Statue de Marquis de Lafayette がある。
独立戦争(1775-83)の恩人に対するアメリカの学生達(500万人)からの感謝をこめた贈り物(1908)。
パリ万博(1900)でカルーゼル広場 Place du Carrousel に置かれたもので Childrens Statue of Lafayette と呼ばれた。
近づくほどラファイエットが見えなくなる巨大な台座。

ラファイエット Lafayette (1757-1834) 

4954

ラファイエット飛行小隊の記念碑

アメリカ独立戦争にフランスから義勇兵として参加したラファイエット La Fayette (1757-1834) の名を冠したアメリカの義勇飛行隊 Escadrille la Fayette(1916)の記念碑(1928)。サンクルー宮殿のあった国有地 Domaine National de Saint-Cloud の西端にある。法と自由のために戦い亡くなった英雄たちを忘れないために。左右に米仏の国旗。両サイドにラファイエット飛行小隊のエンブレム。
ラ・デファンスから BUS 360 、終点の Hôpital de Garches で下車し少し戻る。

Monument de l’Escadrille la Fayette / Domaine National de Saint-Cloud / Marnes-la-Coquette

7018

エッフェル塔百態 141 トロカデロ広場東デッキ

改修が概成したトロカデロ広場 Place du Trocadéro 東側デッキからのエッフェル塔を含む光景。左端にパンテオン Panthéon 、直ぐ右に金色のドーム教会 Eglise du Dôme 。エッフェル塔 Tour Eiffel の直ぐ左のモンパルナスタワー Tour Montparnasse に、革命記念日には在ったパリオリンピック誘致ロゴの24はない。高層ビル群はイタリア広場付近。

Tour Eiffel / Place du Trocadéro

7092

モルサン城 Château de Morsang

モルサン(モッソン)=シュル=オルジュ Morsang-sur-Orge とサント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワ Sainte-Geneviève-des-Bois の領主だったPierre Durey d’Harnoncourt(1682-1769) が建設した屋敷(1740-)。
RER C 線の Savigny Sur Orge 下車、徒歩15分程でシャトー公園 Parc du Château、シャトーまではまた15分程度。帰りはバスで駅まで。

Château de Morsang / Parc du Château / Morsang-sur-Orge

食事が終わって・・ムーランルージュ Moulin Rouge

   depuis  2001

大半の客の食事が終わってショーの開演前の一時。音楽に合わせて踊る人もいる。
フレンチカンカンを含むショーの様子は・・

Moulin Rouge / Féerie

6944

ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau 死去。89歳。フォーブール・サントノレ Rue du Faubourg Saint-Honoré のアパルトマンで。
現金に手を出すな Touchez pas au grisbi 以来のファンだった。

ムーランルージュ Moulin Rouge の賑わい

   depuis  2001

19時からのディナーショー公演(21時から)が跳ねて観客が出終わった頃のムーランルージュ前の様子。23時からの第2回公演(ドリンクショー)が始まった頃。演目は Féerie 。
やっと夜が更けてパリ/モンマルトルの夜はまだまだ・・

Moulin Rouge / Montmartre

8851

骨董市 Antiquités Brocante の ひとこま

メトロ6号線のドメニル Daumesnil からデュゴミエ Dugommier までの Boulevard de Reuilly で催された骨董市 Antiquités Brocante (22-23/07/2017)。
ここの店主は日本通で、11月にも帝国ホテルでの結婚式に訪日するとか・・
新宿・渋谷・表参道・銀座等等地名が溢れ出る。

Antiquités brocante / Boulevard de Reuilly

2463

ヴェルサイユ宮殿の二重の鉄柵

21/07/2017のヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles 前庭の賑わい。
プラス・ダルム Place D’Armes に置かれた<ルイ14世の騎馬像 Statue équestre de Louis XIV >の奥にフリーで入れるドヌールのゲートのある Grille d’honneur du château de Versailles 、その向うの Cour d’honneur と Cour Royale との間に金色のロワイヤルゲートのある Grille royale du château de Versailles 、2重の鉄柵とゲートと3つの広場が見える。時計は合っている。
左の彫像は<豊饒 L’abondance>、右の彫像は<平和 La Paix>。いずれもアントワン・コワズヴォクス Antoine Coysevox (1640-1720)の作品(1682)。

Château de Versailles / Statue équestre de Louis XIV / La grille royale / La grille d’honneur

9859

スポンサー宣伝車の行進 – 2 Tour de France 2017

コンコルド広場を行くスポンサー宣伝車の一例。加工食品メーカー「ル・ゴルワ Le Gaulois 」はガリア  Gaule の象徴である雄鶏 Coq gaulois を使用して目立つ。
広場に吻側型の街燈 Lampadaire colonne rostrale 等、背景にグラン・パレとプチパレ。緑は王妃の散歩道付近ののマロニエ。
チュイルリー公園のオランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie より俯瞰した。

Tour de France 2017 / Place de la Concorde / Grand Palais / Petit Palais / Lampadaire colonne rostrale

2799

スポンサー宣伝車の行進 – 1 Tour de France 2017

   depuis  2001

シャンゼリゼからコンコルドに入った後、セーヌ川の右岸沿いチュイルリー河岸道路を遡りチュイルリー宮殿跡下のトンネルでリヴォリ通りに抜ける。観衆はコンコルド橋と河岸道路沿いで公園からは行けない。エッフェル塔、パリのアメリカ教会、アレクサンドル3世橋、シャイヨー宮が見えている。通過中の宣伝車はフリット等の大手 McCain Foods 社のもの。
オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie から俯瞰した。

Tour de France 2017 / Tour Eiffel / Église américaine de Paris / Pont Alexandre III / Palais de Chaillot / Pont de la Concorde / Terrasse de l’Orangerie

選手を待つシャンゼリゼとコンコルド

   depuis  2001

Tour de France 2017  最終日、参加選手を待つコンコルド広場の周辺。
ルクソールのオベリスクとエトワールの凱旋門とを結ぶシャンゼリゼ大通りの刈り込まれたプラタナスの街路樹の間を周回する。マルリーの馬 Chevaux de Marly から奥がシャンゼリゼ。右側通行なので、丁度 Transpalux 車が広場に、Vittel の車両が大通りに入ったところ。既に通過済みだが、選手入場前のスポンサー関係車両の顔見世も楽しい。
左の大型ディスプレイで実況画面が見れる(21ステージスタート直後かと)。オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie より俯瞰した(これ以上右には行けない)。

Tour de France 2017 / Place de la Concorde / Avenue des Champs Élysées / Arc de triomphe de l’Étoile

6849

ツール・ド・フランス 2017 は チュイルリー公園から

Tour de France 2017 はナポレオンの立像を頂く<コロヌ・ヴァンドームColonne Vendôme>が正面の位置で観戦した。リヴォリ通りをコンコルド広場に向う選手たち。8分後の2周目。
鉄柵はカスティリオーネ門 Entrée Castiglione の門扉で閉鎖されている。

Tour de France 2017 / Rue de Rivoli / Jardin des Tuileries / Colonne Vendôme

<ヨーロッパアマツバメ Martinet noir>は5日ほど前から見かけなくなった。一週間前には確実にいたのだが。
雨の恐れ Risque de Pluie 22°/16° 寒くて窓を開けれない。

リュクサンブール公園の マロニエの並木

   depuis  2001

偉大な探検家の庭園 Jardin des Grands Explorateurs からリュクサンブール公園に連なるマロニエ Marronnier の並木。8月に入れば落葉が始まる。
奥はリュクサンブール宮殿 Palais du Luxembourg、上院 Sénat。
偉大な探検家とはマルコ=ポーロ Marco-Polo(1254-1624) とルイジアナの命名者ラ・サール René-Robert Cavelier de La Salle(1643-87) のこと。ミシシッピー流域をルイ14世の土地だと主張した。

Marronnier / Jardin des Grands Explorateurs / Jardin du Luxembourg

雨の恐れ Risque de Pluie 23°/14°

6809

女王の散歩道 Cours la Reine のマロニエ

「72系統 Hôtel de Ville 行き」のバス停 Grand Palais からコンコルド広場の方向を・・
マロニエ並木の日陰は両方向への自転車道。左の石畳がバスを含むコンコルド広場方面への自動車道。右側のセーヌ川に沿って歩道。
左にアレクサンドル3世橋方面への自動車道を走るバス。

Avenue de marronnier / Cours la Reine / Grand Palais : Gare routière

雨 Pluie   23°/14°  昼前には止んだ。

6663

エッフェル塔百態 140 シャンゼリゼ港 – 2

セーヌ川の河川港の一つである<シャンゼリゼ港 Port des Champs Élysées>からアンヴァリッド橋 Pont des Invalides 越しに見たエッフェル塔。
パリのアメリカ教会 Église américaine de Paris の尖塔。
1854のパリ万博のために建設されたアンヴァリッド橋の上流面は Victor Vilain(1818-99)作の「陸の勝利 La Victoire terrestre(1854) 」で装飾されている。反対を受けてずらしたアンヴァリッド正面には1900万博でアレクサンドル3世橋が架けられることとなった。

Tour Eiffel / Pont des Invalides / Église américaine de Paris / Port des Champs Élysées

晴れ Ciel dégagé  27°/17°

8679

エッフェル塔百態 139 シャンゼリゼ港 – 1

   depuis  2001

セーヌ川の河川港の一つである<シャンゼリゼ港 Port des Champs Élysées>からアレクサンドル3世橋 Pont Alexandre III 越しに見たエッフェル塔。
ポン・ヌフが基地の Vedettes du Pont-Neuf が通過中。

Tour Eiffel / Pont Alexandre III / Port des Champs Élysées

8799

パリの建物 31 凱旋門 Arc de triomphe de l’Étoile

16/07/2017 のエトワールの凱旋門。ナポレオン1世の命で「オーステルリッツの戦い(1805)」での勝利を記念して着工した(1806)が、完成したのはルイ・フィリップの王政復古の時代(1836)。新古典主義の作品。革命記念日の名残がうかがえる。

Arc de triomphe de l’Étoile / Avenue des Champs Élysées

3432

パリの建物 30 アンヴァリッド Hôtel des Invalides

オテル・デ・アンヴァリッド Hôtel des Invalides(1674)/ 廃兵院の中央部分が改装された。
ぺディメント Fronton には浅浮き彫りのルイ大王/ルイ14世の騎馬像。その真っ直ぐ奥にサン・ルイ大聖堂 Cathédrale Saint-Louis-des-Invalides と ドーム Dôme des Invalides (1706)。
ナポレオン・ボナパルト、フォッシュ元帥、ルクレール元帥等の廟がある他<軍事博物館 Musée de l’Armée >としても使用されている。

Hôtel des Invalides / Musée de l’Armée / Eglise du Dôme

エッフェル塔百態 138 自由の炎・アルマ広場

   depuis  2001

2017 パリ祭 14 juillet 2017 当日、アルマ広場からの薄暮(22:24)のエッフェル塔 Tour Eiffel (1889)と自由の炎 Flamme de la Liberté (1989) 。プラタナスの街路樹と街燈はニューヨーク大通り Avenue de New York のもの。この下はダイアナ妃が亡くなったアルマトンネル。警察車両と警官が広場から大通りへの侵入を禁止している。

Tour Eiffel / Flamme de la Liberté / Place de l’Alma / Avenue de New York

8748

エッフェル塔百態 137 アルマ橋・サント=トリニテ大聖堂(ロシア正教)

2017 パリ祭 14 juillet 2017 当日、アルマ橋からの薄暮(22:10)のエッフェル塔 Tour Eiffel (1889)とサント=トリニテ大聖堂(ロシア正教) Cathédrale de la Sainte-Trinité(2016)。23:00 から始まるの花火を見るために既に多くの人々が集まっている。街燈はアルマ橋のもの。

Tour Eiffel / Cathédrale de la Sainte-Trinité / Pont de l’Alma / 14 juillet 2017

5691

パリ祭 14 juillet 2017 のフィナーレはアルマ広場で

メトロ1号線のロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ Rond- Point des Champs-Élysées から徒歩でモンテーニュ大通り Avenue Montaigne をアルマ橋 Pont de l’Alma まで。帰りはジョルジュ・サンク大通り Avenue George V をジョルジュサンク George V まで徒歩。
左にエッフェル塔。右側花火の下部はニューヨーク大通り(第2次大戦以前はトーキョー大通り)のプラタナスの街路樹に隠れて見えない。

Feu d’artifice / 14 juillet 2017 / Place de l’Alma

3843

14 juillet 2017 パリ祭

今日はフランスの革命記念日 14 juillet 2017 
今年は第一次世界大戦でモンロー主義を貫いていたアメリカが参戦した1917から100周年に当たる。
トランプ大統領夫妻が來仏、革命記念行事にも参加する。
ルーブル美術館の入場料15€無料を使って、航空ショウをピラミッド Pyramide du Louvre で・・と思ったのだが、意外に早く入場できたので断念した。凱旋門から一直線にこの頭上を通過する。

14 juillet 2017 / Pyramide du Louvre / Musée du Louvre

11921

 

モンパルナスタワーに オリンピック 2024 誘致 が・・

シャン・ド・マルス Champ de Mars のジャック・リュフ広場 Place Jacques Rueff からエッフェル塔の反対側に振り返れば・・中心軸に<陸軍士官学校 École Militaire>とその前に<ジョフリ元帥の騎馬像>と<平和のための壁 Mur pour la Paix>のモニュメントが位置する。
モンパルナスタワーを利用した「24をイラストしたロゴ」は第33回オリンピック大会 Jeux olympiques  2024 に立候補しているパリ市の誘致ロゴ。1900年の2回大会、1924の8回大会以来100年目に当たる。2020 はトウキョウで、2024 はパリで見たいと思っている。

Tour Montparnasse / École Militaire / Place Joffre / Mur pour la Paix / Champ de Mars

フランスの星、ロメン・バルデ Romain Bardet<ツール・ド・フランス  Tour de France 2017> 第12ステージを制す。

エッフェル塔百態 136 ジャック・リュフ広場-2

フランス革命記念日 14 juillet のフィナーレを飾る打ち上げ花火等の会場設営が進むエッフェル塔周辺…をジャック・リュフ広場 Place Jacques Rueff 越しに…
手前にいるのはサイドカーに乗って観光する<Retro Tour Paris>の一団。案内のドライバーに2名が乗車(サイドカー1名、後部座席1名)。

Tour Eiffel / Place Jacques Rueff / Retro Tour Paris

1802

 

ガリグリアノ橋からムードンの森を/顔の塔を

右側がサン・クルーの森 Domaine National de Saint-Cloud 。左がムードンの森 Forêt domaniale de Meudon で、頂上は高原状で トラムウェイ T6 が走る新興の研究都市地域になっている。
パリの環状都市高速道路 : ブルヴァール・ペリフェリック Boulevard Périphérique の向うの緑はセーヌ川の中洲「サン・ジェルマン島  Île Saint- Germain」で、ジャン・デュビュフェによる顔の塔 La Tour aux figures de Jean Dubuffet が突出して見えている。

Forêt domaniale de Meudon / La Tour aux figures de Jean Dubuffet / Pont du Garigliano

Couvert (日の差さない)曇り 24/18 寒い
ガリリャーノ橋=ガリグリアノ橋 Pont du Garigliano

Tour de France 2017 最終日23/07/2017 第21ステージ で、ポルト・ドルレアンからパリ入りした選手はガリリャーノ橋を左岸(左側)から右岸へセーヌ川を渡河する。

5612

子供達のための ルクレール将軍広場/ヴァンセンヌ

   depuis  2001

改修の終わったルクレール将軍広場 Place du Général Leclerc に特設された遊具施設。7月8日の土曜日にオープンした。
その奥のヴァンセンヌ市庁舎前緑地 Cours Marigny が工事中。左側、街燈の付いた道路部分も工事中。

Place du Général Leclerc / Cours Marigny / Vincennes

今日は朝から雷雨。今日の天気予報は Orage(雷雨)。18mm.

渡りが近い ヨーロッパアマツバメ

   depuis  2001

夏場のヨーロッパ北部で見られる<ヨーロッパアマツバメ Martinet noir>は冬場をザンビア Zambia  等の南アフリカで過ごす。スズメ目ツバメ科、属のツバメとは違い、アマツバメ目アマツバメ科の鳥。
昨年は7月29日に突然姿を消したことに気付いた。自宅の窓から。

Martinet noir / Vincennes

今日も昼間気温が30度を超えたと思われ、大雷鳴を伴う夕立の最中。21:00/09/07/2017.
頭上の雷鳴は遠のいたが、夕立は続く。Orage(雷雨)22:09. 漸く日が暮れてきた。

3744

ビュッフェの作品 <クールベに倣った眠り>

ビュッフェ Bernard Buffet(1928-99) の作品<クールベに倣った眠り Le sommeil d’après Courbet(1955)>が載っている画集が何時も何かとお世話になっている「パリの JCB Plaza 」にあったので紹介しておく。

Le sommeil d’après Courbet / Bernard Buffet

再掲

<プチ・パレ美術館>で所蔵の Gustave Courbet (1819-77)作の<眠り Le Sommeil>を観た。
オルセー美術館所蔵の有名なクールベの作品<世界の起源 L’Origine du monde(1866)>
と同じ年に描かれたものだ。
赤毛の方の女性はジョアンナ・ヒファーナン Joanna Hiffernan で、世界の起源のモデルはこのヒファーナンだといわれている。
これらの絵画はオスマン帝国の外交官の注文によって描かれた。

Le Sommeil / Gustave Courbet / Petit Palais
Le Sommeil / Gustave Courbet / Petit Palais

ビュッフェ Bernard Buffet(1928-99) が同じ構図を描いた作品
<クールベに倣った眠り Le sommeil d’après Courbet(1955)>がある。

ヴァンセンヌ市庁舎前緑地の再整備

ヴァンセンヌ市の市街地改造計画で最終ステージの<ヴァンセンヌ市庁舎前緑地 Cours Marigny  の再整備>の現況。奥に見えるヴァンセンヌ市庁舎 Hôtel de Ville de Vincennes 前のルクレール将軍広場と右側の道路は整備済み。ドメニール将軍の像 Statue de Général Daumesnel と写真手前側、パリ大通りに面した戦没者慰霊碑とを残し、その他の旧施設を全面撤去して再整備中。午前中の断続的強雨(06/07/2017)のため水溜りが見られる。

Cours Marigny / Hôtel de Ville de Vincennes / Vincennes

弟のアベルを殺したカイン

   depuis  2001

チュイルリー公園の Grand Bassin Rond (円形の大池)広場に置かれた(1982)<弟のアベルを殺したカイン Caïn venant de tuer son frère Abel(1896) >の彫像。アンリ・ヴィダル Henri Vidal(1868-1914)の作品。
後方に革命記念日 14 juillet 式典中継用のタワーが見える。

Statue de Caïn venant de tuer son frère Abel / Jardin des Tuileries

 

チュイルリー公園から革命記念式典会場を

チュイルリー公園の Grand Bassin Rond (円形の大池) 越しにコンコルド広場方向を望むと、「ルクソールのオベリスク Obélisque de Louxor 」、「凱旋門 Arc de Triomphe 」がみえる。そして、その間の「3色(旗)のテント」は革命記念日 14 juillet に式典が行われるコンコルド広場 Place de la Concorde の貴賓席のそれだ。
パリの大観覧車 Roue de Paris は撤去されている。

14 juillet / Jardin des Tuileries / Obélisque de Louxor / Arc de Triomphe

パリ大通りからのヴァンセンヌ城

パリ大通り Avenue de Paris(右方向がパリで道路の中央に立てばエッフェル塔が中央に見える )からヴァンセンヌ城を。
メトロ1号線 Château de Vincennes の出入り口、ヴァンセンヌ城への入り口「町の塔 Tour de Ville」、ヴァンセンヌ城の天守「ドンジョン Le Donjon」等が見える。

Château de Vincennes‘/ Avenue de Paris / Vincennes

CDG には予定の16時10分より30分近く早く着き、予約手配していた白タクにもスムーズに乗り継げて無事ヴァンセンヌに到着した。8人乗りの大型ベンツのドライバーは顔見知りで、大量の荷物の運搬等もスムーズだった。写真は05/07/2015、町の塔の時計は正確。

ザンビアへの旅 23 クラハシコウ

   depuis  2001

コウノトリ目コウノトリ科 Ephippiorhynchus 属の<クラハシコウ>

クラハシコウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

明朝、新宿を発って羽田からパリに向かいます。8月末まで滞在する予定です。
「ザンビアへの旅」の続きはまた後程紹介することとします。

ザンビアへの旅 22 ライラックニシブッポウソウ

アフリカのサハラ砂漠以南に棲息するブッポウソウ目ブッポウソウ科の<ライラックニシブッポウソウ Lilac-breasted roller>。カミキリムシのような虫を銜えている。

ライラックニシブッポウソウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

都議会議員選挙の投票日。7時過ぎに徒歩3分の投票所へ。朝に強い老人が次々と。

ザンビアへの旅 17 ナイルワニとアフリカヘラサギ

<ナイルワニ Nile crocodile><アフリカヘラサギ Platalea alba>です。
ワニ目クロコダイル科クロコダイル属とコウノトリ目トキ科。

ナイルワニ / アフリカヘラサギ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 15 サバンナモンキー / マルブルック

<マルブルック Malbrouck (Chlorocebus cynosuros)>はオナガザル亜科サバンナモンキー属。
キャンプ付近で明け方に撮ったもの。サバンナモンキーは地域変異が多く、ザンビアで見られるのはマルブルックと呼ばれるらしい。

マルブルック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 12 ウォーターバック

尻の模様に特徴のある<ウォーターバック Waterbuck (Kobus ellipsiprymnus)。ウシ目ウシ科ウォーターバック属。手前のオスは三日月状に湾曲した長い角を持つ。

ウォーターバック / サウス・ルアングワ国立公園 /ザンビア

ザンビアへの旅 11 北ローデシアキリン

ザンビアに生息するキリン<キタローデシアキリン Thornicroft’s giraffe>
偶蹄目キリン科キリン属の亜種の一種。次々と群れが通過していく中、この親子と思われる3頭はこの位置でやり過ごしていた。

北ローデシアキリン / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 10 ブッシュバック

<ブッシュバック Bushbuck>のメス。ウシ科ウシ亜科、ブッシュバック属 scriptus (インババラ)。群れを成さないらしいが、はぐれたのか….一頭でいるところ、こちらを向いたので撮りました。

ブッシュバック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 8 アフリカスイギュウ

   depuis  2001

<アフリカスイギュウ African buffalo>の群れが黙々と通過した。こちらを向いている1頭を写した。ウシ科アフリカスイギュウ属で、1種のみ。。

アフリカスイギュウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

モンゴルの国旗

ザンビアへの旅 7 グラントシマウマ

自然の中で共存する野生生物を見に、所謂<ゲーム・ドライブ>に出かけた。
サファリ車は天蓋付きだが四方はオープン。大丈夫?
順不同だが、先ずはシマウマの仲間で、<グラントシマウマ Grant’s zebra>
サバンナシマウマの亜種。
荒れた砂地は雨期の洪水の痕だろう。

グラントシマウマ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 6 ワイルドライフ・キャンプ

   depuis  2001

サウス・ルアングワ国立公園内にあり、ルアングワ川左岸に沿う<ワイルドライフ・キャンプ Wildlife Camp >が滞在地。部屋からしてワイルドライフが楽しめそう。
19時半頃から夕食。9時頃部屋へ。一人になると少し怖い。5連泊。  28/05/2017.

Wildlife Camp / South Luangwa National Park / Zambia

ザンビアへの旅 5 ザンビアの大地

サウス・ルアングワ国立公園 South Luangwa National Park は 9,050㎢ の広さ。
見えている川がルアングワ川で流域面積 139万㎢、長さ 2,750㎞ のザンベジ川の左支川。上方がサウス・ルアングワ国立公園。起伏に富んだ高原台地だ。

サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 4 サウス・ルーアングワ国立公園へ

ルサカ国際空港から北東へ、サウス・ルーアングワ国立公園に向かう(飛行時間はムフウェ国際空港まで2時間弱)。小型飛行機使用の国内線なので携行品も制限された。5月から(8月まで)乾季に入ったので天気は良い。28/05/2017

サウス・ルーアングワ国立公園へ / ルサカ国際空港

ザンビアへの旅 3 インパラ

   depuis  2001

泊をとったザンビアの首都ルサカ Lusaka (標高1,200m)のホテルで初めて見て、撮った野生動物はインパラ。シカ科ではなくて、ウシ科インパラ属で1種のみ。竪琴形の角を持つのがオス。子供は1頭らしいので、親子かと。十数頭の群れが街中にいたので驚いた。

インパラ / ルサカ

ザンビアへの旅 2 ルサカ国際空港

アラブ首長国連邦のドバイ空港で乗り継いでザンビア共和国のルサカ国際空港に到着しました。アフリカへはパリからモロッコのマラケシュへ来た時以来ですが、南半球に来たのは初めてです。ドバイが本拠のエミレーツ航空です。

ルサカ国際空港

 

ザンビアへの旅 1 ドバイ国際空港

   depuis  2001

ザンビア Zambia での写真が手に入ったので訪問者  に代って紹介する。27/05/2017
羽田からエミレーツ航空を利用して(00:30発27/05/2017)、アラブ首長国連邦のドバイ経由でザンビアに向かった。
トランジットの途中通路から見た空港周辺。

ドバイ国際空港

ギャラリー・イグレック の花々 222 アルストロメリア・プルケラ

完全に野生化して、毎年咲いているアルストロメリア・プルケラの花です。切り花にして活けました。ユリ目ユリズイセン科アルストロメリア属。
アルストロメリアが珍しかった30年も前、定期的に贈っていただいた方を思い出します。

アルストロメリア・プルケラ / Galerie Y.

ギャラリー・イグレック の花々 219 ハゼラン

   depuis  2001

ハゼランの花です。ナデシコ目ユベリヒユ科ハゼラン属。
初めて気が付きました。1株だけです。3時草等とも呼ばれ午後の数時間しか咲きませんので、写真を撮るにも一苦労です。16:31 05/06/2017. 上に蕾、下に果実。

ハゼラン / Galerie Y.

ギャラリー・イグレックの花々 216 カモミール

   depuis  2001

ヨーロッパでは古代から薬用として使われているカモミーユ  Camomille の花です。
白い舌状花と黄の管状花からなり、管状花が開花に連れて筒状に成長していく様子が分かります。キク科マトリカリア属。

カモミール / Galerie Y.

 現地時間21:25 03/06/2017 ザンビアのルサカ空港を発って、アラブ首長国連邦のドバイ経由(現地時間 6:30 着、8:00 発 04/06/2017)で帰国の途に就きました。22:45 04/06/2017 羽田着の予定です。(ドバイにて)

ギャラリー・イグレックの花々 214 キンレンカ

   depuis  2001

キンレンカの花です。南米原産です。アブラナ目ノウゼンハレン科・属です。
切り込みのない丸い葉が独特で、蓮の葉に似ている所から金蓮花と言います。が、ハスの葉も珍しい形状で、ハス科・ハス属のハスでのみ見られます。

キンレンカ / Galerie Y.

ザンビアの国旗

フォート・ド・ヌジョン / ヌジョンの砦

   depuis  2001

1840‐45の間にパリの周辺には「ティエールの城壁」と「16の砦 Fort 」が建設された。
フォート・ド・ヌジョン Fort de Nogent はサン・ドニから時計回りに8番目の砦で、9番目が「ヴァンセンヌ城」に併設のフォート・ヌフ・ド・ヴァンセンヌ Fort neuf de Vincennes 。
現在は「フランス外国人部隊 Légion étrangère」の募集団体が使用しているようだ。
門扉等に部隊の象徴である「7つの炎の手榴弾 Sept flammes 」が取り付けられ、また、パリ市との連携を示すロゴも見える。        06/08/2016
ヴァンセンヌ東隣町、フォントネー=スー=ボワ Fontenay-sous-Bois に位置する。

Fort de Nogent / Sept flammes de la Légion étrangère / Fontenay-sous-Bois

旧高松街道<金刀比羅宮>参道から讃岐山脈を望む

高松から金毘羅宮への古道、旧高松街道はほぼ琴平電鉄琴平線に沿っていて、この地点一之橋で金倉川を渡る。遠望できるのが讃岐山脈で、その向こうに中央構造線を走る吉野川が流れ、更にその向こうを剣山のある四国山脈が走る。
奥に、屋根付きの鞘橋(さやばし)が見える。一之橋の旧橋を移転したものだ。
右に金刀比羅宮、左にアーケードのある(門前町)商店街が続くが、今ここを通る観光客は少ない。金刀比羅宮の祭神はニギハヤヒ、並んで后のミホツヒメを祭る三穂津姫社がある。

鞘橋 / 金倉川 / 讃岐山脈 / 琴平

南アフリカの国旗

4斗樽用<本菰>1895 / 金陵の郷

   depuis  2001

「平安遷都1100年記念祭 (1895)」に合わせて開催された「内国勧業博覧会」に出品した「金戎」の4斗樽用<本菰>。
「戎さん」と「めでたいと けふも朝から大祝い」の文字が‥
えびす神社の総本山である西宮神社の祭神はヒルコ(イザナギとイザナミの第一子)即ちえびす大神だが、平安時代には(弟のアマテラスの妻のセオリツヒメと思われる)撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を祭る廣田神社の境外摂社だった。

4斗樽用<本菰> / 金陵の郷 / 琴平

 

金陵醸造元の<酒林>

酒神を祭る神社は松尾神社、梅宮神社もあるが、「金陵」の酒の神様は大神神社(おおみわじんじゃ)の大物主大神(ニギハヤヒ)。屋根に置かれた<酒林(さかばやし)>は御神体である三輪山の御神木である杉の葉を束ねたもので、近世は球形が多いらしい。酒と杉は相性が良く、酒桶や酒樽、酒升には杉材が用いられ、酒中に杉の杮(こけら)を入れたりもする。

酒林

六尺桶/金陵の郷

清酒貯蔵用の六尺桶。味噌・醬油用に使われたのも同種。6尺は桶底の内径(約180cm)で、7尺物・8尺物もある。
低温殺菌がワインの腐敗を防ぐことはパスツール Louis Pasteur (1822-95)が発見した(1865)とされているが、日本の酒造りでは「火入れ」の呼称で遥か以前から行われていた。

清酒の貯蔵桶 / 金陵の郷 / 琴平