2018 年 2 月 1 日より<ギャラリー・イグレックの日記帳 – 4>に移行。

   depuis  2001

<ギャラリー・イグレックの日記帳-3>は 1 月 31 日付の記事を持って終了します。

2 月 1 日からは<ギャラリー・イグレックの日記帳 – 4>  をご覧ください。

<ギャラリー・イグレックの日記帳-1>
<ギャラリー・イグレックの日記帳-2>
<ギャラリー・イグレックの日記帳-4>
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右にある<BLOGROLL>の
<ギャラリー・イグレックの日記帳-1>
<ギャラリー・イグレックの日記帳-2>
<ギャラリー・イグレックの日記帳-4>
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Nymphéas, reflets verts / Claude Monet / Musée de l’Orangerie
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新宿大ガード西交差点から ゴジラヘッド

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靖国通り、新宿通り、青梅街道等の起終点「新宿大ガード」の西交差点 (西新宿1丁目) から<ゴジラヘッド>が見えます。歌舞伎町1丁目の旧コマ劇場跡、新宿東宝ビル 8F の外部テラスに置かれているものです。
ガードの上に JR 中央線各停、総武線各停、中央線快速、山手線、埼京線、湘南新宿ライン等が通っています。

ゴジラヘッド / 新宿大ガード

法善寺<水掛不動>にお参り

心斎橋、道頓堀、千日前と来たので、難波に行く前に法善寺横丁を通って<水掛不動>にお参りした。幕にある紋は「真言宗輪宝」の一種。弘法大師の伝えた不動明王等の密教では紋に輪宝を使う。近畿三十六不動尊霊場には含まれないが参拝者は多い。

水掛不動 / 法善寺 / 真言宗輪宝 / 千日前

適塾と懐徳堂 / 北浜3丁目

   depuis  2001

適塾と懐徳堂 / 大阪市立愛珠幼稚園 / 日本生命保険相互会社 本店 東館 / 北浜3丁目

大坂の豪商たちが設立した学問所<懐徳堂 (1724)>と緒方洪庵の私塾<適塾 (1838)>はここ北浜3丁目から今橋3丁目の地にあった。
日本生命本店東館建設に伴う公開空地にその歴史が刻まれた。
「未来をひらく4つの彫像:遠征・研究・思惟・文武」の内の文武の像。
右の建物が東館。
和風の建物は「銅座」の跡に建つ現役木造最古の幼稚園、大阪市立愛珠幼稚園 (1901) で、これも船場北の町人達が設立した (1880) 。
<洪庵の旧宅及び塾>は幼稚園の向う隣りにある。

大坂の町割りは南北の通りが筋で、東西に町・丁目。

創業100周年記念の郵便ポスト / 中之島

   depuis  2001

何度も見ているはずなのに記憶になかった郵便ポスト。ここは当初の大阪中央郵便局:駅逓司 (えきていし) 大阪郵便役所が置かれた場所で、ポストも置かれた (1871) 。駅逓司は後に逓信省、郵政省と名を変える。後方は日銀大阪支店。右下のマンホールは大阪市の消火栓。イチョウは御堂筋の象徴。向いは大阪市役所。
天気は良かったが日陰は寒かった。27日10時59分。

100周年記念郵便ポスト / 駅逓司 (えきていし) 大阪郵便役所跡

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京都駅ビルと和久傳からの眺め

   depuis  2001

冷え込みの続く大津から京都。大津の堅田は朝から雪模様。京都駅ビルは晴れ。13時58分。

京都駅ビル

しかし、駅ビルに入っている<和久傳>から京都の北を眺望すると雪時雨と思しき気配が・・
右に上賀茂、左に大文字山、その右に船岡山。その他の北山は霞んで見えない。12時48分。

和久傳 / 京都駅ビル

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阪急百貨店のショウウインドウ

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<阪急うめだ本店>のショウウインドウ。写真奥から階段を下って梅田の地下街に入る (この辺りは元々はホームのあったところだ) 。手前側に進むと日本で初めて設置された動く歩道 (1967) があって、その先が阪急電車宝塚線のテルミニ、梅田のホームだった時期もあるのだが、万博関連でさらに北に移動し (1969) 、エスカレーターで上った駅ビル 3F になった。「1970大阪万博」に続く「2025大阪万博」の誘致は「パリ・オリンピック 2024」決定に伴うパリ市の辞退により現実味を帯びてきたという。

阪急うめだ本店 / 梅田

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パルク・ロワイヤルと呼ばれた公園

   depuis  2001

<レオポルド・アキレ公園 Square Léopold-Achille>は元オランジュリーの建物を挟んで「ジョルジュ・カイン公園」に隣接。写真の背後に Hôtel Le Peletier de Saint-Fargeau とオランジュリーの北面 (だから窓がない) 、と彫像が見える。パリコミューンで焼失した旧パリ市庁舎のホールに置かれていた<果物の女神  ポモナの立像  Statue de Pomone (1841)>で、作者は不詳。フランソワ1世のサマランダーは右端 (写真外) でいずれもカルナヴァレ美術館の博物。
写真の奥はパリ最古のヴォージュ広場の方向で、1432 以来その北側にあった「王のトゥルネルの館 Hôtel des Tournelles 」に接してあったパルク・ロワイヤルの名残だと思われる。

Square Leopold Achille / Hôtel Le Peletier de Saint-Fargeau et Orangerie

今日 (24日) から27日まで大阪、大津、京都に出かけます。

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エコジャルダンと呼ばれるジョルジュ・カイン公園

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カルナヴァレ美術館に隣接する<ジョルジュ・カイン公園>。初代学芸員だったジョルジュ・カイン Georges Cain (1856-1919) に因む。背景は美術館関連の Hôtel Le Peletier de Saint-Fargeau 、生け垣の手前には多くの博物が並んでいる (特に写っていない右側に) 。
中央の彫刻はマイヨール Aristide Maillol (1861-1944) の作品<イル・ド・フランス Île de France (1925)>。元あったフィリップ・マグニエ (1647-1715) による「夜明け L’Aurore 」はルーヴルへ (1993) 。
元、ルイ14世政府高官 Le Peletier の私邸 Hôtel particulier は Pierre Bullet (1639-1716) の建築作品 (1686) で現在はパリ市が所有 (1895) 。

Square George Cain / Hôtel Le Peletier de Saint-Fargeau / Musée Carnavalet

カンタベリー物語の<ジェフリー・チョーサの像>

Statue of Geoffrey Chaucer / The Canterbury Tales / Canterbury

   depuis  2001

ラテン語やフランス語が聖職者や貴族の間で使われていた時代に、ジェフリー・チョーサ (1343頃-1400) は中英語で「カンタベリー物語」を物した。
カンタベリーの旧城内に置かれた (2016) <ジェフリー・チョーサの像 Statue of Geoffrey Chaucer >
女性彫刻家 Sam Holland の作品で、寄付者が24の小話に因んで台座に刻まれている。
右手に持ったペーパーにはWhan that Aprill, with his shoures soote から始まる物語の序章が。

20/08/2017.

新宿で初雪 / みぞれが降った。牡丹雪に変わり、積雪量23cmに。

山岳救助犬バリーの記念碑 / Cimetière des Chiens

   depuis  2001

「シムティエール・デ・シヤン Cimetière des Chiens (1899)」は世界最初の動物霊園とされている。クリシー橋を渡った (クリシーの対岸) アニエール=シュル=セーヌ Asnières-sur-Seine のセーヌ河岸にある。
バリー Barry (1800-1814) の記念碑 Monument funéraire de Barry le sauveteur >が入口を入って正面に置かれている。「40人の命を救ったが、41人目に殺された。」と刻まれているが、引退後ベルンで2年間の余生を送ったというのが定説か。
彫られているのは救助した少年を背に乗せてサン・ベルナール修道院 Hospice du Grand-Saint-Bernard に運んでゆく姿。背後はアルプスと修道院。生誕100周年の記念碑と思われる。
バリーはアルプス・スパニエル Épagneul des Alpes という種で、1880年にセントバーナード (サン・ベルナール) と呼称されることとなる。

Monument funéraire de Barry le sauveteur / Cimetière des Chiens / Asnières-sur-Seine

バス 54 :Place Voltaire 下車。

ベコンのサン=モーリス教会のジャンヌ・ダルク

   depuis  2001

ベコンのサン=モーリス教会 Eglise Saint-Maurice-de-Bécon は宗教建築家 Julien Barbier (1869-1940) によるネオロマネスク様式の教会 (1907) 。
壁面に<ジャンヌ・ダルク Ste Jeanne d’Arc の像>が見られる。生誕500周年 (1929) を記念したものかと。教会内にも彼女のステンドグラスがある。
中央下に<サン=モーリス>の胸像。ローマ兵のヘルメットを被っている。軍の守護聖人として祭られることが多いらしい。

Jeanne d’Arc / Eglise Saint-Maurice-de-Bécon / Courbevoie

SNCF L 線の Gare de Bécon-les-Bruyères か Gare d’Asnières Sur Seine で下車。

エクアドルエクアドルの国旗

エッフェル塔百態 147 ベコン城址 Château de Bécon

Tour Eiffel / Palais des Congrès de Paris / Château de Bécon

ノルマンの侵略 (ヴァイキング) を防ぐためシャルルマーニュ Charlemagne (在位:768-814) がクルブヴォア Courbevoie のベコンに灯台を持つ砦を置いたが、半伝説的王とされるラグナル・ロズブロークはこれを突破した (845) という。
ベコン城はフランス革命後、ジャンジャック・フヴェ Jean-Jacques Huvé (1742-1808) によって再建されたが第二次大戦で破壊された (1943) 。
ベコン城址のセーヌ河岸階段 (左が下流、パリは右) 上からのエッフェル塔。グランド・ジャット島 Île de la Grande Jatte の向こうに見えるポルト・マイヨー広場のパリ国際会議場 Palais des Congrès de Paris 、その間にアメリカン・ホスピタルが位置する。

Tour Eiffel / Château de Bécon / Courbevoie

名探偵ポワロ「複数の時計」の舞台はドーヴァー

   depuis  2001

アガサクリスティーの名探偵ポワロ「複数の時計 The Clocks」の舞台はドーヴァー城からウォタールー・クレッセント周辺。
ポワロが宿泊したホテルは三日月状の海岸線に沿うウォタールー・クレッセント Waterloo Crescent の向かって左端に設定されている。海水面は手前ずっと先で下 (低) 。
昨年、ドーヴァーでの宿泊は右側に見える看板前付近の「Dover Marina Hotel & Spa」だった。ヴィクトリア朝の装飾を楽しめるが・・建物が歪んでいるのが難点。

Waterloo Crescent / Dover

ドラマの映像のスニッピング。写真の左端から右側を見た映像。ポワロの泊まったキャッスルホテルはここに設定されている。

アガサクリスティーの名探偵ポワロ / 複数の時計

ディズニーランド・パリ 25周年

   depuis  2001

Disneyland Paris は1992年4月12日開園以来2017年は25周年に当たりました。
その記念ロゴです。ミッキーマウスの永遠のガールフレンド「ミニーマウス Minnie Mouse 」 の像と一緒に。World of Disney Store 前にて・・26/07/2017.

Disneyland Paris 25e anniversaire / Minnie Mouse

1950年代 の RATP / メトロ チュイルリー駅ホーム

パリでも1950年代と言えばマリリン・モンローらしい。彼女の作品はほとんどが1950年代。写真はピンナップガールとしてのモンロー。
フランシス・ロペス Francis Lopez 作曲のオペレッタ、「メキシコの歌手 Le Chanteur de Mexico (1951)」の歌詞 On a chanté les Parisiennes , Leurs petits nez et leurs chapeaux …. も出ている。
Henry Wernert (18..?-1970) の作詞で、ルイス・マリアーノ Luis Mariano が歌った。
勿論、メトロやバスの記事も出ている。

Marilyn Monroe / Le Chanteur de Mexico (opérette) / Station de métro Tuileries

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ローマ皇帝カエサルに扮したナポレオン1世

   depuis  2001

Statue de Napoléon en Caesar / Colonne Vendôme

ヴァンドーム広場のコロン・ヴァンドーム Colonne Vendôme 、「オステルリッツ戦勝記念柱」のサミットに置かれたナポレオン1世の立像。<ローマ皇帝シーザーに扮し>、<月桂冠>を被り、左手に<片手剣/グラディウス Gladius>、右手の平に<月桂冠を左手でかざした勝利の女神ヴィクトリー Victoire の宝珠 /オーブ Orbe >を置いている

当初のアントワン=デニス・ショーデ Antoine-Denis Chaudet (1763-1810) による彫像 (1810) は7月革命による王政復古で破壊された (1831) が、2月革命後の第2帝政下においてオーギュスト・デュモン Auguste Dumont (1801-84) がレプリカを制作 (1863) することによって復元された。その後、パリ・コミューンによってコロンが倒壊された (1871) が元に戻された (1873) 。大規模修復完了 (2016) 。

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ショワジー=ル=ロワ 城

Château de Choisy / Choisy-le-Roi

   depuis  2001

ラ・グランド・マドモワゼル La Grande Madomiselle と呼ばれたアンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアン Anne Marie Louise d’Orléans (1627-93) の所領だった。その後、ルイ14世の長男の所有、ルイ14世の寵姫ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールとの娘マリー・アンヌ・ド・ブルボン  Marie Anne de Bourbon (1666-1739) の所有 (1714)を経て 、ルイ15世が王宮の一つとしてポンパドール夫人との密会等に使用したとされ、ルイ16世に至って政府に没収され、破壊された。
セーヌ川から直接入城できる形式の城だったが、今は RER の線路、駅舎敷き等になっていて面影はない。写真下は城内の現在 (メリー公園 Parc de la Mairie) の様子で建物は旧市庁舎 Ancienne Mairie 、右手が陸上からの正面入り口。写真上、一対の門館と堀が当時の遺構として残っている。

Château de Choisy / Choisy-le-Roi

RER C 線 Choisy-le-Roi 下車。

エッフェル塔百態 146 シモン・ボリバルの騎馬像

   depuis  2001

Tour Eiffel / Monumentul lui Simon Bolivar / La France moderne / La renommée des sciences / Pont Alexandre III

シモン・ボリバルの騎馬像 とアレクサンドル3世橋のセーヌ右岸下流の橋塔「現代のフランス」との間にエッフェル塔が見える。
市内観光バスの一つ「Big Bus PARIS」と人気の貸出し自転車「ヴェリブ  Velib」がセーヌ川を渡り切って右岸へと通過中。
橋塔の頂部のペガサスはエマニュエル・フレミエによる「農業 (科学とも) 」のレノメ Renommée (名声の擬人化で、トランペットを持つことが多い) 。
「現代のフランス」像は Gustave Michel (1851-1924) の作品。
葉はマロニエ。

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<Jeff de Bruges>のチョコレート / プラリネ

   depuis  2001

木箱に入った<Jeff de Bruges>のチョコレート、Coffret de Pralinés です。左が蓋でプラリネ / チョコは2段に入っています。フランスのチョコですがベルギーで生産しているようです。
パリからのお土産でいただきました。

Coffret de Pralinés / Jeff de Bruges

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<ガーゴイル>の展示 / オーギュスタン美術館

   depuis  2001

コルドリエ教会 Église des Cordeliers de Toulouse ( 現 Tour de l’Ancien Collège de Foix ) に取り付けられていた<ガーゴイル / 雨樋 Gargouille>がトゥールーズのオーギュスタン美術館で保存・ 展示されている。13~14世紀に制作されたもの。
実際とは異なり立てて展示してあるため、背後に回らないとガーゴイルと気付かないかも知れない。一様ではない種類の多さに驚く。確認されていた25個のうち15個が保存されている。

Gargouille / Musée des Augustins / Église des Cordeliers de Toulouse

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母校 宮山幼稚園 / 北摂の おいなりさん

   depuis  2001

子供達の通った宮山幼稚園はこの表参道2の鳥居のすぐ左側にあります。
豊中稲荷神社は豊高 (豊中高校) 道を渡った本町5丁目の自宅から徒歩1分、新免宮山古墳群の一角、宮山古墳の地に立つ古社です。ウカノミタマと日神アマテラスと月神ツクヨミが主祭神です。神紋は「抱き稲」です。
見納めかと思うと寂しいです。

 

宮山幼稚園 / 豊中稲荷神社

昨日お友達のTさんが亡くなりました。 合掌

 

モジリアニ が描いた ポール・ギョームの肖像

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Paul Guillaume, Novo Pilota (1915) / Amedeo Modigliani / Musée de l’Orangerie

アメデオ・モディリアーニ Amedeo Modigliani (1884-1920) が彫刻から絵画へ転換した (1914) のには、この頃出会った画商ポール・ギョーム (1891-1934 ) のアドヴァイスがあったという。
弱冠23歳の彼を描いた肖像画<Paul Guillaume, Novo Pilota (1915)> には、自分やスーチンを含む新美術 (シュルレアリスムやキュビスム等) へのよき理解者、後援者、「新しい水先案内人 Novo Pilota 」と敬称している。
彼がドミニカと結婚するのは5年後 (1920) 、モジリアニはすでに亡くなっていた。アポリネールとの縁で出会った (1912) ローランサンがドミニカを描くのは9~13年後だ。

深夜のバスタ新宿

   depuis  2001

バスタ新宿

高速バスの深夜便に初めて乗りました。新宿では宵の口とはいえバスタ新宿は日本各地へ向かう深夜便の乗客でごった返していました。バススタッフの話では、進行方向斜め窓向きに左右の2席、20人ほどの定員で楽だと・・9時間乗車の感想は後程・・

 

JR新宿駅南口 / バスタ新宿

 

バスは10分間隔で出発します。
4Fの乗車口 C8 付近からの JR 新宿駅南口。06/01/2018. 22:41

反転した大阪が写っています。

ローランサンによる<マダム・ポール・ギョームの肖像>

   depuis  2001

Portrait de Madame Paul Guillaume / Marie Laurencin / Musée de l’Orangerie

オランジュリー美術館はクロード・モネの睡蓮とジャン・ウォルター / ポール・ギョームのコレクションからなる。ポール・ギョームとジャン・ウォルターの夫人だったドミニカ Domenica と愛称された Juliette Lacaze (1898-1977) の肖像をマリー・ローランサンが描いた。<マダム・ポール・ギョームの肖像 (vers 1924 ou 28)>だ。
ポール・ギョーム Paul Guillaume (1891-1934 ) はモディリアーニとスーチンのディーラーとして有名で、コレクターでもあった。ウォルター夫妻 (ジャンとドミニカ) がコレクションを引き継いだ。
ローランサンはアポリネールのお陰でポール・ギョームと出会った (1912) 。

ココ・シャネルが引き取りを拒否した肖像画

   depuis  2001

Portrait de Mademoiselle Chanel (1923) / Marie Laurencin / Musée de l’Orangerie

マリー・ローランサン (1883-1956) が描いたシャネルの創業者 Coco Chanel (1883-1971) の肖像画<マドモアゼル・シャネルの肖像 Portrait de Mademoiselle Chanel (1923)>。ココ・シャネルは気に入らなくて支払い (受け取り) を拒否、ローランサンは描き直しに応じなかったという曰くの作品。2人は同い年。

「シャネルの5番」等を発表し、ミシア・セール Misia Sert (1872-1950) を通じてサロン、社交界にデビューした頃だ。ミシア・セール  はピアニストであり、多数の画家や詩人の助言者 Égérie であり、後援者、ミューズだったとされ、パリの女王 Reine de Paris と呼ばれていた。ココ・シャネル が唯一信頼した女性といわれている。

マリー・ローランサン美術館 に行ってきました。

   depuis  2001

放浪中だったマリー・ローランサン・コレクションが千代田区紀尾井町の「ホテルニューオータニ ガーデンコート」に定着しました (2017) 。赤坂で用のついでに寄ってみました。

マリー・ローランサン美術館

乙女稲荷社で願掛け

  depuis 2001

根津神社境内にある<乙女稲荷神社>の神紋は皆中稲荷神社とほぼ同じ。包み抱き稲の一種で、「二つ穂包み抱き稲紋」ともいうらしい。
祭神はウカノミタマ。スサノオの子オオトシ (後のニギハヤヒ) の弟、もしくは同人とする説もある。伏見稲荷大社

乙女稲荷神社 / 根津神社

今年の初詣は根津神社へ

   depuis  2001

快晴の元旦、東西線と南北線で (飯田橋乗り換え) 文京区の根津神社へ。徳川綱吉による権現造りの拝殿。祭神はスサノオ、オオヤマクイ等で、ヤマトタケル東征の際に創祀された古社と伝えられる。間に入ってしかるべき直系のニギハヤヒの名はない。神紋は万字巴 卍紋。
江戸城鎮守の山王さんと源氏の氏神八幡さん、ということかも。八幡さんは実はニギハヤヒとする説もある。

根津神社拝殿

ウルグアイの国旗

ウルグアイ

ホスピタル騎士団(マルタ騎士団)の紋章 / サン=ルイ病院

   depuis  2001

マルタの十字 Croix de Malte  ou  Croix de saint Jean はキリスト教の騎士修道会である聖ヨハネ騎士団 (現マルタ騎士団) の象徴。
エルサレムに病を兼ねた巡礼者宿泊所を設立したことを嚆矢とし、ホスピタル騎士団 Ordre des Hospitaliers とも呼ばれた。

サン=ルイ病院 Hôpital Saint-Louis にマルタ騎士団の紋章 Armoiries de l’ordre souverain militaire hospitalier de Saint-Jean de Jérusalem, de Rhodes et de Malte が掲げられている。
冠の上、盾の下と背後の十字が「マルタの十字」或いは「聖ヨハネの十字」。盾の十字は赤地に白十字 (聖ヨハネ騎士団の旗) 。

Armoiries de l’ordre souverain militaire hospitalier de Saint-Jean de Jérusalem, de Rhodes et de Malte / Hôpital Saint-Louis

聖ヨハネ騎士団 (ホスピタル騎士団 (1023) ) はロドス騎士団 (1309) 、マルタ騎士団 (1530) とも呼称されるようになり現在に至っている。
カンタベリーの「聖トマス病院 Eastbridge Hospital of St Thomas 」を思い起こした。

紀尾井町の風景 / 紀尾井タワー

「東京ガーデンテラス紀尾井町」(2016) の<紀尾井タワー>前の装飾です。
道路を挟んで「 ホテルニューオータニ ガーデンコート」と向き合っています。

紀尾井タワー / 東京ガーデンテラス紀尾井町

ポワロが下りた階段 / アントウェルペン中央駅

   depuis  2001

Gare d’Anvers-Central

アガサ・クリスティの名探偵ポワロ Agatha Christie’s Poirot 第39話「チョコレートの箱 The Chocolate Box」でエルキュール・ポワロ Hercule Poirot とジャップ Japp 警部が下りた階段。

名探偵ポワロ / チョコレートの箱

アンヴァース中央駅 : アントワープ中央駅は世界で最も美しい駅と言われる。
ルイ・デ・ラ・ソンスリー Louis de la Censerie (1838-1909) による建築 (1905) 。

09/08/2012.

金崎峰萃書師の「一筆萬友」/ 雪舟国際美術協会展

第24回雪舟国際美術協会展 / 国立新美術館

国立新美術館で開かれていた第24回雪舟国際美術協会展に行ってきました。
先日ギャラリー・イグレックで開催した金崎峰萃 60年の墨痕 / 天地の美禄展>の金崎峰萃書師が「一筆萬友」を出展されていました。
今年初めに、「三島書道連合会書道展」に出品された作品で、年明けには台湾に行くそうです。

「一筆萬友」/ 金崎峰萃 / 国立新美術館

シュレーヌの閘門/セーヌ川

   depuis  2001

船舶の航行に必要な吃水を確保するためセーヌ川には断続的に閘門が設けられている。ブローニュの森付近に設置されているシュレーヌの閘門 Écluse de Suresnes もその一つ。
左、管理棟のあるのがセーヌ川の中洲ピュトー島 Île de Puteaux の上流端で、右側に堰と閘門があり左側に堰のある派流がある。樹々の左側はブローニュの森のバガテル公園。堰の右側に閘門が3基 (右端の1基は予備) 。
上流に行こうとしている土運搬船が閘門に入ろうとしているところ (先に2隻入っている) で、その先にある上流側門扉は閉鎖されている。一方、その右の下り用閘門の下流門扉は閉鎖され上流門扉は解放されていて、上流側の水位に保たれている。

Écluse de Suresnes / La Seine / Hauts-de-Seine

下流側門扉を閉鎖した状態。(見えないが) 閘門の中に注水し上流側水位と同じになった時点で上流側門扉を開放し、船舶は航行を再開する。船が出た後、上流側門扉を閉鎖し、下流側門扉を開放して次の船舶の受け入れに備える。

Écluse de Suresnes / La Seine / Hauts-de-Seine

ガリアの雄鶏 Coq gaulois と 勝利の女神 La Victoire

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Coq gaulois et La Victoire / Saint-Mandé

不死/勝利を象徴するヤシの葉  palme を持つ有翼の<勝利の女神  La Victoire>に支えられて石塔上に立つ国鳥<ガリアの雄鶏  Coq gaulois>が勝利を宣言している。
ヴァンセンヌの隣町、サン=マンデ Saint-Mandé の市役所前広場に置かれた「戦没者慰霊碑 Monument aux Morts de la Guerre de 1914, 1918」(1923)。
地元の彫刻家 シャルル・ブルトン Charles Breton (1878-1968) が彫刻した。

(M)(1) Saint-Mandé 下車。
Bus 46  56  86  325

テオドール・ジェリコーによる「死んだ猫」

   今日はホーちゃんが亡くなって丸3年目です。
テオドール・ジェリコー Théodore Géricault (1791-1824) は同じヨーロピアン種雉猫の「死んだ猫 Le Chat Mort (Vers 1820) 」を描きました。

Le Chat Mort / Théodore Géricault / Musée du Louvre

テオドール・ジェリコーの代表作は<メデューズ号の筏 Le radeau de la Méduse (Vers 1818)>だが、下はその2番目の粗描 (スケッチ) として残っているもの。

Le radeau de la Méduse / Théodore Géricault / Musée du Louvre

テルトル広場の賑わい / ギャラリー・モンマルトル前

   depuis  2001

モンマルトルのテルトル広場 Place du tertre (1772)に面したギャラリー・モンマルトル Galerie Montmartre 前の様子。パラソルの数の画家が似顔絵を描いている。
ここは嘗てモンパルナスの中心で、写真の奥左、3番地に最初の役場 (1790) があった。

Place du tertre / Galerie Montmartre / Montmartre

おしろい(白粉)の宣伝に サラ・ベルナール

   depuis  2001

La diaphane, poudre de riz Sarah Bernhardt / Sarah Bernhardt / Jules Chéret

ベルエポック期の大女優サラ・ベルナール Sarah Bernhardt (1844-1923) を使った宣伝用ポスター。
オペラ大通り32番地で、香水・化粧品を扱っていた La Diaphane が黒の長手袋をはめた左手におしろい (白粉) Poudre de Riz を持たせたポスター (1890) 。
「現代ポスターの父」と呼ばれるジュール・シェレ Jules Chéret (1836-1932) のリトグラフ作品。
カルナヴァレ美術館で見れるが、これはモンマルトルの Galerie Butte Montmartre の店頭で撮ったもの。03/08/2017.

ジュール・シェレには、黒の長手袋がトレードマークだったイヴェット・ギルベール Yvette Guilbert (1865-1944) を描いた Yvette Guilbert au Concert Parisien (1891) 、黒の長手袋をはめたソプラノ歌手 Kanjarowa の作品 (1891) もある。

銀座の歳末風景 – 2 / GINZA SIX

   depuis  2001

本年4月、銀座松坂屋跡地を含む 1.4ha の市街地再開発事業によって完工した複合商業施設 GINZA SIX のクリスマスデコレーション GSIX  XMAS です。
隣は Vancleef & Arpels Tokyo – GINZA SIX のショウウインドウです。
右は銀座通り、ここは銀座6丁目です。銀座8丁目、新橋方向を見ています。

銀座の歳末風景 -2 / GINZA SIX

コンコルド広場からアール・ヌーヴォー建築を

   depuis  2001

アナトール・フランス河岸通りQuai Anatole France に面したリシャール・ボウエンズ・ファン・デル・ボイエン Richard Hermann Antoine Bouwens van der Boijen(1863-1939) によるアールヌーヴォー様式の建物 (1905) をコンコルド広場から見た。
背後の対の尖塔は「パリ初のネオゴシック建築」とされるサント=クロチルド教会で、フランツ・クリスティアン・ガウ Franz Christian Gau (1790-1853)の作品 (1857) 。
コンコルド広場の南東角に置かれたリヨン市(左)とマルセーユ市の寓意坐像も見えている。広場をフランスとみて中心のパリから両市は南東方向に当たる。

Immeuble de style Art nouveau / Richard Hermann Antoine Bouwens van der Boijen / Place de la Concorde

パリ♡グラフィック展               ロートレックとアートになった版画・ポスター展

   depuis  2001

「三菱一号館美術館」で開催中のパリ♡グラフィック展に行ってきました。
ロートレックのリトグラフを多数所蔵しているアムステルダムの<ゴッホ美術館  Van Gogh Museum>から多数出張してきていました。
イヴェット・ギルベールのアルバム<レスタンプ・オリジナル L’Estampe originale>
等を出版したアンドレ・マルティAndré Marty をモデルにしたアドルフ・ヴィレット Adolphe Willette (1857-1926) の作品<The Publisher André Marty (1894)>もその一つです。
「A san ami Marty   A.Willette : 私の友人Martyへ A.Willette」と彫られています。

The Publisher André Marty / Adolphe Willette / Van Gogh Museum

「三菱一号館美術館」の外観:丸の内ブリックスクエア から

三菱一号館美術館 / 丸の内ブリックスクエア

** First try **/二胡 & オカリナ & ピアノ

2017年11月21日にギャラリー・イグレックにおいて、
<** First try **/ 二胡 & オカリナ & ピアノ>と題して演奏会を催しました。
二胡とオカリナは川上素子さん、ピアノは島本さゆりさんの演奏です。
途中コーヒーブレイクをはさんで、第一部:蘇州夜曲、ひまわり、シルクロード、川の流れのように、ロミオとジュリエット、賽馬 第二部:なごり雪、旅の朝、大きな古時計、君をのせて~いつも何度でも、オー・シャンゼリゼ の11曲が演奏されました。
写真は平服での事前の練習風景の一齣です。右下隅にオカリナが見えています。

** First try **/二胡 & オカリナ & ピアノ / ギャラリー・イグレック

キューバ建国の英雄 ホセ・マルティの胸像

   depuis  2001

モンペリエにある<ホセ・マルティの胸像 Buste de José Marti Pérez (2009)>。キューバの彫刻家 Alberto Lescay Merencio (1950-) の作品で、キューバ大使館が寄贈したもの。
背後の建物は旧ウルスリン修道院 Couvent des Ursulines(1647-60) 。
また、「キューバ独立の父」ホセ・マルティ (1853-95) を顕彰した広場 Place José Marti (1955) がパリのパッシー墓地入口前にある。

Buste de José Marti Pérez / Couvent des Ursulines / Montpellier

三美神の泉/コメディ広場/モンペリエ

   depuis  2001

南仏、モンペリエのコメディ広場に置かれた三美神の泉 Fontaine des Trois Grâces (1776)>、エティエンヌ・ダントワーヌ Étienne Dantoine (1737-1809) の作品。背景はオペラ劇場(コメディ) Opéra-Comédie 。オリジナルは劇場のロビーにある。19/07/2015.

Fontaine des Trois Grâces / Place de la Comédie / Montpellier

レリーのヴィーナス/大英博物館 (追加更新)

   depuis  2001

United Kingdom Flag

823ヴァン・ダイク の後、イングランドの宮廷画家を務めた ピーター・レリー Peter Lely (1618-80)が所有していたことから< レリーのヴィーナス Lely’s Venus (Aphrodite)>と呼ばれる。

ギリシャの彫刻家で最初の女性の裸身像を彫ったとされるプラクシテレスとヘレニズム文化の影響を受けた大理石の作品で、紀元2世紀頃のローマン・コピーだとされている。

入浴中のアプロディーテ(ギリシャ神話で愛・美・性の女神で最高の美神)が侵入者に驚いている様子を捉えたもの。王室の所蔵。

アプロディーテが三美神中の最美人になる<パリスの審判>を描いたルーベンスの絵(1636)は<ナショナル・ギャラリー>で見れる。           10/08/2011.

方向を変えて追加した。下の上が展示の正面。     19/08/2017.

ペ-ル・ラシェーズ墓地正門の「砂時計」

死を寓意する「砂時計」がペ-ル・ラシェーズ墓地の正門の門柱についている。また、四方に上向きの「トーチ Torche 」が見られるが、この場合は生(の再生)を寓意している。
ネオ・クラシックの建築家 Étienne-Hippolyte Godde (1781-1869) の作品。

Porte d’entrée principale / Cimetière du Père Lachaise

クロヴィス通りが横切った             「フィリップ・オウギュストの城壁」

   depuis  2001

Enceinte de Philippe Auguste / Rue Clovis

フランス革命後19世紀に入ってクロヴィス通りが建設された際に破壊されたと思われる<フィリップ・オウギュストの城壁 Enceinte de Philippe Auguste>のカーテンウォール(塔と塔を繋ぐ壁部分)の遺構。建設当時は手前(パンテオン側)がパリ市内だった。
突き当りのカルディナル・ルモワーヌ通り Rue du Cardinal Lemoine を右に行くとコントレスキャルプ広場 Place de la Contrescarpe に出る。

ロータリーとモニュメント 126           コントレスキャルプ広場          

ムフターフ通りに面して5本の道路が集まるロータリー、コントレスキャルプ広場 Place de la Contrescarpe のモニュメントは噴水のある小公園。20/08/2011.
時計の右上、ウシの浅浮彫がある建物は(旧)肉屋で、歴史的建造物に指定されている。
この辺りは<フィリップ・オウギュストの城壁 Enceinte de Philippe Auguste>があったところで、広場の付近は壁に沿う濠の外岸 Contrescarpe だったようだ。

Place de la Contrescarpe / Rue Mouffetard / Enceinte de Philippe Auguste

ラ・セーヌ・ムジキャル / セーヌの中洲 セガン島

工事中だった<ラ・セーヌ・ムジキャル La Seine Musicale >がオープンした(2017)。
日本人建築家 Shigeru Ban 坂 茂 (1957-) の作品。
セーヌ川の中洲の一つセガン島 Île Seguin のルノーの工場跡地。ブーローニュ= ビヤンクール Boulogne-Billancourt に属す。セーヴル橋手前から撮ったものだが、この一帯の再開発で風景は一変した。メトロ9号線 Pont de Sèvres から徒歩。

La Seine Musicale / Île Seguin / Boulogne-Billancourt

改装された<踊るファウヌス像>のある園路

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153リュクサンブール公園では園路の新設や改装が進行中。パンテオン正面のエドモン・ロスタン広場 Place Edmond Rostand 前のゲートからの園路の改装例。
樹木の保護柵の奥の方は植樹が済んでいるが手前はこれから。ベンチもこれから。                                          20/07/2017.
<踊るファウヌス Le Faune dansant (1830) >はウジェーヌ=ルイ・リュケン Eugène-Louis Lequesne (1815-87) の作品(1831鋳造)。
ファウヌス/フォウヌはローマ神話で伝説の生き物。ギリシャ神話のサテュロスに当たる。
手に持った バグパイプ 、足元の松ぼっくり、ブドウ、ワイン用革袋はいずれもファウヌスの属性。

Le Faune dansant / Jardin du Luxembourg

植民地時代の名残り

贖罪教会 Chapelle Expiatoire にパスキエ通りを隔てて向かい合う(旧)植民地投資銀行 Société financière française et coloniale(1920-49) のアール・デコ様式の建物。
当時の4地域の植民地をジョルジュ・サピーク Georges Saupique (1889-1961) が浅浮彫した動物で寓意した(1929)。ヒトコブラクダ、アフリカゾウ、ワニ、サメが下段に、上段にはワシ、ハゲタカ、オーム、トビウオ、クジャクが見える。他にトラ、ヘビ、アンティロープがある。

Immeuble 34 rue Pasquier / Style Art Déco / Georges Saupique

エッフェル塔百態 145 Paris Calèches

エコール・ミリテール École Militaire 前のジョフル広場 Place Joffre からのエッフェル塔。
観光馬車(幌付き軽4輪馬車) <Paris Calèches >の馬の搬送車が通過中。  15/08/2011.

Tour Eiffel / Place Joffre / Paris Calèches

ポニーが来てる! リュクサンブール公園

   depuis  2001

パリの子供達はポニーが好きな様で、行楽日の公園で乗馬風景をよく見かける。
ランブイエ城のあるランブイエが基地の<Animaponey>のポニー搬送車をリュクサンブール公園で見かけた。モンソー公園、モンスリー公園、ヴァンセンヌの森のサンマンデ湖等は定期的に巡回しているようだ (車体の右側に7公園を表記) 。出張要請もできる (リンクを参照) 。

Animaponey / Jardin du Luxembourg

パリの鉄柵 50 パリ大学デカルト 薬学部

天文台/オブセルヴァトワール大通り Avenue de l’Observatoire  沿いのパリ大学デカルトUniversité Paris – Descartes / パリ第5大学薬学部 (1864)。
中庭に置かれた彫像は元素クロムとベリリウムを発見した化学者であり、調剤師でもあったルイ=ニコラ・ヴォークラン Louis-Nicolas Vauquelin (1763-1829) 。
ピエール・エベール Pierre Hébert (1804-69)の作品 (1875)。

Faculté de pharmacie de Paris / Monument à Vauquelin / Avenue de l’Observatoire

保育器を実用化した産科医             ステファン・タルニエの記念碑

   depuis  2001

保育器を開発・実用化した産科医/パリ大医学部教授<ステファン・タルニエ Stéphane Tarnier (1828-1897) の記念碑 (1905)>。保育器を置いた当時の病室の様子をうかがえる。
タルニエ病院の一角にあり、近くの<Monument à Francis Garnier(1898)>の彫刻家デニ・ピュエシュ Denys Puech (1854-1942) の作品。
右側の通りが天文台/オブセルヴァトワール大通り Avenue de l’Observatoire 。

Monument au professeur Tarnier / Denys Puech / Avenue de l’Observatoire

ソー公園のオクトゴーヌとジョルジュ・ガルデの彫像

   depuis  2001

ソー城 Château de Sceaux の大緑地、ソー公園にあるオクトゴーヌ(8角形の池)に面して置かれている一対の鹿の彫像の一つ。<牡鹿と雌鹿と子鹿の休息 Cerf,biche et faon au repos(1908)>、動物彫刻家ジョルジュ・ガルデの作品。
彼の出世作、<砂漠のドラマ Drame du désert(1891) >は紹介済み。
左に見える園路がアントニー Antony とソーの境界線で、上って行くと SNCF RER B 4線の Parc de Sceaux に至る。

Cerf,biche et faon au repos / Georges Gardet / Bassin de l’Octogone / Parc de Sceaux

ソー公園のポプラ並木

ソー城 Château de Sceaux を含むソー公園 Parc de Sceaux は181 ha と広大。ル・ノートル André le Notre (1613-1700) によるフランス式庭園。
グラン・カナル/大運河沿いのポプラ並木は壮観。ビエーヴル川 La Bièvre 流域の低地で、奥の高台がソー城のレヴェル。人が二人見えるところまでがアントニー Antony その先がソー Sceaux のコミューンcommune (市町村)に属している。
SNCF RER B 4 線 : Parc de Sceaux もしくは La Croix-de-Berny で下車。或いはB 2 線 : Sceaux 。

Grand Canal / Parc de Sceaux / Antony

 

Château de Sceaux / Parc de Sceaux
Château de Sceaux / Parc de Sceaux / Musée de l’lle-de-France

 

御好評をいただいていた
<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕>
は昨日をもって終了しました。多数のご来館ありがとうございました。

パリの鉄柵 49 人間古生物学研究所

   depuis  2001

今日の主権国家 モナコ公国 Principauté de Monaco を築いたシャルル3世の後のモナコ大公アルベール1世 Albert I (1848-1922) が設立した「人間古生物学研究所 」(1910) の鉄柵。
彼は海洋学、古生物学の学者でもあった。当時、航海王子 Prince navigateur  と愛称されていたようだ。
建物には、モナコの国章のシールドにもあるグリマルディ家 (1419) の紋章が付いている。
壁面を飾るのはマルセーユの彫刻家コンスタン・フー Constant Roux (1865-1942) による「原始人 Primitive Man (1912)」。
ジャンヌ・ダルク通りとサン=マルセル大通りの交差点付近。

Grille de Bibliothèque de l’Institut de Paléontologie Humaine

中世の城館の泉/ヴァンセンヌ城

   depuis  2001

ルイ9世/サン・ルイの時代13世紀に遡るとみられているヴァンセンヌ城の泉。発掘されたのはシャルル5世治下の1365年頃に改築されたもの。水源はモントルイユの丘で、 3km 導水されていた。遺跡に接して復元されていたサン・ルイ所縁の「オークの木」は伐採された。

Fontaine du manoir médiéval / Château de Vincennes / Vincennes

チュイルリー公園からシャンゼリゼ大通り、凱旋門

   depuis  2001

Tour de France 2017 / Place de la Concorde / Avenue des Champs-Élysées / Arc de triomphe de l’Étoile / Obélisque de Louxor

ツール・ド・フランス Tour de France 2017 最終日23/07/2017、閉鎖されているチュイルリー公園とコンコルド広場を分かつゲートの隙間からシャンゼリゼ大通り、凱旋門、新凱旋門を覗いた。
刈り込まれたプラタナスの並木の間(両端に「マルリーの馬」)がシャンゼリゼ大通り。
「ルクソールのオベリスク」が中心軸なので、やや左からシャンゼリゼの左側車線を見ていることになる。
大型プロジェクターで実況中継中。
シャンゼリゼの左車線をガレット等のメーカー「St Michel」の宣伝車がコンコルド広場に向かっているところ。

ドゴール将軍の像とモンパルナスタワーとプティ・パレ

   depuis  2001

シャンゼリゼ大通りに面したクレマンソー広場 Place Clemenceau からドゴール将軍の像とモンパルナスタワーとプティ・パレ。グラン・パレは右の案内板と樹木の奥。車列はアイゼンハワー将軍大通りとウィンストン・チャーチル大通り。 (電線は一時的なもの。)
24 PARIS は「パリオリンピック 2024」の招致ロゴ。バリケードは革命記念日 Le 14 Juillet 行事の名残り。                                                        16/07/2017.

Statue Général Charles De Gaulle / Tour Montparnasse / Petit Palais / Place Clemenceau

井山7冠「王座」防衛に続き、「天元」も防衛。井山を猛追の一力8段をいずれも3-0で下す。年明けの棋聖戦も6-0で挑戦権を得た一力が挑む。

Jean-François de Troy による<狩猟場の昼食>

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Un déjeuner de chasse / Jean-François de Troy / Musée du Louvre

フォンテーヌブロー宮殿のルイ15世の食堂を飾る絵として製作された。ジャン=フランソワ・ド・トロワ Jean-François de Troy (1679-1752) による<狩猟場の昼食 Un déjeuner de chasse (1737)>。ロココ初期の作品。
狩りの合間の昼食を描いた歴史画だが、恐らく狩りそっちのけの雰囲気が当時の上流社交界を物語っているように見える。

ウォレスコレクションにて             フォンテーヌ・ウォレス Fontaines Wallace

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Wallace fountain / The Wallace Collection / London

 

ウォレスコレクション The Wallace Collection 前庭に置かれている<フォンテーヌ・ウォレス Fontaines Wallace>
50基がパリ市に贈られた(1872)と案内されている。
4人のカリアティード Caryatid が頭と手で水盤を支えるデザインでルブール Charles-Auguste Lebourg (1829-1906) が制作した。
Val d’Osne は鋳鉄装飾製作のメーカー。

パリの建物 35 アトランテ / 15 Rue du Louvre

   depuis  2001

「ルーヴル通り15番地ビル 15 Rue du Louvre (1889)」に見られる<アトランテ Atlante >。二人の男性が頭でバルコニーを支えている。普通見られる女性が支えているカリアティード Cariatide >の方が古いとされる。
アンリ・ブロンデル Henri Blondel (1821-97) の建築作品。彫刻はアイメ・ミレー Aimé Millet (1819-1891) による。
オークとザクロとブドウは豊穣・繁栄の永続を寓意しているが、円と合わせて注連縄にも見えてしまう。シュメールでは王権の象徴。前方後円墳の形とする説もあるとか‥

15 Rue du Louvre / Atlante

<三美神 Les Trois Grâces>の後方の柱にカリアティード Cariatide >

Les Trois Grâces / Musée du Louvre

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕>を開催中-2

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<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕> / ギャラリー・イグレック

 

展示のイメージです。
金崎峰萃 書師による、後漢時代に建てられた「西嶽華山廟碑(165)の碑文」の冒頭に近い部分、「春秋 傳曰く」の後段がら「祀典(祭祀儀式の書)曰く」の前段部分の書です。

多数のご来館をお待ちしております。

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕>を開催中。

   depuis  2001

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕> / ギャラリー・イグレック

 

展示のイメージです。
金崎峰萃 書師による「千字文」の冒頭84文字です。

8文字対句125句が異なる1000文字で書かれています。
「雲騰致雨 露結為霜:雲は騰(あが)って雨となり、露は結んで霜となる。」といった調子です。

多数のご来館をお待ちしております。

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕>が始まる。

   depuis  2001

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕> / ギャラリー・イグレック

 

今日から<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕>が始まりました。

展示のイメージです。
金崎峰萃 書師による
頼山陽の詩「松」

多数のご来館をお待ちしております。

ジャン=バプティスト・ルニョー の <三美神>

   depuis  2001

Les Trois Grâces / Jean-Baptiste Regnault / Musée du Louvre

ジャン=バプティスト・ルニョー Jean-Baptiste Regnault (1754-1829) が描いた<三美神 Les Trois Grâces (1799)>。ルーヴル美術館所蔵。
左から、「ギリシャ神話の3美神」エウプロシュネー Euphrosyne、アグライアー Aglaéタレイア Thalie で、最高の美神 アプロディーテー Aphrodite の侍女たち。
それぞれのアトリビュート(属性)として、リンゴ、ギンバイカ、バラの花を髪に付けている。いずれもアプロディーテーの属性でもあるが、ギンバイカは豊穣の女神デーメーテールとアプロディーテーに捧げられる花とされる。アグライアーはアプロディーテーと離婚したヘーパイストスの妻となる。

隣人の家を欲しがってはならない。 モーセの十戒

   depuis  2001

<あなたは隣人の家、妻、使用人、動物等の財産を欲しがってはならない。>・・
モーセの十戒の第十。
イスラエルの王アハブがナボスのブドウ園を偽の告発によって奪ったエピソードをマドレーヌ寺院の聖堂の扉にアンリ・ド・トリケティ Henry de Triqueti(1803-74) が刻んだ。。

<あなたは、姦淫してはならない。>

Non Concupisge Domum Proximi Tui / Henry de Triqueti / La Madeleine

トマス・サリー による ヴィクトリア女王の肖像

   depuis  2001

Queen Victoria / Thomas Sully / The Wallace Collection / London

イギリス生まれでアメリカのフィラデルフィアで活動した肖像画家トマス・サリー Thomas Sully (1783 – 1872) は王位に就いた (1837) ヴィクトリア女王 (1819-1901) の肖像画を描くためにロンドンを訪問した (1837-38) 。
その時の一点がロンドンのウォレス美術館 The Wallace Collection にある戴冠 (1838) 後の<Queen Victoria(1838)>。同行した娘のブランシュ Blanche が女王の衣装を身に着けてモデルを務めたというエピソードがある。
額縁上部中央に王冠が付いているのに注目。<オーストリア・ハンガリー帝国皇后:バイエルンのエリザベート/シシィ Sissi の肖像 Elisabeth d’Austriche (Sissi)>

 

女王ブランシュ城 Château de la Reine Blanche  

   depuis  2001

サン=ルイ王妃:プロヴァンスのマルグリットMarguerite de Provence (1221-95) が未亡人となって(1270)建設したコーディエール修道院 Couvent des Cordelières に近接して1290年に建設し、同じく未亡人になっていた(1275)娘のカスティーリャ王国の王太子妃 Blanche de France (1253-1320)と住んでいた場所。シャルル6世治下、「Bal des ardents(1393)」と呼ばれる仮面舞踏会事件後取り壊された(1404)歴史を持つ。
終身白い喪服を身に着けていたので「白(衣)の女王の城」と呼ばれていたらしい。娘のブランシュ・ド・フランスに由来の説もあるようだ。また、シャトーを含め一帯を「女王ブランシュの小島 Îlot de la Reine Blanche」という。
国立ゴブラン織り工場群 Manufacture des Gobelins の一角。ゴブラン大通りからゴブラン通りに入って、ギュスターヴ・ジュフロワ通り Rue Gustave Geffroy に面す。
ヴェルサイユを通りパリ植物園の南側に沿ってセーヌ川に流入していたビエーヴル川 La Bièvre はこの裏側を通っていて(現 在は、Rue Berbier du Mets の地下に暗渠として存在している。) 、ゴブランの染色に利用されてきた(1443以降)。

Château de la Reine Blanche

パリの市章 (旧)アンヴァリッド駅舎

エスプラナード・デ・アンヴァリッド Esplanade des Invalides の北東端に位置する(旧)アンヴァリッド駅舎に見られるパリ市章 (1900) 。

Blason de Paris / Gare des Invalides / Esplanade des Invalides

(旧)アンヴァリッド駅舎 と エスプラナード

パリの良き時代「ベル・エポック Belle Époque」に開催された5回目のパリ万博 (1900) に合わせて建設されたベルサイユからの終着駅<(旧)アンヴァリッド駅舎 Gare des Invalides >、アレクサンドル3世橋、プチ・パレ等。
エスプラナード・デ・アンヴァリッド Esplanade des Invalides には各国のパヴィリオンが並んだ。日本館は Avenue du Maréchal Gallieni の左側にあった。駅舎は現在エール・フランスのオルリー空港用のシティターミナルとして使用されている。
「パリオリンピック 2024」招致の旗が掲揚されているが、1900年は第2回オリンピックの年でもあり、パリで開催された。2024年は1924年以来100年目、3回目のパリ大会となる。
ここに花壇が置かれているのを見るのは初めての気がした・・    11/07/2017.

Gare des Invalides / Esplanade des Invalides

河村瑞賢が淀川改修工事のために建てた休憩所

   depuis  2001

大阪市街を流れる淀川は慢性的な河口閉塞に悩まされてきた。1674年の淀川大洪水での被害を受けて、江戸幕府はその対策を河村瑞賢 (1618-99) に命じた。市内河川の拡幅、安治川の開削等の治水対策を2期に亘って実施した (1684-88,1698-99) 際に設けた休憩所<春草廬 (しゅんそうろ)>が、「東京国立博物館庭園」に移築保存されている。廬は小屋の意。
新淀川か開削されるのは明治に入ってからのことだ (1910)。

春草廬 (しゅんそうろ) / 東京国立博物館庭園 / 上野恩賜公園

<運慶展>を東京国立博物館で

   depuis  2001

興福寺中金堂再建記念特別展として催されている<運慶展>に行ってきた。
右が東京国立博物館本館、左が同表慶館、中央が運慶展の開かれている同平成館。表慶館では<フランス人間国宝展>が開催中。
半纏木の紅葉が盛りなのだが、折からの強風で落葉が始まっていた。

運慶展 / 東京国立博物館 / 上野恩賜公園

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東郷青児記念美術館 から 新宿駅周辺 を見下ろすと

「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」の入っている「旧安田火災海上本社ビル (1976:200m) 」42階からの新宿駅周辺の風景。地上階に伊予銀行新宿支店
眼下に「小田急百貨店(小田急電鉄)」、「京王百貨店(京王電鉄)」とJR新宿駅。左端に新宿駅東口広場と「伊勢丹百貨店」の見える新宿通り。その先右方に「新宿御苑」。御苑手前に甲州街道に沿って「JR新宿ミライナタワー(168m:2016)」(右横に「高島屋百貨店」、後方に東京タワー)と「バスタ新宿(2016)」。「コクーンタワー(192m:2008)」と「新宿エルタワー(121m:1989)」の屋上が一番手前。

「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」からの展望

LOVE のオブジェ / 新宿アイランドタワー

   depuis  2001

住宅・都市整備公団 (都市再生機構) が建設した新宿アイランドタワー (1995) のオブジェとして環状信号機の新宿警察署裏交差点に接して設置されたもの。
Robert Indiana (1928-) の作品 (1964 / 1970)で有名。MOMA 。
「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」で開かれている<生誕120年 東郷青児展>を徒歩で観に行った帰りに、隣の野村ビルから写した。

LOVE のオブジェ / 新宿アイランドタワー / 新宿警察署裏交差点

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ウインドウショッピング 48 グッチ Gucci

GUCCI のロワイヤル通り店のウインドウ。中国人を意識したデザイン、色使いかと‥
ロワイヤル通りは嘗てパリの市内と市外を別けた通り。左に見える道がフォーブール・サン=トノレ通り、交差点手前がサントノーレ通り Rue Saint Honoré で旧パリ市内。
タクシーの車種はトヨタ、今夏、進出が目についた。日本国内で車種の切り替えを急がねばと思うのだが遅々として。  16/07/2017.

GUCCI / Rue Royale / Rue du Faubourg Saint-Honoré

伝説の聖人 アンティオキア の マルガリタ

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Sainte Marguerite / Raphaël / Musée du Louvre

龍 Dragon に飲み込まれる前のアンティオキアのマルガリタ Marguerite d’Antioche 。手には勝利の象徴であるパルムの葉を持ち、ドラゴンを足で踏みつけていて勝利する(した)ことを暗示している。ラファエロ Raphaëlと弟子のジュリオ・ロマーノによる作品< Sainte Marguerite  (1518 /1777 )> 。
教皇 Léon X がフランソワ1世に贈ったラファエロ作の<Le Grand Saint Michel (1518 / 1751)>、<La Grande Sainte Famille (1518 / 1751)>のもう一点とされている。
フランソワ1世の姉:マルグリット・ダングレーム Marguerite d’Angoulême 、当時アランソン公爵夫人(後にマルグリット・ド・ナヴァル Marguerite de Navarre 王妃) を聖マルガリタに擬えて称えた作品かと・・
3点ともフランソワ1世のコレクションでルーブル美術館蔵。

ヘーベ Hébé に扮した Chaulnes 公爵夫人

   depuis  2001

ヘーベ  Hébé はギリシャ神話で青春の女神。ゼウスとヘーラの娘で、ヘラクレスの妻。

La duchesse de Chaulnes, représentée en Hébé / Jean-Marc Nattier / Musée du Louvre

ロココの肖像画家 ジャン=マルク・ナティエ Jean-Marc Nattier (1685-1766) が描いた<ヘーベ  Hébé に扮した Chaulnes 公爵夫人 La duchesse de Chaulnes, représentée en Hébé (1744)>。
左手にアンフォラ amphora 、右手に盃と雲に乗る鷲、頭と腕に薔薇、衣装はヘーベ風  en Hébé 。
Chaulnes 公爵夫人 Anne Josèphe Bonnier de la Mosson (1718 – 1787) はルイ15世の王妃マリー・レクザンスカ Marie Leszczynska の女官だった。
彼女の夫は天文学者で物理学者、1744年は Chaulnes 公爵襲名の年で、<ヘラクレスに扮した彼の肖像画 Portrait du duc de Chaulnes (1714-1769), lieutenant-général de Picardie, représenté en Hercule(1746) >もルーブル美術館にある。

ザンビアへの旅 26 ヴィクトリアの滝 – 3

ヴィクトリアの滝の直下流のザンベジ川に架かる<ヴィクトリアフォールズ橋 Victoria Falls Bridge (1905)>。セシル・ローズ Cecil Rhodes (1853-1902) による「ケープ・カイロ鉄道構想」の一部として建設された。「滝の水煙を被る位置に架橋を」という彼の指示に従い、George Andrew Hobson (1854-1917) がデザイン・設計し、応力計算はRalph Freeman (1880-1950)が担当した。橋長 198m、高さ 128m、鋼製放物線アーチ上路橋。
左側がザンビア、右側がジンバブエ、中央に国境。上路の下流側に鉄道 (単線)と歩道 、上流側に車道と歩道。もう少し左手前からの虹は美しかった。

Victoria Falls Bridge / Zambezi River

ザンビアへの旅 25 ヴィクトリアの滝 – 2

ヴィクトリアの滝直上流のザンベジ川 Zambezi River 。断続的に水煙が見えている。
滝の幅 Waterfall Width 1,708m、最大落下距離  The Deepest Point 109m (Main Falls 83m) と現地の案内にある。aha The David Livingstone Safari Lodge & Spa 付近から。

Zambezi River / Victoria Falls / Zambia

ザンビアへの旅 24 ヴィクトリアの滝 – 1 

ザンビア共和国の首都ルサカから飛行機でリヴィングストンへ。1泊して<ヴィクトリアの滝 Victoria Falls >を見学した。アフリカ大陸の探検家(宣教師)として知られるデイヴィッド・リヴィングストン David Livingstone (1813-73) が命名したと伝えられる。ザンビアでの公式名は「モーシ・オワ・トゥーニャ:雷鳴のする水煙」だとか。
ザンビアザンビアの国旗側から撮っているが右岸側はジンバブエジンバブエの国旗 、間に国境線がある。
乾季に入ったとはいえ水量はまだまだ多い。03/06/2017.

滝の幅 Waterfall Width 1,708m、最大落下距離  The Deepest Point 109m (Main Falls 83m)。写真では想像できないスケールだ。

Victoria Falls / Zambia

ドバイのお土産 Bateel Dates

   depuis  2001

ドバイ経由でマドリッドから<サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼>の旅から帰られた知り合いの方からアラブ首長国連邦の首都ドバイのお土産<バティールのデーツ Bateel Dates>を頂きました。ドバイ経由でアフリカ南部のザンビア共和国へ行ってきたギャラリー・イグレックの関係者によるとドバイ定番のお土産になっているそうです。

Bateel Dates / Dubaï : Dubai

フランソワ・プラリュ François Pralus のチョコレート

フランスのリヨン出身の方から地元の<フランソワ・プラリュ François Pralus >のチョコレートを頂いた。
Cubissime と Boîte de Pralines (缶入りのプラリーヌ)です。Pralines Roses (1948) です。
サイトの「Boutique en ligne」:Shop online をクリック。

François Pralus / Lyon

 

アニエール 城 Château d’Asnières

   depuis  2001

アニエール=シュル=セーヌの城 Château d’Asnières-sur-Seine はマルク・ルネ・ド・ヴォイエル Marc-René de Voyer d’Argenson(1722-1782) のシャトーとして建築された(1752)。
王室建築家サゴンのジャック・ハードアン=マンサール Jacques Hardouin-Mansart de Sagonne の作品。
この頃、マルク・ルネは軍馬の管理人 Directeur général des haras として戦争大臣だった父を助けイギリス馬を導入、そのモニュメントが右に置かれている。ヴァンセンヌ城の要塞司令官も務めていた。
ルイ15世の摂政だった「オルレアン公:フィリップ2世/ le Régent 」の愛人だったパラベール伯爵夫人 Comtesse de Parabère が頻繁に出入りしていた (1719-21) 邸宅跡地に建てられたと説明されている。
右後方の鐘楼はサント=ジュヌヴィエーヴ教会 Paroisse Sainte-Geneviève 。

Château d’Asnières / Asnières-sur-Seine

メトロ13号線 Gabriel Péri 下車、バス 175 系統 Place Voltaire 下車で徒歩。
SNCF J 線あるいは L 線の Gare d’Asnières Sur Seine からバス 175 系統 Place Voltaire 下車。

アルベルト・ジャコメッティ と 矢内原伊作

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Isaku Yanaihara / Alberto Giacometti / Musée National d’Arts Moderne,Centre Pompidou

パリ市立近代美術館で催されていた<ドラン バルテュス ジャコメッティ 芸術友情展 Derain Balthus Giacometti  / Une Amitié Artistique>で観たアルベルト・ジャコメッティ Alberto Giacometti (1901-66) による矢内原伊作の肖像 Isaku Yanaihara (1968) 。
国立近代美術館 Musée National d’Arts Moderne,Centre Pompidou 所蔵。
矢内原伊作 (1918-89) は愛媛県新居浜市生まれ、京大卒の哲学者で、パリ留学中にジャコメッティと親交を結び、彼の作品等の紹介者・モデルとしても知られる。東大総長矢内原忠雄の長男。

破壊されたトーマス・ベケット廟 カンタベリー大聖堂

   depuis  2001

ヘンリー2世と教会の自由を巡って対立し暗殺された (1170) カンタベリー大司教トーマス・ベケット Saint Thomas of Canterbury の霊廟が置かれていた (1220-1538) トリニティチャペル。ローソクの火がその位置を示す。
ヘンリー8世とクロムウェルによる宗教改革(イングランド国教会の成立(1534))の波の中で破壊された。王太子アーサーの結婚を記念してクライストチャーチを寄進したヘンリー7世の次男がヘンリー8世で、亡くなったアーサーの妃を娶った(1509)が離婚(1533)。

Becket’s Shrine, Trinity Chapel / Canterbury Cathedral / Canterbury

カンタベリーでボートに乗る セントトーマス病院

ヘンリー2世と教会の自由を巡って対立し暗殺された (1170) カンタベリー大司教トーマス・ベケット Saint Thomas of Canterbury
グレートストア(川)上の建物 Eastbridge Hospital of St Thomas は列聖されて (1173) 以降訪れる巡礼者のための食事の提供や宿泊施設として建設された。中心街である Higt Street に面す。

Eastbridge Hospital of St Thomas / Great Stour

上流側から見ると・・
ボートの種類は数種あるが、乗ったのは10名程度を乗せて一人漕ぎのボート。カンタベリー大学の学生のようだった。

Eastbridge Hospital of St Thomas / Great Stour

ローマ時代に遡る<カンタベリーシティウォールズ>

クライストチャーチ前のバーゲート(通り)をセントメリー教会のほうに歩いて出くわす<カンタベリーシティウォールズ Canterbury city walls>。
塔の辺りが Roman Queningate (270-290) のあったところで、ローマ時代のウォールだという。その左手は西向きのカンタベリー大聖堂(597,1077)の東端に当たる。

Canterbury city wall / Canterbury

<天地の美禄展/金崎峰萃 60年の墨痕> を開催

   depuis  2001

 金崎峰萃 60年の墨痕

     天地の美禄展

 

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開催日時   2017年11月18日(土)~11月27(月)

 20(月)・21(火)・22(水)・24(金)・27(月)は AM 10:00~PM 4:00

     18(土)・19(日)・23(木)・25(土)・26(日)は AM 10:00~ PM 5:00

後援   四国中央市教育委員会・四国中央市文化協会・四国中央市三島書道連合会

開催場所 ギャラリー・イグレック
愛媛県四国中央市川之江町1603番地

 

英語圏で最古の教会 St Martin’s Church, Canterbury

カンタベリーのセントマーティン教会  St Martin’s Church, Canterbury は英語圏で最古の教会 。フランク王(パリ) カリベルト1世 Charibert I の娘でケント王妃/ケントのベルタ Bertha of Kent (565-601 頃)が古くからの教会を修復して Saint Martin of Tours に捧げた礼拝堂だった。
教皇グレゴリウス1世によりケント国に伝道派遣された「カンタベリーのアウグスティヌ」はこの教会を基地として隣に「聖オーガスティン修道院 St Augustine’s Abbey」を建設し初代カンタベリー大司教となった(597)。
ローマンタイルの壁やローマレンガの再利用:スポリア Spolia が残っていると説明にある。

St Martin’s Church, Canterbury / Canterbury

ジンバブエの国旗 ジンバブエ

<ヘンリー7世の王章>と<チューダーの薔薇>

   depuis  2001

カンタベリー大聖堂の入り口、クライストチャーチゲート Christchurch Gate にある紋章。
バラ戦争 (1455-87) を終結し、チューダー王朝を開いた<ヘンリー7世の王章>。門の中心(左から2番目)にある。左上と右下にフランス:「三つのフルール・ド・リス」、右上と左下にイングランド:「三つのパッサントのライオン」のシールドをウェールズのドラゴンと白いグレイハウンドが支えている。
その右が<チューダーの薔薇 Tudor rose>でランカスター家の赤バラとヨーク家の白バラを重ねたもので、両家和解の象徴。その右が王太子アーサーの妃<アラゴンのキャサリン Catherine of Aragon の紋章>
左は母<マーガレット・ボーフォート Margaret Beaufort の紋章:落とし格子>。その左にアーサー王太子の使った<プリンスオブウェールズの紋章(参照)>がある。
ヘンリー5世がフランス王位の継承権を認めさせ、王妃キャサリン・オブ・ヴァロアの父、フランス王シャルル6世の次のフランス王を密約していたという話がある。また、ヘンリー6世はフランス王を僭称していたという。
シールドの最上位である左上にフランス王の紋章を置いているのだ。ジョージ1世のハノーバー朝で右上2位の座に移るものの、フランス王のなくなるフランス革命まで続く。

Coat of Arms of King Henry VII of England / Tudor rose / Christchurch Gate / Canterbury Cathedral / Canterbury

カンタベリー大聖堂の入り口 クライストチャーチ門

   depuis  2001

Christchurch Gate / Canterbury Cathedral / Canterbury

クライストチャーチゲート Christchurch Gate はヘンリー7世が息子のプリンスオブウェールズ:アーサーとキャサリン Catherine of Aragon との結婚(1501)を祝して奉納したものとされている。
が、翌年王太子が亡くなったこと、妃が弟で後のヘンリー8世(1509即位)と再婚した(1509)こと、持参金問題が燻っていたこと等あって完成は遅れた(1517)。
歓迎のポーズをとるキリストの下にヘンリー7世の王章等の紋章が並ぶ。
右の建物が宿泊した Cathedral Gate Hotel 。

タワーハウスに見る<カンタベリーの市章>

   depuis  2001

ウエストゲートガーデン Westgate Gardens の一角にあるカンタベリー市長の執務室:タワーハウス Tower House 。ヴィクトリア朝 (1837-1901) 初期の建物。
三羽のベニハシガラス Cornish の上にパッサントのライオン。
前者 、「トーマス・ベケット Thomas Becket の紋章」に赤地に金色の3匹のライオン・パッサント Lions passant:「イングランド王の紋章」を合成した「カンタベリーの市章」。
カンタベリー大司教はヘンリー2世と対立し、大聖堂で暗殺された (1170) 。

Tower House Canterbury / Arms of Canterbury / Canterbury

ライキャッツ Rye Cats / ライ陶器

イギリス南部、以前直接海に面していた名残を残すライの街は手作りの<ライ陶器 Rye Pottery>(1793)で有名。チョーサーのカンタベリー物語」のフィギュアを始め「サセックス豚」や「イングリッシュフィギュア」、「動物シリーズ」等がある。
土産に買ったのはライキャッツ Rye Cats 。底面に絵付師のサインと「Rye Pottery Hand Made in England」の刻印がある。

Rye Cats / Rye Pottery / Rye

今日は愛猫だった故 ROSE の月命日です。

カンタベリーのウエストゲートとグレートストゥール

城郭都市カンタベリーのウエストゲートと濠の役目の River Stour の本流グレートストゥール Great Stour。右側が城内でカンタベリー大聖堂、カンタベリー城等がある。また、グレートストゥールの(元)本流が城内を流れていてボート観光ができる。
後方(上流)に展開する、マガモ等のいる Westgate Gardens は必見。上流はアシュフォード Ashford の町を流れ、下流は北海 North Sea に至る水運に欠かせなかった川。
ウエストゲート(1379 頃)は現存するイングランド最大のシティウォールのゲート。

Westgate / Westgate Gardens / River Stour/Great Stour / Canterbury

大陸からの玄関口 ロンドン・ヴィクトリア駅

大陸からロンドンへの嘗ての玄関口ヴィクトリア駅 London Victoria station 。
プラットホーム西側なので、イングランド南、南西部行きの Southern 鉄道等の案内が並び、左端にドーヴァー Dover Priory 行きの表示が見える。
乗車したのは15分間隔で出ている Southeastern 鉄道のカンタベリー行きで、画面より左、東寄りのホームから。Championnats du monde 2017 Londres が終わって10日目。
ロンドン発のオリエント急行「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス Venice Simplon-Orient-Express」はヴィクトリア駅2番ホームから出て、ユーロトンネル・ル・シャトル Eurotunnnel Le Shuttle を使ってバスでドーヴァー海峡を渡る。カレーで列車を乗り換えパリは東駅 Gare de l’Est を通る。

London Victoria station / London

第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手

川之江秋祭り 2017 の2日目、栄町商店街を練る第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手の若衆の皆さんです。3日目は終日雨模様で力が出せずお気の毒でした。
第七號鉄砲町太鼓台<名月>、第九號馬場町太鼓台<菊>が続いています。
太鼓台の町名を示す「第六號農人町太鼓台の幟」や「舞鶴の旗」や「国旗」等を長尺の生竹に吊るす形は川之江独特です。

第六號農人町太鼓台<舞鶴>の引き手、担ぎ手 / 川之江秋祭り 2017

「井山6冠」が高尾名人から名人位を奪還し、再び7冠となる。

長須 中所獅子舞/川之江太鼓台等統一寄せ にて

   depuis  2001

讃岐の三豊郡庄内村生里に伝承されていた獅子舞に起源をもつといいます。江戸時代、長須村の庄屋石川家の分家、東八家がそれに工夫を加えて川之江八幡神社に奉納していた獅子舞を中所地区が譲り受けたもの (中所奉納獅子) で約200年の歴史があります。
第四號旭町太鼓台<鯱>、第拾参號大門太鼓台<欄>、第貮拾号古町太鼓台<丸龍>。
第六號農人町太鼓台<舞鶴>はこの時点で画面奥左にあり、先頭で駅前通り商店街に向かおうとしていました。     川之江秋祭り 2017

長須 中所獅子舞/川之江太鼓台等統一寄せ / 川之江秋祭り 2017

 

栄町商店街を練る 第六號農人町太鼓台<舞鶴>

   depuis  2001

川之江秋祭り 2017

雨具を外して栄町商店街を練る 第六號農人町太鼓台<舞鶴> です。
老舗 (1772 創業) の「柴田のモナカ本舗」の白賁堂前です。屋号は農人町出身の尾藤二洲の弟子で、近くで私塾を開いていた近藤 篤山 (宇摩郡出身) の命名だそうです。
第七號鉄砲町太鼓台<名月>、第九號馬場町太鼓台<菊>‥と続いています。

第六號農人町太鼓台<舞鶴> / 川之江秋祭り2017

早朝から小雨が降り続いています。
08:10  第六號農人町太鼓台<舞鶴>、ギャラリー・イグレック前を通過しました。すっぽりビニールシートを被っていますので、「御花御礼」も絵になりません。気の毒です。

パキスタンの国旗

20:10  第拾号塩谷町太鼓台<亀>、G.Y. 前を通過、基地に帰りました。雨は降り続いていて、シートの下に提灯はついていました。
20:30  <舞鶴>は G.Y. 前を通らず、讃岐街道を帰ったようでした。
川之江秋祭り 2017 が終わりました

獅子に舞ってもらう 川之江秋祭り 2017

 

   depuis  2001

川之江秋祭り 2017

心配された天気もたまに小雨がぱらつく程度でまずまずの2日目でした。
「川之江太鼓台等統一寄せ 」会場の栄町駐車場に向かってギャラリー・イグレック前を通過した「獅子舞」に舞ってもらいました。写真を撮ったのは初めてです。
「獅子舞」は長須から参加しています。

 

獅子舞

22:05  第六號農人町太鼓台<舞鶴> ギャラリー・イグレック前を通過し、農人町公会堂へ帰りました。

パリ市庁舎広場で世界陸上2017 (ロンドン) を観戦した

8月4日(金)から13日(日)までの10日間<世界陸上 Championnats du monde 2017>がロンドンで開催された。その模様はパリ市庁舎広場 Parvis de l’hôtel de ville で中継された。
女子 400m (予選) に出場したジャマイカの Williams-Mills 。「2007 Osaka」 で銅メダル獲得。決勝では 51秒48 (自己最高 49.63 、今シーズン最高 50.14 )と振るわず8位に終わった。
右が市庁舎で LE BHV MARAIS との間にリヴォリ通りが東西に走る。06/08/2017.
マラソン男子(多元中継の一つ)はこの頃セントポール寺院前を通過中だった。

Championnats du monde 2017 Londres / Parvis de l’hôtel de ville

今日から3日間/13日(金)‐15日(日) <川之江秋祭り2017>です。
早朝から各町の太鼓台がギャラリー・イグレック前を通過しています。

パリの市章 / パリ解放 Libération de Paris 記念

   depuis  2001

La colonne Dronne / Libération de Paris / Hôtel de Ville de Paris

 

パリ市庁舎に貼られているパリ解放 Libération de Paris の60周年記念プレート。
第二機甲師団長のルクレール少将(将軍)はドローヌ隊長 Raymond Dronne にパリ市庁舎への突進を命じた。ドローヌ隊 La colonne Dronne はスペイン戦争でアフリカに逃れていたスペイン共和党員が主体だった。ポルト・ディタリーからパリに入り、オーステルリッツ橋でセーヌ川を渡ってパリ市役所に至った (24 août 1944) 。
道筋に同じメダルが貼られているようだ。

天使の熊 Angel Bear / パリ・ノルド駅

   depuis  2001

パリ・ノルド駅前のナポレオン3世広場 Place Napoléon III に置かれた<天使の熊 Angel Bear (2015)>。リシャール・テクシエ Richard Texier (1955-) の作品。 熊は北極熊。
Cop 21 (2015) で地球温暖化対策のための「パリ協定」に合意し、「京都議定書 (1997) 」を発展させた (アメリカが離脱を表明中 (2017) ) 。

Angel Bear / Richard Texier / Place Napoléon III / Gare du Nord

 パリ及びシャモニー Chamonix-Mont-Blanc に出かけました。11-16/10/2017.

サルペトリエール病院 の サン = ルイ広場

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サルペトリエール病院 Hôpital de la Salpêtrière の中央館 Pavillon central とその前に拡がるサン = ルイ広場 Cours Saint-Louis 。左端に見えている時計塔はサン = ルイ教会の鐘楼。
立派な松の樹の手前で黄色い花を咲かせているのは「セナディディモボトリャ Senna didymobotrya 」、アフリカ原産でマメ科セナ属の落葉低木。フタホセンナ (双穂旃那 ) という和名を持っている。
ダイアナ妃はこの病院で亡くなった。

Hôpital de la Salpêtrière / Cours Saint-Louis / Senna didymobotrya

 

パリの建物 35 サン = ルイ病院 Hôpital Saint-Louis

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ペストの流行 (1605-06) に対処して、アンリ4世 ( 在位 : 1589-1610) が隔離病棟として創設した (1607-12) のに始まる総合病院。「サン = ルイ」の名は第8回十字軍遠征において、同じ伝染病の赤痢に感染してチュニスで亡くなった (1270) ルイ9世に因んだもの。
四角形の中庭 Quadrilatère Saint-Louis を取り囲む連続した建物の1つで、時計と4つの門の1つ (11門) が付いている。アンリ4世のお抱え建築家クロード・シャスティヨン Claude Chastillon (1559-1616) が設計し、クロードヴェレフォー Claude Vellefaux (?-1629) が建築した。

Hôpital Saint-Louis / Quadrilatère Saint-Louis

カササギ ( 舃、鵲 ) /八咫烏 (ヤタガラス) 

   depuis  2001

カササギは八咫烏 (ヤタガラス)三足烏 (サンソクウ) の原型とされている。元々日本には見られなかったとされるスズメ目カラス科の鳥。
パリでは普通に見れる鳥で、自宅のあるブロックの中庭にも「つがい」がいる。
ラスパイユ城 Château Raspail 公園で撮ったカササギ Pie bavarde (Pica pica)。
昔 (セキ) はスサノオの姓、舃 (セキ) は楚の履物であることから八咫烏とスサノオの祖先 (サカ国) を結び付ける説がある。

Pie bavarde (Pica pica) / Parc Raspail / Cachan / カササギ

八咫烏 (ヤタガラス)

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八咫烏 / 讃岐国 一宮 田村神社

 

「讃岐国一宮 : 田村神社 」に置かれている八咫烏 (ヤタガラス) 。
神武東遷の際、賀茂建角身命 (味耜高彦根命) が八咫烏に化身して案内を務めたと伝承されているが、ニギハヤヒと同世代の人物なので世代が合わない。彼の育てた忍者集団だったのではないかとの説を支持したい。
八咫烏はスサノオを祭る熊野神社の神使。
八咫烏が次に現れたのは「ヤマトトトヒモモソヒメ」の父である「孝霊天皇」の時代だとされる。二人とも田村神社所縁の人物だ。

正教会の十字 Croix orthodoxe

パリのサント = トリニテ大聖堂 Cathédrale de la Sainte-Trinité de Paris (2016) に見る正教会の十字 Croix orthodoxe 。ビザンチンの十字 Croix byzantine とも。
セーヌ川に架かるアルマ橋下流左岸沿いに建つナポレオン3世時代のアルマ宮殿 Palais de l’Alma (1864) 越しに。クロスのフットバーが右下がりに見えるので、左側が正面かと‥

Croix orthodoxe / Cathédrale de la Sainte-Trinité de Paris / Palais de l’Alma

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 10   サント = ジュヌヴィエーヴ

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Statue de Sainte-Geneviève / Jardin du Luxembourg

パリの守護聖人 Patronne de Paris であるサント = ジュヌヴィエーヴ Sainte-Geneviève (423-512) 。フン族のパリ襲来(451)に際し、抵抗に悲観的な市民にパリ/ルテシアを放棄しないように呼び掛け、祈りによって迂回させることに成功した。コレラが流行しているというデマを流したという説もあるようだ。
ミシェル・ルイ・ヴィクトール・メルシエ Michel-Louis Victor Mercier

サント = ジュヌヴィエーヴ = デ = ボワ の城

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サント = ジュヌヴィエーヴ = デ = ボワ のドンジョン Donjon は14世紀建造の Château de Sainte-Geneviève-des-Bois の遺構。ルイ13世 (在位 : 1610-43)が近くのセキニーの森 Forêt de Séquigny で狩りをした際には滞在したというから、17世紀になって城とオランジュリー等が再建・追加されたようだ。
城に接して走っているコルベイユ通りRoute de Corbeil はローマ街道が後にオルレアンに至る「王の道」になったものと思われ、フルール・ド・リスの付いたマイルストーン Borne à fleur de lys が現存している。
パリの守護聖人 Geneviève (423‐512) は448年に発生した伝染病流行の際、セキニーの森 近くで湧き水を噴出させる奇跡を起こした。パリをフン族から護った (451) 3年前のことだ。
RER C4 または C6 線の Sainte Geneviève des Bois 下車、バス。

Donjon / Château de Sainte-Geneviève-des-Bois / Sainte-Geneviève-des-Bois

ヴェラスケスが描いたシュヴルーズ公爵夫人

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The Lady with a Fan / Diego Velázquez / The Wallace Collection

ヴェラスケス Diego Vélasquez (1599-1660) が描いた唯一のフランス人と言われるシュヴルーズ公爵夫人の肖像、<扇を持つ女性 The Lady with a Fan(c 1640)>。ナポレオン1世の弟の一人 Lucien Bonaparte が売りに出した (1801) 以前の記録がない。長らくスペイン女性と思われてきた。The Wallace Collection 所蔵。
シュヴルーズ公爵夫人 Marie de Rohan (1600-79) はルイ13世のお気に入りで、王妃 アンヌ・ドートリッシュ Anne d’Autriche (1601-1666) の友人であり相談相手だった。国外との陰謀事件の全てに関わったとされ、波乱の生涯を送った。
この絵は宰相リシュリューによりスペインに追放 (1637) されていた時に描かれたとみられている。もう少し若くてスペインの衣装を着た彼女の肖像画が Devonshire Collection にあることが有力な根拠らしい。

畠山城址 からの 川之江城 (仏殿城)

川之江城 (仏殿城) の支 (枝) 城だった畠山城の城址から見た川之江城。背景は空ではなく山 (法皇山脈) 。本丸跡に石碑、二の丸跡には塩釜神社 (塩谷町) が建っている。旧讃岐街道から急な階段を上る途中で、防御用の帯曲輪が三段施されていたことが分かる。
両城共に、南北朝時代に建造 (1336-39) され、織豊時代に廃城 (1585) になったようだ。なお、仏殿城に天守はなかった。

川之江城

ノルマン型角塔天守を持つドーヴァー城

   depuis  2001

ドーヴァー海峡 Strait of Dover の反対側から見たドーヴァー城 Dover Castle の全景。
中央の天守は4隅の小角塔を繋ぐ角塔構造で、ノルマン型と呼ばれる。イングランド最大の城で、ヘンリー2世 (在位:1154-89) が既存の城を改築した (1179‐91) 。
ヘンリー2世はアンジュ伯でもあり、フランスのロアール渓谷のシノン城で亡くなった。

Dover Castle / Dover

私の撮ったホワイトクリフ White Cliffs of Dover

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ドーヴァーの浜辺の遊歩道 ウォータールー・クレッセント Waterloo Crescent 辺りから見えるドーヴァーの白い崖 White Cliffs of Dover 。崖下はフランスのカレー Calais とダンケルク Dunkerque とを連絡するフェリーが発着する「新ドーヴァー港」。
崖の上はドーヴァー城 Dover Castle の南端で、海峡と大陸を望む展望台が見えている。
Waterloo Crescent House に宿泊した。クレッセントは「三日月」の意で、フランス語ではクロワッサン croissant 。
ウォータールーはワーテルローのことで、ナポレオン1世をワーテルローの戦い (1815) で破ったウェリントン公 Arthur Wellesley (1769-1852) はドーヴァーから大陸に渡り、帰還した。ロンドンのウォータールー橋 (哀愁) もその戦勝に名を由来する。

White Cliffs of Dover / Dover

来夏のパリ行きの手配が昨日終わりました。

旧ドーヴァー港 と ホワイトクリフ

   depuis  2001

流れ込む土砂対策に明け暮れながら、帆船で賑わった「旧ドーヴァー港」の今。マリーン基地や修理ドックとして利用されている。
現港は左の海側に拡張して移動し、 AIDAsol (71,300 GT ) 等の豪華クルーズ船の停泊埠頭になっている。Spirit of Britain や Spirit of France (49,000 GT ) 等の海峡横断フェリー (嘗ては列車ごと大陸と行き来していた) は東側 (写真のずっと右側) の新港に移されている。
ドーヴァー周辺海岸線の白い台地はホワイトクリフ White Cliffs と言い、フランス側も同じ白亜地層。古は地続きだったとされる。また、白いを意味するアルビオンはブリテン島の古名。

Ancient Dover harbour / Dover

ドーヴァーの時計塔 Dover’s Clock Tower

パリに比べるとイギリスの町では時計が目に付く。この時計台 Clock Tower はドーヴァーのランドマークの1つだ。
今はプレジャーボート等の係留地になっている嘗ての港の土砂排除のために設置した水門の両サイドに制御施設を収容する上屋として建設された (1830) のが始まり。
船舶の大型化等に対応して解体・再建され (1877) 、プリンスオブウェールズ埠頭建設に伴い現位置に移設された (1890) 。

Clock Tower / Prince of Wales Pier / Dover

ドーヴァー海峡横断水泳の記念碑

   depuis  2001

オランダの東インド会社への処女航海で遭難した「アムステルダム号」の例を挙げるまでもなく、英仏海峡は古来航海の難所だった。
ドーヴァー海峡は横断水泳 Cross Channel Swimming の難コースとしても有名。その記念碑 (1992)。Ray Smith (1959-) の作品<波頭 On the Crest of a Wave>。
二方向 (カレーとドーヴァー) へ波頭に向かって泳ぐ泳者。海の部分はこの地方特産の白いポートランド石で、その上の泳者には濃緑のスレートが使われている。
背景はドーヴァー城のあるホワイトクリフとドーヴァーのフェリー港 (カレー、ダンケルク) 。

ドーヴァー海峡横断水泳の記念碑 / ドーヴァー

ライフル大隊 の慰霊碑と ドーヴァー城

イギリスの東インド会社によるインド統治下で起こったインドの大反乱 Indian Mutiny (セポイの乱) の収束に貢献した「王のライフル大隊」の犠牲者 (1857‐59) のための慰霊碑 Rifles Monument (1861) 。
新式のエンフィールドライフル (1853) の訓練はドーヴァーで実施されていたが、勃発した反乱鎮圧のためインドに派遣された。この乱を契機として、本国政府の直接統治が始まる (1858王室統治、1877 インド帝国成立 ) 。
Rohilcund Campaign (1858)は Rohilcund、Delhi、Oude 付近での戦い。
丘の上にドーヴァー城 Dover Castle 。ローマ侵攻時の灯台に始まり一貫して防衛の拠点。

Rifles Monument / Dover Castle / Dover

  パリへ出かけました。26-30/09/2017。

秋の気配 ススキとマンジュシャゲ

秋の気配 ススキとマンジュシャゲ

 

ヤハズススキ (斑入りのススキ) と白のヒガンバナを活けました。
この夏訪れたドーヴァー ( 海峡 ) で拾ってきた小石を組み合わせてみました。
金沢「中島めんや」(1862) の加賀人形<加賀八幡起上り>。

屏風には李白の七言古詩「南陵にて兒童と別れ京に入る」。

李白と玄宗皇帝と楊貴妃

18/09/2017

パリの市章/ヴァンドーム広場の街燈柱

ヴァンドーム広場の改装に伴い街燈柱も改装された。パリの市章もくっきり。
<揺蕩えども沈まず Fluctuat Nec Mergitur >のリボンとレジオン・ドヌール勲章がオーク (永続) と月桂樹 (勝利) のクロスする小枝に懸けられている。帆船の帆は2枚。冠は城壁。
左がリッツ Ritz Paris 、 広場の北東面の西側。Schiaparelli、Dubail、 Louis Vuitton が。

Blason de Paris / Place Vendôme

エッフェル塔百態 144 セイヨウボダイジュの並木

写真に写るほどに疎らで大粒の俄雨に煙るエッフェル塔。チュイルリー公園のテラス・デュ・ジュ・ド・ポーム Terrasse du Jeu de Paume の一角から。  25/07/2017.
公園のテラスを取り巻くのは全てセイヨウ (ナツ) ボダイジュ Tilleul à grandes feuilles の並木で手前にその葉と実が写っている。
エッフェル塔の足元はマロニエの並木で、コンコルド広場の向こう側になる。

Tour Eiffel / Terrasse du Jeu de Paume / Jardin des Tuileries / Tilleul à grandes feuilles

 

鳥を捕らえた猫 / 国立ピカソ美術館・パリ

   depuis  2001

ピカソ美術館 Musée National Picasso-Paris で見た<鳥を捕らえた猫 Chat saisissant un oiseau (1939)>。その頃、パブロ・ピカソPablo Picasso (1881-1973)は「ゲルニカ」を描いた (1937) グラン・オーギュスタン通り Rue des Grands-Augustins のアトリエに住んでいた。スペイン国籍とはいえ大戦中占領下のパリに滞在し続けた。
01/04/1939 にはスペインでフランコの独裁政権が樹立。この絵は 22/04/1939 に描かれた。

Chat saisissant un oiseau / Pablo Picasso / Musée National Picasso-Paris

今日は故 ROSE の月命日。

ギャラリー・イグレック の花々 224 ランタナ

   depuis  2001

国際自然保護連合が「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定している中南米原産の<ランタナ Lantana>が侵入してきました。「コンフェッティ」というランタナ・カマラの園芸品種のようですが・・シソ目クマツヅラ科シチヘンゲ属。
以前定着していたつる性の<コバノランタナ>は駆逐して今は見られません。

ランタナ・カマラ / Galerie Y.

TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZE

JR 岡山駅の松山方面行ホームからJR 西日本の豪華寝台列車「瑞風 MIZUKAZE」。
京都発(9月13日)新大阪着(9月15日)、山陽線と山陰線を巡る2泊3日のコース。
後楽園を4時間弱観光して17:30頃の出発に合わせて入線してきたところ(右:下関で、最後尾車両)。2名一室だと、約50~125万円/人 掛かるらしい。

TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZE / JR 西日本 / JR 岡山駅

台風15号の影響がありました。17:30頃から20:30分頃まで風雨が続きましたが、ダイダイの木が倒れた以外特にどうということはありませんでした。

パリで 絵が明るくなった ゴッホ/ゴッホ美術館 を更新しました。

パリの市章 / カルノー公園 / ヴァンセンヌの森

   depuis  2001

ヴァンセンヌの森にある共和国防衛(警備)隊 Garde républicaine 騎兵連隊の兵舎前の カルノー公園 Square Carnot に見られる給水栓。3本マストのパリ市章。
手入れの行き届いた公園で、園内からヴァンセンヌ城のドンジョンも見える。

Blason de Paris / Square Carnot / Bois de Vincennes

サン=シュルピス教会 の 「ジャンヌ・ダルクの立像」

Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Sulpice

 

   depuis  2001

サン=シュルピス教会  Église Saint-Sulpice の Chapelle Sainte-Jeanne d’Arc に置かれている<ジャンヌ・ダルクの立像 Statue de Jeanne d’Arc>。
肉眼ではステンドグラスは綺麗なのだが像が見えないので、露出過度にした。
台座には古綴りで  Jehanne Darc と記されている。

バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ : 追加再掲

   depuis  2001

上野の森恩賜公園にある東京都美術館で<バルテュス Balthus 展>を鑑賞しました(2014)。

「称賛と誤解だらけの、20世紀最後の巨匠。」とあります。

バルテュスは2001年に亡くなりましたが、
節子夫人が自らが所持する作品に加えて、メトロポリタン、ポンピドーセンター、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館等の所蔵作品や個人所有の作品を集めて所縁の日本で企画したものです。

ポスターに使われている作品は、メトロポリタン美術館所有の<夢みるテレーズ Thérèse Dreaming (1938)>で、モデルは6区のクール・ド・ローアン Cour de Rohan で隣人だった失業者の娘テレーズです。
「少女とはこの上なく完璧な美の象徴なのだ」…そのモデルとして最初の少女で、
同種の構図で<少女と猫>という作品もあります。

バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ
バルテュス Balthus 展 / 夢みるテレーズ

節子夫人の前の前、最初の妻ワトヴィル Watteville をモデルにして描いた<白いスカート 1937>は無かった。

追補:11/08/2017

<パリ市立近代美術館>で開かれたドラン バルテュス ジャコメッティ 展で再び鑑賞する機会があった2点を紹介しておきます。ワシントンとロッテルダムから日本へ、パリへ・・。

Balthus / Les Beaux jours (1944-1946) / Hirshhorn Museum and Sculpture Garden, Smithsonian Institution, Washington, DC, Gift of the Joseph H. Hirshhorn
Balthus / Les Joueurs de cartes (1968-73) / Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam

日本 国旗 0-0 ギリシャ 国旗

モンマルトルの三叉路 / La Bonne Franquette

   depuis  2001

La Bonne Franquette (Rue Saint Rustique ) はベルエポックの時代(1879‐1914)にはロートレックやピサロ、セザンヌ、ルノワール、モネ等の画家たちの溜まり場だった。
ゴッホで名を残す画材商「タンギー爺さん」はモンマルトル丘すそのクローゼル通り Rue Clauzel から徒歩で通っていたという。
Galerie Butte Montmartre (Rue Norvins にも面す) は著名なポスターをお土産として手に入れるには便利。
ソル通りRue des Saules を La Bonne Franquette に沿って右折すれば左に「モンマルトル博物館  Musée de Montmartre」 。

La Bonne Franquette / Galerie Butte Montmartre / Montmartre

今日夕刻には川之江です。

オーク chêne とパルム palme /ラスパイユの顕彰碑

ラスパイユ大通り Boulevard Raspail の基点ダンフェール=ロシュロー広場に置かれた「ラスパイユの顕彰碑」。本体は供出されて台座のみだが・・
オーク chêne は「永続」、パルム palme は「勝利・喜び」を寓意し、功績が不滅であることを国が示す。                                                                                    29/07/2011.
François-Vincent Raspail (1794-1878) は化学者・植物学者で政治家。ルイ・ナポレオン・ボナパルトが圧勝した第二共和政大統領選(1948)に社会主義で立候補。
RER B 線でダンフェール=ロシュローから3つ目のアルクイユのラプラス Laplace 駅近くに邸宅と薬局工場を構えていた(邸宅と1880年頃の工場が現存)。不眠に悩まされていたゴッホVincent van Gogh (1853-90)に樟脳枕を勧めた記録がある。

Monument à François-Vincent Raspail / chêne et palme / Place Denfert-Rochereau

 

ノートルダム大聖堂の<美しい神 Le Beau Dieu>

   depuis  2001

Statue du Beau-Dieu / Cathédrale Notre-Dame de Paris

パリのノートルダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Paris (1163-1345) 正面入り口中央の中柱 Trumeau はアミアンの<美しい神 Le Beau Dieu>、救世主キリストの像。獅子(右足)とドラゴンを踏み付け、右手は祝福の手付き。左手に聖書、衣装は長いチュニック Tunique 。
Eugène Viollet-le-Duc の図面を Victor Geoffroy-Dechaume (1816-92) が彫刻した。
扉の上の破風/ティンパヌム Tympanum/Tympan は<最後の審判>がテーマ。
魂の公正さを量る天秤を持つのは大天使ミカエル。
ティンパンの中央は祝福ポーズの復活したキリスト、左端の聖母マリアと右端の洗礼者ヨハネがとりなし/デイシス Déisis のポーズ、間の天使はキリスト受難のアルマクリスティ Arma Christi である槍と十字架の釘(左)、十字架(右)を持つ。

グルヌイィエルの堤 / セーヌ川 2

   depuis  2001

クロアジー=シュル=セーヌ Croissy-sur-Seine の町を流れるセーヌ川右岸の<グルヌイィエルの堤 Berge de la Grenouillère>はサイクリング、ジョギング、散歩の人達がひっきりなしに行き交う。
左がセーヌ川 La Seine で右側の河岸には豪邸が連なる。上流の「印象派の島 Île des Impressionnistes 」から連なるセーヌ川の中洲との間の右派流も印象派の画家達の興味の対象だった。この位置でピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir (1841-1919) は<ラ・グルヌイィエル La Grenouillère (1869)>を描いた。

Berge de la Grenouillère / Croissy-sur-Seine / Pierre-Auguste Renoir

エッフェル塔百態 143 パリ装飾美術館

   depuis  2001

パリ装飾美術館前のカルーゼル公園 Jardin du Carrousel からのエッフェル塔。
右のパラソルはパリ装飾美術館のレストランのテラス
庭園の中央に見える2体の彫像はいずれもマイヨール Aristide Maillol (1861-1944) の作品で、手前が<痛み Douleur (1912)>、奥が<エアー L’Air (1938)>。
街燈のラインがカルーゼルの凱旋門(左方)からコンコルド広場に至るサントラル通り Allée Centrale 。

Tour Eiffel / Musée des Arts Décoratifs / Jardin du Carrousel

パリの建物 34 パリ装飾美術館

   depuis  2001

パリ装飾美術館 Musée des Arts Décoratifs はルーヴル宮のマルサン翼 Aile de Marsan に入っている。カルーゼル公園 Jardin du Carrusel からレストラン Loulou (12時から2時) のテラス越しに見た。
バルコニーのある2階、左5体の壁龕:ニッチ Niche 中央の彫像はピア・ロイソン Pierre Loison 作のヴィーナスVénus (1865) 。その上(3階)にモーゼ Moïse (1878) 、その左にシャルルマーニュ Charlemagne :  カール大帝 (1878) 、いずれも女流彫刻家でマダム・ベルトーと呼ばれたエレーヌ・ベルトー  Hélène Bertaux (1825-1909)による浅浮彫の作品。

Musée des Arts Décoratifs / Jardin du Carrusel

ラスパイユ城 Château Raspail / Cachan

   depuis  2001

RER B 線の Arcueil-Cachan から徒歩圏のラスパイユ公園 Parc Raspail 。ラスパイユ城跡だ。アルクイユ=カシャンの水道橋 Pont aqueduc d’Arcueil-Cachan が至近。
現在のシャトーは古くからの建物の上に18世紀末から19世紀初頭にかけて建造された。
化学者・政治家だったラスパイユ  François-Vincent Raspail (ラスパイユ大通り)の息子で、アルクイユの市長やセーヌ県の議員だったベンジャミン・ラスパイユ(1823‐99)の所有だった。

Château Raspail / Parc Raspail / Cachan

エルメス本店屋上の騎馬像

24 Rue du Faubourg Saint-Honoré / HERMÈS

   depuis  2001

馬具工房から始まった(1837)エルメス HERMÈS が工房を遷した(1879) 

 

 

 

イギリス領ヴァージン諸島のsvg

パリの市章/イノサンの泉 Fontaine des Innocents

   depuis  2001

聖イノサン Saints-Innocents 教会の墓地の壁に作られた水飲み場:ニンフの泉 Fontaine des Nymphes が原型(1549)。その後墓地の移転と市場 Marché des Innocents の設置(1788)、その再編(1860)を経て現在型に至っている。イノサンの泉 Fontaine des Innocents 四方の隅にある合計8体のニンフの足元にパリの市章が見られる。

Blason de Paris / Fontaine des Innocents / Place Joachim-du-Bellay

シェファーによる「フランチェスカ・ダ・リミニ」2

   depuis  2001

フランチェスカ・ダ・リミニ Francesca da Rimini (1255-85) はイタリアのラヴェンナ領主の娘。リミニ領主に嫁がされるがその弟パオロ Paolo Maratestaと恋に落ちたすえに夫に殺される。
ダンテ・アリギエーリ Dante Alighieri (1265-1321) は「神曲」地獄編でこの悲恋を取り上げたが、ロマン派の巨匠 アリー・シェファー Ary Scheffer (1795-1858) はこれを絵Francesca da Rimini (1835)>にした。フランチェスカとパオロを陰で見るダンテとローマの詩人ヴァージル Virgile / ウェルギリウス 。
ルーヴル美術館所蔵の下の絵は1855年ヴァージョンで、<Les ombres de Francesca da Rimini et de Paolo Malatesta apparaissent à Dante et à Virgile (1855) >と名付けられている。日本では<パオロとフランチェスカ>というらしい。05/12/2010.

Les ombres de Francesca da Rimini et de Paolo Malatesta apparaissent à Dante et à Virgile / Ary Scheffer / Musée du Louvre