アニエール城前の公園で「恋人たち」を描いたゴッホ

パリの北西、セーヌ川左岸に接するアニエールの町 Asnières-sur-Seine にあるアニエール城 Château d’Asnières (1750-52) 前の公園 Square Voyer d’Argenson。
パリに来た(1886) ゴッホ Vincent van Gogh (1853-90) はここアニエールで公園内の<恋人たちLes Amoureux (1887春)>を含む10点を超える街やセーヌ川河畔の風景を描いた。
秋にベルナールやロートレック等と展覧会を開いたクリシー大通りは写真の奥を流れるセーヌ川を渡れば一本道だ。
公園の名はアニエール城の建設者の属す侯爵家 Voyer d’Argenson に因む。

Les Amoureux / Vincent van Gogh / Square Voyer d’Argenson / Asnières-sur-Seine

今日から5泊6日でイギリス南部のカンタベリーやドーヴァーを旅行します。
後ほど紹介します。

グルヌイィエルの堤 / セーヌ川

Croissy-sur-Seine の町を流れるセーヌ川右岸の<グルヌイィエルの堤 Berge de la Grenouillère>はサイクリング、ジョギング、散歩の人達がひっきりなしに行き交う。
左がセーヌ川 La Seine で右側には豪邸が連なる。上流の「印象派の島 Île des Impressionnistes 」から連なるセーヌ川の中洲との間の右派流も印象派の画家達の興味の対象だった。この位置でクロード・モネ Claude Monet (1840-1926) は<グルヌイィエルの水浴 Les Bains de la Grenouillère (1869)>を描いた。

Berge de la Grenouillère / La Seine  / Croissy-sur-Seine

RER A Chatou 下車、まっすぐセーヌ河岸へ。

ドラン バルテュス ジャコメッティ 展

<ドラン バルテュス ジャコメッティ 芸術友情展 Derain Balthus Giacometti  / Une Amitié Artistique>が8月29日までパリ市立近代美術館 Musée d’art moderne de la ville de Paris で開催中。
日本からは唯一「北海道立近代美術館」所有のアンドレ・ドラン André Derain (1880-1954) の作品<猫と裸婦 Nue au chat (1936-38)>が来仏している。
ジャコメッティ Alberto Giacometti (1901-66) と親交のあった新居浜市生まれの哲学者、矢内原伊作(1918-89) の肖像画の展示もある。

Nue au chat / André Derain / Hokkaido Museum of Modern Art

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ブリヂストン美術館のロートレックをオランジュリー美術館で

<ブリヂストン美術館の名品−石橋財団コレクション展 Tokyo-Paris Chefs-d’œuvre du Bridgestone Museum of Art, Collection Ishibashi Foundation >がオランジュリー美術館 Musée de l’Orangerie で開催中(au 21 août 2017)。東京/八重洲は閉館中らしい。
ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の油絵作品<サーカスにて: 舞台裏で (1887頃) Au cirque : dans les coulisses (vers 1887)>の展示があった。

Au cirque : dans les coulisses (vers 1887) / Henri de Toulouse-Lautrec

3044

「オランジュリーのテラス」のライオン

コンコルド広場からチュイルリー公園の南端への上り口から「オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie」に置かれたライオン像を見上げる。Giuseppe Franchi (1731-1806) の作品 Lion(1806)。
北端の「ジュ・ド・ポームのテラス Terrasse du Jeu de Paume」にも同氏によるライオン像があるが、左前足を前に出している。

Lion de la terrasse de l’Orangerie / Jardin des Tuileries / Place de la Concorde

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外務省とエッフェル塔と旧アンヴァリッド駅舎    エッフェル塔百態 142

フランス外務省の鉄柵越しにエッフェル塔とエールフランスの建物(オルリー空港へのターミナル)を見る。
この写真では判別できないが、エールフランスの建物にパリの市章が入っているのはヴェルサイユ方面等へのテルミニ駅:「アンヴァリッド駅舎」として建設された(1900)後に、パリ市に売却された(1937)ため。パリ万博 1900 の名残りの一つ。

Tour Eiffel / Ministère des Affaires étrangères / Air France (Gare des Invalides )

10973

初秋を感じさせるプレジダン・ウィルソン大通り

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Marronnier / Avenue du Président Wilson

 

新緑の4月からまだ4ヶ月余しか経たないのにマロニエはこの通り。プレジダン・ウィルソン大通りの 09/08/2017 だ。落葉も始まっている。
奥はワシントンの騎馬像のあるイエナ広場 Place d’Iéna 。この日、その先アルマ橋にかけて「プレジダン・ウィルソンの朝市Marché Président Wilson」が開かれていた。

コートやジャンパーを着る人が増えてきた。

サレ館 Hôtel Salé /ピカソ美術館

   depuis  2001

サレ館の階段を上った1階ロビーの様子。右の階段が中央階段の折り返し階段。飾られているのは「赤いアームチェアの裸婦 Grand Nu au fauteuil rouge (1929)」。この丁度下の地上階に<毛皮の襟を着けたオルガ Olga au col de fourrure (1923) >が展示されている。

Hôtel Salé / Musée National Picasso-Paris

8730

リールから来たオルガ / ピカソ美術館 パリ

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Olga au col de fourrure / Hôtel Salé / Musée National Picasso

 

リール美術館 Palais des Beaux Arts de Lille で観た<毛皮の襟を着けたオルガ Olga au col de fourrure (1923) >がパリのピカソ美術館 Musée National Picasso – Paris / Musée Picasso – Parisで特別展示されている。
「オルガ・ピカソ展」が開かれているサレ館 Hôtel Salé の階段前を飾る。
オルガ Olga Khokhlova はピカソ Pablo Picasso の最初の妻(1918-55)。

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アオクジャクとシロクジャク

   depuis  2001

ヴァンセンヌの森のドメニル湖に浮かぶベルシー島には以前紹介したようにクジャク Paon bleu がいるのだが、そこにシロクジャク Paon blanc を見かけた。

Paon Bleu et Paon blanc / Île de Bercy / Bois de Vincennes

パリの建物 32 サクレ・クール聖堂

聖堂前のケーブルカー/フニクラー Funiculaire を降りたサン=ピエール広場からサクレ・クール聖堂 Basilique du Sacré-Cœur de Montmartre を。お勧めのビューポイント。
中央のぺディメントに<祝福のポーズ>のキリスト像。その下、1階のテラス左右に、サン・ルイとジャンヌ・ダルクの騎馬像。天気の良かった 03/08/2017 。

Basilique du Sacré-Cœur de Montmartre / Place Saint-Pierre

10544

アレクサンドル3世橋右岸からラファイエットの騎馬像

   depuis  2001

Statue de Marquis de Lafayette / Parc commémoratif / Pont Alexandre III

アレクサンドル3世橋右岸からセーヌ川下流、アンヴァリッド橋方向を見るとこちらを向いたラファイエット侯爵の像 Statue de Marquis de Lafayette がある。
独立戦争(1775-83)の恩人に対するアメリカの学生達(500万人)からの感謝をこめた贈り物(1908)。
パリ万博(1900)でカルーゼル広場 Place du Carrousel に置かれたもので Childrens Statue of Lafayette と呼ばれた。
近づくほどラファイエットが見えなくなる巨大な台座。

ラファイエット Lafayette (1757-1834) 

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ラファイエット飛行小隊の記念碑

アメリカ独立戦争にフランスから義勇兵として参加したラファイエット La Fayette (1757-1834) の名を冠したアメリカの義勇飛行隊 Escadrille la Fayette(1916)の記念碑(1928)。サンクルー宮殿のあった国有地 Domaine National de Saint-Cloud の西端にある。法と自由のために戦い亡くなった英雄たちを忘れないために。左右に米仏の国旗。両サイドにラファイエット飛行小隊のエンブレム。
ラ・デファンスから BUS 360 、終点の Hôpital de Garches で下車し少し戻る。

Monument de l’Escadrille la Fayette / Domaine National de Saint-Cloud / Marnes-la-Coquette

7018

エッフェル塔百態 141 トロカデロ広場東デッキ

改修が概成したトロカデロ広場 Place du Trocadéro 東側デッキからのエッフェル塔を含む光景。左端にパンテオン Panthéon 、直ぐ右に金色のドーム教会 Eglise du Dôme 。エッフェル塔 Tour Eiffel の直ぐ左のモンパルナスタワー Tour Montparnasse に、革命記念日には在ったパリオリンピック誘致ロゴの24はない。高層ビル群はイタリア広場付近。

Tour Eiffel / Place du Trocadéro

7092

モルサン城 Château de Morsang

モルサン(モッソン)=シュル=オルジュ Morsang-sur-Orge とサント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワ Sainte-Geneviève-des-Bois の領主だったPierre Durey d’Harnoncourt(1682-1769) が建設した屋敷(1740-)。
RER C 線の Savigny Sur Orge 下車、徒歩15分程でシャトー公園 Parc du Château、シャトーまではまた15分程度。帰りはバスで駅まで。

Château de Morsang / Parc du Château / Morsang-sur-Orge

食事が終わって・・ムーランルージュ Moulin Rouge

   depuis  2001

大半の客の食事が終わってショーの開演前の一時。音楽に合わせて踊る人もいる。
フレンチカンカンを含むショーの様子は・・

Moulin Rouge / Féerie

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ジャンヌ・モロー Jeanne Moreau 死去。89歳。フォーブール・サントノレ Rue du Faubourg Saint-Honoré のアパルトマンで。
現金に手を出すな Touchez pas au grisbi 以来のファンだった。

ムーランルージュ Moulin Rouge の賑わい

   depuis  2001

19時からのディナーショー公演(21時から)が跳ねて観客が出終わった頃のムーランルージュ前の様子。23時からの第2回公演(ドリンクショー)が始まった頃。演目は Féerie 。
やっと夜が更けてパリ/モンマルトルの夜はまだまだ・・

Moulin Rouge / Montmartre

8851

骨董市 Antiquités Brocante の ひとこま

メトロ6号線のドメニル Daumesnil からデュゴミエ Dugommier までの Boulevard de Reuilly で催された骨董市 Antiquités Brocante (22-23/07/2017)。
ここの店主は日本通で、11月にも帝国ホテルでの結婚式に訪日するとか・・
新宿・渋谷・表参道・銀座等等地名が溢れ出る。

Antiquités brocante / Boulevard de Reuilly

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ヴェルサイユ宮殿の二重の鉄柵

21/07/2017のヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles 前庭の賑わい。
プラス・ダルム Place D’Armes に置かれた<ルイ14世の騎馬像 Statue équestre de Louis XIV >の奥にフリーで入れるドヌールのゲートのある Grille d’honneur du château de Versailles 、その向うの Cour d’honneur と Cour Royale との間に金色のロワイヤルゲートのある Grille royale du château de Versailles 、2重の鉄柵とゲートと3つの広場が見える。時計は合っている。
左の彫像は<豊饒 L’abondance>、右の彫像は<平和 La Paix>。いずれもアントワン・コワズヴォクス Antoine Coysevox (1640-1720)の作品(1682)。

Château de Versailles / Statue équestre de Louis XIV / La grille royale / La grille d’honneur

9859

スポンサー宣伝車の行進 – 2 Tour de France 2017

コンコルド広場を行くスポンサー宣伝車の一例。加工食品メーカー「ル・ゴルワ Le Gaulois 」はガリア  Gaule の象徴である雄鶏 Coq gaulois を使用して目立つ。
広場に吻側型の街燈 Lampadaire colonne rostrale 等、背景にグラン・パレとプチパレ。緑は王妃の散歩道付近ののマロニエ。
チュイルリー公園のオランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie より俯瞰した。

Tour de France 2017 / Place de la Concorde / Grand Palais / Petit Palais / Lampadaire colonne rostrale

2799

スポンサー宣伝車の行進 – 1 Tour de France 2017

   depuis  2001

シャンゼリゼからコンコルドに入った後、セーヌ川の右岸沿いチュイルリー河岸道路を遡りチュイルリー宮殿跡下のトンネルでリヴォリ通りに抜ける。観衆はコンコルド橋と河岸道路沿いで公園からは行けない。エッフェル塔、パリのアメリカ教会、アレクサンドル3世橋、シャイヨー宮が見えている。通過中の宣伝車はフリット等の大手 McCain Foods 社のもの。
オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie から俯瞰した。

Tour de France 2017 / Tour Eiffel / Église américaine de Paris / Pont Alexandre III / Palais de Chaillot / Pont de la Concorde / Terrasse de l’Orangerie

選手を待つシャンゼリゼとコンコルド

   depuis  2001

Tour de France 2017  最終日、参加選手を待つコンコルド広場の周辺。
ルクソールのオベリスクとエトワールの凱旋門とを結ぶシャンゼリゼ大通りの刈り込まれたプラタナスの街路樹の間を周回する。マルリーの馬 Chevaux de Marly から奥がシャンゼリゼ。右側通行なので、丁度 Transpalux 車が広場に、Vittel の車両が大通りに入ったところ。既に通過済みだが、選手入場前のスポンサー関係車両の顔見世も楽しい。
左の大型ディスプレイで実況画面が見れる(21ステージスタート直後かと)。オランジュリーのテラス Terrasse de l’Orangerie より俯瞰した(これ以上右には行けない)。

Tour de France 2017 / Place de la Concorde / Avenue des Champs Élysées / Arc de triomphe de l’Étoile

6849

ツール・ド・フランス 2017 は チュイルリー公園から

Tour de France 2017 はナポレオンの立像を頂く<コロヌ・ヴァンドームColonne Vendôme>が正面の位置で観戦した。リヴォリ通りをコンコルド広場に向う選手たち。8分後の2周目。
鉄柵はカスティリオーネ門 Entrée Castiglione の門扉で閉鎖されている。

Tour de France 2017 / Rue de Rivoli / Jardin des Tuileries / Colonne Vendôme

<ヨーロッパアマツバメ Martinet noir>は5日ほど前から見かけなくなった。一週間前には確実にいたのだが。
雨の恐れ Risque de Pluie 22°/16° 寒くて窓を開けれない。

リュクサンブール公園の マロニエの並木

   depuis  2001

偉大な探検家の庭園 Jardin des Grands Explorateurs からリュクサンブール公園に連なるマロニエ Marronnier の並木。8月に入れば落葉が始まる。
奥はリュクサンブール宮殿 Palais du Luxembourg、上院 Sénat。
偉大な探検家とはマルコ=ポーロ Marco-Polo(1254-1624) とルイジアナの命名者ラ・サール René-Robert Cavelier de La Salle(1643-87) のこと。ミシシッピー流域をルイ14世の土地だと主張した。

Marronnier / Jardin des Grands Explorateurs / Jardin du Luxembourg

雨の恐れ Risque de Pluie 23°/14°

6809

女王の散歩道 Cours la Reine のマロニエ

「72系統 Hôtel de Ville 行き」のバス停 Grand Palais からコンコルド広場の方向を・・
マロニエ並木の日陰は両方向への自転車道。左の石畳がバスを含むコンコルド広場方面への自動車道。右側のセーヌ川に沿って歩道。
左にアレクサンドル3世橋方面への自動車道を走るバス。

Avenue de marronnier / Cours la Reine / Grand Palais : Gare routière

雨 Pluie   23°/14°  昼前には止んだ。

6663

エッフェル塔百態 140 シャンゼリゼ港 – 2

セーヌ川の河川港の一つである<シャンゼリゼ港 Port des Champs Élysées>からアンヴァリッド橋 Pont des Invalides 越しに見たエッフェル塔。
パリのアメリカ教会 Église américaine de Paris の尖塔。
1854のパリ万博のために建設されたアンヴァリッド橋の上流面は Victor Vilain(1818-99)作の「陸の勝利 La Victoire terrestre(1854) 」で装飾されている。反対を受けてずらしたアンヴァリッド正面には1900万博でアレクサンドル3世橋が架けられることとなった。

Tour Eiffel / Pont des Invalides / Église américaine de Paris / Port des Champs Élysées

晴れ Ciel dégagé  27°/17°

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エッフェル塔百態 139 シャンゼリゼ港 – 1

   depuis  2001

セーヌ川の河川港の一つである<シャンゼリゼ港 Port des Champs Élysées>からアレクサンドル3世橋 Pont Alexandre III 越しに見たエッフェル塔。
ポン・ヌフが基地の Vedettes du Pont-Neuf が通過中。

Tour Eiffel / Pont Alexandre III / Port des Champs Élysées

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パリの建物 31 凱旋門 Arc de triomphe de l’Étoile

16/07/2017 のエトワールの凱旋門。ナポレオン1世の命で「オーステルリッツの戦い(1805)」での勝利を記念して着工した(1806)が、完成したのはルイ・フィリップの王政復古の時代(1836)。新古典主義の作品。革命記念日の名残がうかがえる。

Arc de triomphe de l’Étoile / Avenue des Champs Élysées

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パリの建物 30 アンヴァリッド Hôtel des Invalides

オテル・デ・アンヴァリッド Hôtel des Invalides(1674)/ 廃兵院の中央部分が改装された。
ぺディメント Fronton には浅浮き彫りのルイ大王/ルイ14世の騎馬像。その真っ直ぐ奥にサン・ルイ大聖堂 Cathédrale Saint-Louis-des-Invalides と ドーム Dôme des Invalides (1706)。
ナポレオン・ボナパルト、フォッシュ元帥、ルクレール元帥等の廟がある他<軍事博物館 Musée de l’Armée >としても使用されている。

Hôtel des Invalides / Musée de l’Armée / Eglise du Dôme

エッフェル塔百態 138 自由の炎・アルマ広場

   depuis  2001

2017 パリ祭 14 juillet 2017 当日、アルマ広場からの薄暮(22:24)のエッフェル塔 Tour Eiffel (1889)と自由の炎 Flamme de la Liberté (1989) 。プラタナスの街路樹と街燈はニューヨーク大通り Avenue de New York のもの。この下はダイアナ妃が亡くなったアルマトンネル。警察車両と警官が広場から大通りへの侵入を禁止している。

Tour Eiffel / Flamme de la Liberté / Place de l’Alma / Avenue de New York

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エッフェル塔百態 137 アルマ橋・サント=トリニテ大聖堂(ロシア正教)

2017 パリ祭 14 juillet 2017 当日、アルマ橋からの薄暮(22:10)のエッフェル塔 Tour Eiffel (1889)とサント=トリニテ大聖堂(ロシア正教) Cathédrale de la Sainte-Trinité(2016)。23:00 から始まるの花火を見るために既に多くの人々が集まっている。街燈はアルマ橋のもの。

Tour Eiffel / Cathédrale de la Sainte-Trinité / Pont de l’Alma / 14 juillet 2017

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パリ祭 14 juillet 2017 のフィナーレはアルマ広場で

メトロ1号線のロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ Rond- Point des Champs-Élysées から徒歩でモンテーニュ大通り Avenue Montaigne をアルマ橋 Pont de l’Alma まで。帰りはジョルジュ・サンク大通り Avenue George V をジョルジュサンク George V まで徒歩。
左にエッフェル塔。右側花火の下部はニューヨーク大通り(第2次大戦以前はトーキョー大通り)のプラタナスの街路樹に隠れて見えない。

Feu d’artifice / 14 juillet 2017 / Place de l’Alma

3843

14 juillet 2017 パリ祭

今日はフランスの革命記念日 14 juillet 2017 
今年は第一次世界大戦でモンロー主義を貫いていたアメリカが参戦した1917から100周年に当たる。
トランプ大統領夫妻が來仏、革命記念行事にも参加する。
ルーブル美術館の入場料15€無料を使って、航空ショウをピラミッド Pyramide du Louvre で・・と思ったのだが、意外に早く入場できたので断念した。凱旋門から一直線にこの頭上を通過する。

14 juillet 2017 / Pyramide du Louvre / Musée du Louvre

11921

 

モンパルナスタワーに オリンピック 2024 誘致 が・・

シャン・ド・マルス Champ de Mars のジャック・リュフ広場 Place Jacques Rueff からエッフェル塔の反対側に振り返れば・・中心軸に<陸軍士官学校 École Militaire>とその前に<ジョフリ元帥の騎馬像>と<平和のための壁 Mur pour la Paix>のモニュメントが位置する。
モンパルナスタワーを利用した「24をイラストしたロゴ」は第33回オリンピック大会 Jeux olympiques  2024 に立候補しているパリ市の誘致ロゴ。1900年の2回大会、1924の8回大会以来100年目に当たる。2020 はトウキョウで、2024 はパリで見たいと思っている。

Tour Montparnasse / École Militaire / Place Joffre / Mur pour la Paix / Champ de Mars

フランスの星、ロメン・バルデ Romain Bardet<ツール・ド・フランス  Tour de France 2017> 第12ステージを制す。

エッフェル塔百態 136 ジャック・リュフ広場-2

フランス革命記念日 14 juillet のフィナーレを飾る打ち上げ花火等の会場設営が進むエッフェル塔周辺…をジャック・リュフ広場 Place Jacques Rueff 越しに…
手前にいるのはサイドカーに乗って観光する<Retro Tour Paris>の一団。案内のドライバーに2名が乗車(サイドカー1名、後部座席1名)。

Tour Eiffel / Place Jacques Rueff / Retro Tour Paris

1802

 

ガリグリアノ橋からムードンの森を/顔の塔を

右側がサン・クルーの森 Domaine National de Saint-Cloud 。左がムードンの森 Forêt domaniale de Meudon で、頂上は高原状で トラムウェイ T6 が走る新興の研究都市地域になっている。
パリの環状都市高速道路 : ブルヴァール・ペリフェリック Boulevard Périphérique の向うの緑はセーヌ川の中洲「サン・ジェルマン島  Île Saint- Germain」で、ジャン・デュビュフェによる顔の塔 La Tour aux figures de Jean Dubuffet が突出して見えている。

Forêt domaniale de Meudon / La Tour aux figures de Jean Dubuffet / Pont du Garigliano

Couvert (日の差さない)曇り 24/18 寒い
ガリリャーノ橋=ガリグリアノ橋 Pont du Garigliano

Tour de France 2017 最終日23/07/2017 第21ステージ で、ポルト・ドルレアンからパリ入りした選手はガリリャーノ橋を左岸(左側)から右岸へセーヌ川を渡河する。

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子供達のための ルクレール将軍広場/ヴァンセンヌ

   depuis  2001

改修の終わったルクレール将軍広場 Place du Général Leclerc に特設された遊具施設。7月8日の土曜日にオープンした。
その奥のヴァンセンヌ市庁舎前緑地 Cours Marigny が工事中。左側、街燈の付いた道路部分も工事中。

Place du Général Leclerc / Cours Marigny / Vincennes

今日は朝から雷雨。今日の天気予報は Orage(雷雨)。18mm.

渡りが近い ヨーロッパアマツバメ

   depuis  2001

夏場のヨーロッパ北部で見られる<ヨーロッパアマツバメ Martinet noir>は冬場をザンビア Zambia  等の南アフリカで過ごす。スズメ目ツバメ科、属のツバメとは違い、アマツバメ目アマツバメ科の鳥。
昨年は7月29日に突然姿を消したことに気付いた。自宅の窓から。

Martinet noir / Vincennes

今日も昼間気温が30度を超えたと思われ、大雷鳴を伴う夕立の最中。21:00/09/07/2017.
頭上の雷鳴は遠のいたが、夕立は続く。Orage(雷雨)22:09. 漸く日が暮れてきた。

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ビュッフェの作品 <クールベに倣った眠り>

ビュッフェ Bernard Buffet(1928-99) の作品<クールベに倣った眠り Le sommeil d’après Courbet(1955)>が載っている画集が何時も何かとお世話になっている「パリの JCB Plaza 」にあったので紹介しておく。

Le sommeil d’après Courbet / Bernard Buffet

再掲

<プチ・パレ美術館>で所蔵の Gustave Courbet (1819-77)作の<眠り Le Sommeil>を観た。
オルセー美術館所蔵の有名なクールベの作品<世界の起源 L’Origine du monde(1866)>
と同じ年に描かれたものだ。
赤毛の方の女性はジョアンナ・ヒファーナン Joanna Hiffernan で、世界の起源のモデルはこのヒファーナンだといわれている。
これらの絵画はオスマン帝国の外交官の注文によって描かれた。

Le Sommeil / Gustave Courbet / Petit Palais
Le Sommeil / Gustave Courbet / Petit Palais

ビュッフェ Bernard Buffet(1928-99) が同じ構図を描いた作品
<クールベに倣った眠り Le sommeil d’après Courbet(1955)>がある。

ヴァンセンヌ市庁舎前緑地の再整備

ヴァンセンヌ市の市街地改造計画で最終ステージの<ヴァンセンヌ市庁舎前緑地 Cours Marigny  の再整備>の現況。奥に見えるヴァンセンヌ市庁舎 Hôtel de Ville de Vincennes 前のルクレール将軍広場と右側の道路は整備済み。ドメニール将軍の像 Statue de Général Daumesnel と写真手前側、パリ大通りに面した戦没者慰霊碑とを残し、その他の旧施設を全面撤去して再整備中。午前中の断続的強雨(06/07/2017)のため水溜りが見られる。

Cours Marigny / Hôtel de Ville de Vincennes / Vincennes

弟のアベルを殺したカイン

   depuis  2001

チュイルリー公園の Grand Bassin Rond (円形の大池)広場に置かれた(1982)<弟のアベルを殺したカイン Caïn venant de tuer son frère Abel(1896) >の彫像。アンリ・ヴィダル Henri Vidal(1868-1914)の作品。
後方に革命記念日 14 juillet 式典中継用のタワーが見える。

Statue de Caïn venant de tuer son frère Abel / Jardin des Tuileries

 

チュイルリー公園から革命記念式典会場を

チュイルリー公園の Grand Bassin Rond (円形の大池) 越しにコンコルド広場方向を望むと、「ルクソールのオベリスク Obélisque de Louxor 」、「凱旋門 Arc de Triomphe 」がみえる。そして、その間の「3色(旗)のテント」は革命記念日 14 juillet に式典が行われるコンコルド広場 Place de la Concorde の貴賓席のそれだ。
パリの大観覧車 Roue de Paris は撤去されている。

14 juillet / Jardin des Tuileries / Obélisque de Louxor / Arc de Triomphe

パリ大通りからのヴァンセンヌ城

パリ大通り Avenue de Paris(右方向がパリで道路の中央に立てばエッフェル塔が中央に見える )からヴァンセンヌ城を。
メトロ1号線 Château de Vincennes の出入り口、ヴァンセンヌ城への入り口「町の塔 Tour de Ville」、ヴァンセンヌ城の天守「ドンジョン Le Donjon」等が見える。

Château de Vincennes‘/ Avenue de Paris / Vincennes

CDG には予定の16時10分より30分近く早く着き、予約手配していた白タクにもスムーズに乗り継げて無事ヴァンセンヌに到着した。8人乗りの大型ベンツのドライバーは顔見知りで、大量の荷物の運搬等もスムーズだった。写真は05/07/2015、町の塔の時計は正確。

ザンビアへの旅 23 クラハシコウ

   depuis  2001

コウノトリ目コウノトリ科 Ephippiorhynchus 属の<クラハシコウ>

クラハシコウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

明朝、新宿を発って羽田からパリに向かいます。8月末まで滞在する予定です。
「ザンビアへの旅」の続きはまた後程紹介することとします。

ザンビアへの旅 22 ライラックニシブッポウソウ

アフリカのサハラ砂漠以南に棲息するブッポウソウ目ブッポウソウ科の<ライラックニシブッポウソウ Lilac-breasted roller>。カミキリムシのような虫を銜えている。

ライラックニシブッポウソウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

都議会議員選挙の投票日。7時過ぎに徒歩3分の投票所へ。朝に強い老人が次々と。

ザンビアへの旅 17 ナイルワニとアフリカヘラサギ

<ナイルワニ Nile crocodile><アフリカヘラサギ Platalea alba>です。
ワニ目クロコダイル科クロコダイル属とコウノトリ目トキ科。

ナイルワニ / アフリカヘラサギ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 15 サバンナモンキー / マルブルック

<マルブルック Malbrouck (Chlorocebus cynosuros)>はオナガザル亜科サバンナモンキー属。
キャンプ付近で明け方に撮ったもの。サバンナモンキーは地域変異が多く、ザンビアで見られるのはマルブルックと呼ばれるらしい。

マルブルック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 12 ウォーターバック

尻の模様に特徴のある<ウォーターバック Waterbuck (Kobus ellipsiprymnus)。ウシ目ウシ科ウォーターバック属。手前のオスは三日月状に湾曲した長い角を持つ。

ウォーターバック / サウス・ルアングワ国立公園 /ザンビア

ザンビアへの旅 11 北ローデシアキリン

ザンビアに生息するキリン<キタローデシアキリン Thornicroft’s giraffe>
偶蹄目キリン科キリン属の亜種の一種。次々と群れが通過していく中、この親子と思われる3頭はこの位置でやり過ごしていた。

北ローデシアキリン / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 10 ブッシュバック

<ブッシュバック Bushbuck>のメス。ウシ科ウシ亜科、ブッシュバック属 scriptus (インババラ)。群れを成さないらしいが、はぐれたのか….一頭でいるところ、こちらを向いたので撮りました。

ブッシュバック / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 8 アフリカスイギュウ

   depuis  2001

<アフリカスイギュウ African buffalo>の群れが黙々と通過した。こちらを向いている1頭を写した。ウシ科アフリカスイギュウ属で、1種のみ。。

アフリカスイギュウ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

モンゴルの国旗

ザンビアへの旅 7 グラントシマウマ

自然の中で共存する野生生物を見に、所謂<ゲーム・ドライブ>に出かけた。
サファリ車は天蓋付きだが四方はオープン。大丈夫?
順不同だが、先ずはシマウマの仲間で、<グラントシマウマ Grant’s zebra>
サバンナシマウマの亜種。
荒れた砂地は雨期の洪水の痕だろう。

グラントシマウマ / サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 6 ワイルドライフ・キャンプ

サウス・ルアングワ国立公園内にあり、ルアングワ川左岸に沿う<ワイルドライフ・キャンプ Wildlife Camp >が滞在地。部屋からしてワイルドライフが楽しめそう。
19時半頃から夕食。9時頃部屋へ。一人になると少し怖い。5連泊。  28/05/2017.

Wildlife Camp / South Luangwa National Park / Zambia

ザンビアへの旅 5 ザンビアの大地

サウス・ルアングワ国立公園 South Luangwa National Park は 9,050㎢ の広さ。
見えている川がルアングワ川で流域面積 139万㎢、長さ 2,750㎞ のザンベジ川の左支川。上方がサウス・ルアングワ国立公園。起伏に富んだ高原台地だ。

サウス・ルアングワ国立公園 / ザンビア

ザンビアへの旅 4 サウス・ルーアングワ国立公園へ

ルサカ国際空港から北東へ、サウス・ルーアングワ国立公園に向かう(飛行時間はムフウェ国際空港まで2時間弱)。小型飛行機使用の国内線なので携行品も制限された。5月から(8月まで)乾季に入ったので天気は良い。28/05/2017

サウス・ルーアングワ国立公園へ / ルサカ国際空港

ザンビアへの旅 3 インパラ

泊をとったザンビアの首都ルサカ Lusaka (標高1,200m)のホテルで初めて見て、撮った野生動物はインパラ。シカ科ではなくて、ウシ科インパラ属で1種のみ。竪琴形の角を持つのがオス。子供は1頭らしいので、親子かと。十数頭の群れが街中にいたので驚いた。

インパラ / ルサカ

ザンビアへの旅 2 ルサカ国際空港

アラブ首長国連邦のドバイ空港で乗り継いでザンビア共和国のルサカ国際空港に到着しました。アフリカへはパリからモロッコのマラケシュへ来た時以来ですが、南半球に来たのは初めてです。ドバイが本拠のエミレーツ航空です。

ルサカ国際空港

 

ザンビアへの旅 1 ドバイ国際空港

   depuis  2001

ザンビア Zambia での写真が手に入ったので訪問者  に代って紹介する。27/05/2017
羽田からエミレーツ航空を利用して(00:30発27/05/2017)、アラブ首長国連邦のドバイ経由でザンビアに向かった。
トランジットの途中通路から見た空港周辺。

ドバイ国際空港

ギャラリー・イグレック の花々 222 アルストロメリア・プルケラ

完全に野生化して、毎年咲いているアルストロメリア・プルケラの花です。切り花にして活けました。ユリ目ユリズイセン科アルストロメリア属。
アルストロメリアが珍しかった30年も前、定期的に贈っていただいた方を思い出します。

アルストロメリア・プルケラ / Galerie Y.

ギャラリー・イグレック の花々 219 ハゼラン

   depuis  2001

ハゼランの花です。ナデシコ目ユベリヒユ科ハゼラン属。
初めて気が付きました。1株だけです。3時草等とも呼ばれ午後の数時間しか咲きませんので、写真を撮るにも一苦労です。16:31 05/06/2017. 上に蕾、下に果実。

ハゼラン / Galerie Y.

ギャラリー・イグレックの花々 216 カモミール

   depuis  2001

ヨーロッパでは古代から薬用として使われているカモミーユ  Camomille の花です。
白い舌状花と黄の管状花からなり、管状花が開花に連れて筒状に成長していく様子が分かります。キク科マトリカリア属。

カモミール / Galerie Y.

 現地時間21:25 03/06/2017 ザンビアのルサカ空港を発って、アラブ首長国連邦のドバイ経由(現地時間 6:30 着、8:00 発 04/06/2017)で帰国の途に就きました。22:45 04/06/2017 羽田着の予定です。(ドバイにて)

ギャラリー・イグレックの花々 214 キンレンカ

   depuis  2001

キンレンカの花です。南米原産です。アブラナ目ノウゼンハレン科・属です。
切り込みのない丸い葉が独特で、蓮の葉に似ている所から金蓮花と言います。が、ハスの葉も珍しい形状で、ハス科・ハス属のハスでのみ見られます。

キンレンカ / Galerie Y.

ザンビアの国旗

フォート・ド・ヌジョン / ヌジョンの砦

   depuis  2001

1840‐45の間にパリの周辺には「ティエールの城壁」と「16の砦 Fort 」が建設された。
フォート・ド・ヌジョン Fort de Nogent はサン・ドニから時計回りに8番目の砦で、9番目が「ヴァンセンヌ城」に併設のフォート・ヌフ・ド・ヴァンセンヌ Fort neuf de Vincennes 。
現在は「フランス外国人部隊 Légion étrangère」の募集団体が使用しているようだ。
門扉等に部隊の象徴である「7つの炎の手榴弾 Sept flammes 」が取り付けられ、また、パリ市との連携を示すロゴも見える。        06/08/2016
ヴァンセンヌ東隣町、フォントネー=スー=ボワ Fontenay-sous-Bois に位置する。

Fort de Nogent / Sept flammes de la Légion étrangère / Fontenay-sous-Bois

旧高松街道<金刀比羅宮>参道から讃岐山脈を望む

高松から金毘羅宮への古道、旧高松街道はほぼ琴平電鉄琴平線に沿っていて、この地点一之橋で金倉川を渡る。遠望できるのが讃岐山脈で、その向こうに中央構造線を走る吉野川が流れ、更にその向こうを剣山のある四国山脈が走る。
奥に、屋根付きの鞘橋(さやばし)が見える。一之橋の旧橋を移転したものだ。
右に金刀比羅宮、左にアーケードのある(門前町)商店街が続くが、今ここを通る観光客は少ない。金刀比羅宮の祭神はニギハヤヒ、並んで后のミホツヒメを祭る三穂津姫社がある。

鞘橋 / 金倉川 / 讃岐山脈 / 琴平

南アフリカの国旗

4斗樽用<本菰>1895 / 金陵の郷

   depuis  2001

「平安遷都1100年記念祭 (1895)」に合わせて開催された「内国勧業博覧会」に出品した「金戎」の4斗樽用<本菰>。
「戎さん」と「めでたいと けふも朝から大祝い」の文字が‥
えびす神社の総本山である西宮神社の祭神はヒルコ(イザナギとイザナミの第一子)即ちえびす大神だが、平安時代には(弟のアマテラスの妻のセオリツヒメと思われる)撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を祭る廣田神社の境外摂社だった。

4斗樽用<本菰> / 金陵の郷 / 琴平

 

金陵醸造元の<酒林>

酒神を祭る神社は松尾神社、梅宮神社もあるが、「金陵」の酒の神様は大神神社(おおみわじんじゃ)の大物主大神(ニギハヤヒ)。屋根に置かれた<酒林(さかばやし)>は御神体である三輪山の御神木である杉の葉を束ねたもので、近世は球形が多いらしい。酒と杉は相性が良く、酒桶や酒樽、酒升には杉材が用いられ、酒中に杉の杮(こけら)を入れたりもする。

酒林

六尺桶/金陵の郷

清酒貯蔵用の六尺桶。味噌・醬油用に使われたのも同種。6尺は桶底の内径(約180cm)で、7尺物・8尺物もある。
低温殺菌がワインの腐敗を防ぐことはパスツール Louis Pasteur (1822-95)が発見した(1865)とされているが、日本の酒造りでは「火入れ」の呼称で遥か以前から行われていた。

清酒の貯蔵桶 / 金陵の郷 / 琴平

麴造り の<麹室> Kome Koji / 金陵の郷

洗米・浸漬し、蒸し上げた蒸米を人肌の体温まで冷ましてから麹室(こうじむろ)に入れ、台に広げて種麹(たねこうじ)をつける。約15~16時間おいた後、左と後方に見える麹蓋(もろぶた)に入れて棚に積み重ね、2昼夜すると麹ができる。技術と手間を要する汗だくの工程だ。

麹づくりをする麹室

琴平の<金陵の郷>

琴平で、琴電からJR 四国への乗り換えを利用して、金毘羅宮参道入り口付近にある<金陵の郷>を見学した。灘の「白鹿」や池田の「呉春」が好きなのだが、琴平の「金陵」もいい。
阿波の藍商人西野家(1658)が琴平で酒造を始めた(1789)のはフランス革命の年に当たる。
酒づくりの守木「御神木の楠木」は鎌倉時代の生まれ。金陵とは南京の古名で、琴平のこと。

琴平の<金陵の郷>

ニューカレドニアの

琴電 一宮駅

   depuis  2001

讃岐国一宮 田村神社と四国霊場83番札所 一宮寺への最寄り駅、琴平電鉄琴平線 一宮駅
以前は写真奥の高松寄りにあって、大鳥居と表参道に直結していた。

琴平電鉄一宮駅

 明日、羽田を発ってドバイ経由でザンビアに参ります。後ほど紹介できると思いますのでお楽しみに。

四国霊場第八十三番 一宮寺の大師堂

弘法大師による四国霊場に組み込まれ、法相宗大宝院(701‐03頃)から真言宗御室派の大宝院 一宮寺に改宗した(806‐10頃)。
大師堂前に置かれた外置香炉に「大」の字が見える。お守りに使われている一宮寺の寺紋と思われる「上がり藤に大の文字」紋(那須藤とか大久保藤という)の大かと・・

四国霊場第八十三番 一宮寺の大師堂

四国霊場第八十三番 一宮寺

神毫山 一宮寺(いちのみやじ)は讃岐国一宮 田村神社(709)の別当寺だったが、法相宗大宝院以来(701‐03)の歴史を持つ。
本堂左に「一宮御陵」と呼ばれる3基の供養塔がある。神仏分離の200年も前に藩主の意向で別当を解かれた際に田村神社から移築されたもので、孝霊天皇(2人の父)、倭迹迹日百襲姫命(卑弥呼)、五十狭芹彦命(男弟)の供養塔と伝わる。孝霊天皇は娘に会いにこの地を訪れている。
田村神社境内を背に仁王門越しに本堂を見たところ。佛生山を超えて真っ直ぐ東に八十七番札所長尾寺だが、その前に北に折れて先ずは屋島に登らなくてはならない。

四国霊場第八十三番 一宮寺

弁財天となった瀬織津姫

男神アマテラス(ニギハヤヒ)が女神となって行き場を失った妻のセオリツヒメ 瀬織津姫は神仏習合により弁財天として残したとする説がある(例えば、西宮 廣田神社:瀬織津姫、弁財天 )。縄文からの水神で信仰が厚く、厩戸王子や空海も無視できなかったのだろう。讃岐国一宮 田村神社の龍神の住む「神池」に置かれた弁財天。後方は末社の「宮島社」で、祭神の市杵島姫も弁財天に習合している例が多い。イチキシマヒメは暗にセオリツヒメ 撞賢木之御魂天疎向津媛命を想起しているという説もある。

弁財天 / 讃岐国一宮 田村神社

<倭迹迹日百襲姫命>伝承の地 田村神社

讃岐国一宮である田村神社(709)の拝殿・幣殿(入母屋造り)で、春日造りの本殿・奥殿(神座の床下に龍神の住む深淵がある)が後方に続くがこの位置では見えない。神紋は「五七の桐」(賽銭箱)だが屋根には十六菊花紋が付けられている(1877)。
祭神は倭迹迹日百襲姫命、五十狭芹彦命、猿田彦大神、天隠山命(高倉下命:天香山命)、天五田根命(天村雲命)。五柱を総称して田村大神という。
「田村の大神は水の神、御神体は龍神なり」と伝えられ、倭迹迹日百襲姫命が来る(180頃)以前から信仰の対象だったと思われる。ニギハヤヒの子・孫である「天隠山命、天五田根命親子は紀伊国から讃岐国に来て、山河をもって国郡の境界を分かつなど開拓水利の基を定めた。」と社伝にある。越後国や尾張国に行く前のことと思われる。
さて、ヤマトトトヒモモソヒメはこの地から吉備国を経て出雲国に行き、倭の大乱を収拾して(184頃)大和に帰り「卑弥呼」となる。・・説を支持しているのだが、社伝には見られない。

讃岐国一宮 田村神社 / 拝殿・幣殿 / 高松

讃岐国一宮 田村神社

ヤマトトトヒモモソヒメ 倭迹迹日百襲姫 は後の卑弥呼であるとする有力説がある。讃岐国一宮である田村神社(709)は彼女が幼少期に2年間程住んだとされる場所に建つ。
祭神は倭迹迹日百襲姫命と五十狭芹彦命他3神。イサセリヒコは弟で、魏志倭人伝にある「卑弥呼の男弟」に当たる。

讃岐国一宮 田村神社 / 高松

新緑の楠と「木造日本一の高灯籠」

   depuis  2001

今、楠(クスノキ)の花が満開です。山並みは象頭山。左に隣接の琴電に乗って一宮(讃岐国一宮)まで行ってきた。17/05/2017。日本一の木造灯篭/高灯籠
<再掲> 高さ約27mで、木造灯篭としては日本一の高さを誇る。発する光が瀬戸内海丸亀沖の船に届くように設計されたと言われる。1860年完成。国指定重要有形民俗文化財(1979)。金刀比羅宮北神社の境内にある。前の道路は参道へのアクセス道路で、写真の左側が琴電(琴平電鉄)の琴平駅、右側にJR琴平駅がある。「ことでん」の左側は金倉川で、渡河して突き当りを左折すると金刀比羅宮参道(旧高松街道)と交差する。

日本一の木造灯篭 / 高灯籠 / 琴平

トニィ・ノエル Tony Noël による<瞑想 Méditation>

ラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh に置かれた彫像、トニィ・ノエル Tony Noël (1845‐1909) による<瞑想 Méditation>(1882)。
「瞑想」と聞けばセーヴル焼を思い浮かべる。ファルコネ Étienne Maurice Falconet(1716-91)による<甘い憂鬱 La douce Mélancolie (1775)>とボワゾ Louis-Simon Boizot (1743–1809) による<瞑想 Méditation (1775-80)>で、いずれも未だに人気の続く名作だからだ。

Méditation / Tony Noël / Jardin du Ranelagh

漁師の網にかかったオルフェ(ウス)の首

ギリシャ神話に登場する竪琴の名手で吟遊詩人のオルフェ(ウス) Orphée
蛇にかまれて亡くなった妻のエウリュディケーを追って冥界入りするくだりは日本神話のイザナギがイザナミに会いに行くくだりに酷似している。いずれも約束を果たせず妻を見てしまうことで引き戻せなくなってしまう。
アポロン神だけを信じた彼はディオニュソスの怒りを買って八つ裂きにされて殺され、その頭部は川に流され竪琴と共にレスボス島に流れ着いたという。
ラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh に置かれた Louis Eugène Longepied(1849-88) の作品(1883)、<漁師の網にかかったオルフェ(ウス)の首 Pêcheur ramenant la tête d’Orphée dans ses filets>。

Pêcheur ramenant la tête d’Orphée dans ses filets / Louis Eugène Longepied / Jardin du Ranelagh

カインの像 ラヌラグ公園

オスマンによるパリ改造計画の一環で、ブーローニュの森とティエールの城壁跡地と関連付けて造成されたラヌラグ公園 Jardin du Ranelagh (1860)に置かれた<カイン Cain>の像。Joseph-Michel Caillé(1836-81)の作品(1871)。
アダムとイヴの双子の弟アベル Abel に対する神の評価に、頭を伏せて憤りを表している様を刻んだものと思われる。アベルを殺すのはこの後かと。
後方の大木はアメリカサイカチ Févier d’Amériqueと思われるが棘は見えない。

Cain / Joseph-Michel Caillé / Jardin du Ranelagh

最初の葬儀/アダムとイヴとアベル

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Les premières Funérailles / Louis Ernest Barrias / Petit Palais

登場人物は3人・・アダムとイヴとアベル。
アダムとイヴの子カインによって子アベルは殺される。史上最初の殺人による<最初の葬儀 Les premières Funérailles>を刻んだルイス・アーネスト・バリアス Louis Ernest Barrias(1841-1905)の作品(1883)。
アダムはアベルを抱きかかえて葬儀の場に進んでおり、イヴはアベルの頭にキスしている。

プチ・パレ パリ市立美術館 Musée des Beaux-Arts de la ville de Paris。

パリの防衛 La Défense de Paris (1883)の作者。

セェム SEM が贈ったジャン・コクトーの肖像

   depuis  2001

SEMと呼ばれた George Goursat (1863-1934) がジャン・コクトーの3番目の詩集「ソフォクレスの踊り La Danse de Sophocle(1912)」の出版を記念して贈ったとされる肖像画。
パレトゥ Paletot という短いコートを着たグレイハウンド犬 lévrier でイラストしている。右前足で踏んでいるのが詩集、コートにはBakst の文字が見え、バレエ舞台美術家 Léon Bakst(1866-1924) のことだろうと思われる。衣装が彼のデザインかも。
ミリィ・ラフォレ Milly-la-Forêt にある<ジャン・コクトー美術館 Musée Jean Cocteau >/ジャン・コクトーの家 Maison de Jean Cocteau で観れる。

Portrait de Jean Cocteau / George Goursat dit SEM / Musée Jean Cocteau / Milly-la-Forêt

アメデオ・モディリアーニ による<ブロンドの女>

   depuis  2001

ナンシー美術館 Musée des Beaux-Arts de Nancy で観たモディリアーニ Amedeo Modigliani(1884-1920) の作品です。<ブロンドの女 La Femme blonde>(1918)と題された<ジェルメーヌ・サーベージの肖像 Portrait de Germaine Survage>です。彼女は「エコール・ド・パリ」の友人レオポルド・サーベージの奥さんでした。1918年の夏、転地療養をしていたニースで描いた3枚の内の1つです。S 字曲線は動きを描き込むためのモディリアーニの技法です。

La Femme blonde (Portrait de Germaine Survage) / Amedeo Modigliani / Musée des Beaux-Arts de Nancy

カジノキ/コウゾ の雄花が満開でした。

トラムウェイ T3a のポルト・ド・ヴェルサイユ Porte de Versailles 駅で見たカジノキ/コウゾ Broussonetia papyrifera の満開の雄花です。紙の原料になる桑 : コウゾ mûrier à papier とも言いますが、コウゾはカジノキとヒメコウゾの雑種というのが正しいそうです。
カジノキは諏訪神社の神紋に使われています。           16/04/2014

Broussonetia papyrifera / Mûrier à papier / Porte de Versailles(T3a)

リュクサンブール公園の ヒイラギナンテン

ヒイラギメギ / ヒイラギナンテン Mahonia aquifolium の花も満開です。ニセヒイラギ ・マホニア Mahonia faux houx とも呼ばれているそうです。北米原産です。パリには花木が多いです。花が身近に思えます。                                     リュクサンブール公園にて 04/04/2011

Mahonia faux houx / Jardin du Luxembourg

<日本のアンドロメダ>と呼ばれるアセビ

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Andromède du Japon / Jardin du Luxembourg

 

アセビ(馬酔木)は日本の固有種ですが、パリでは<日本のアンドロメダ Andromède du Japon>と呼ばれています。今の学名は Pieris japonica となっていますが、以前の学名が今なお生きているということのようです。

アンドロメダはギリシャ神話で神にも勝る美女とされた王女です。

リュクサンブール公園 Jardin du Luxembourg で見かけましたので写真に撮りました。

04/04/2011

アブサンを勧める

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Absinthe extra-supérieure J. Edouard Pernot / Leonetto Cappiello / Galerie Y.

超特級アブサン、<J. Édouard Pernot>Absinthe extra-supérieure /J. Édouard Pernot の宣伝ポスターとして制作されたカラーリトグラフが原画。。レオネット・カッピエッロ Leonetto Cappiello(1875-1942) の作品(1900‐05頃)。
モンベリアル(ドゥー県) Montbéliard(Doubs)にあった有限会社の名のようで、酒造メーカー「Liqueur Mont-Christ 」の販売を一手に引き受けていたようだ。
強酒を勧めて酔っぱらうのを待っている様ではなく、美味い酒だろうと悦に入っている様を描いているらしい。
女性のイラストはトゥールーズ・ロートレックの影響を受けているように見える。

改装中のギャラリー・イグレックの外壁に貼り付けてみた。

パリ花公園で見た「ユーフォルビア」

   depuis  2001

ユーフォルビア/トウダイグサ Euphorbia characias の花です。地中海周辺原産のトウダイグサ科の植物です。満開間近です。     Parc Floral de Paris      にて                   05/04/2011

Euphorbia characias / Parc Floral de Paris

マティニョン大通り Anenue Matignon (右)脇で満開のユーフォルビアです。  02/04/2016

Euphorbia characias / Anenue Matignon

パリ花公園でサクランボ 月桂樹

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Laurier-cerise / Parc Floral de Paris

 

サクランボ月桂樹 / チェリー・ローレル Laurier-cerise の花です。満開です。
セリーズ cerise はサクランボの意で、桜の花は les cerisiers en fleurs と言います。

パリでは、芽吹き始めてから花が咲くまではあっという間です。

05/04/2011

ギャラリー・イグレック前に コンパニョン・ルージュ

   depuis  2001

ギャラリー・イグレック前で、コンパニョン・ルージュ Compagnon rouge の花が満開となりました。レッドキャンピオンやフクロナデシコの方が馴染みがあると思います。
門灯は一昨年の川之江秋祭り直前に設置したもので、パリから持ち帰りました。フルール・ド・リス fleur-de-lis が付いています。                                                     30/04/2017

Compagnon rouge / fleur-de-lis / Galerie Y.

魔女の箒 / エニシダ

エッフェル塔付近で撮ったエニシダ Genêt / Cytisus scoparius の花です。02/04/2011
魔女の箒はこの木の枝を束ねて作ったものと言われています。「黒魔術」関連の魔法の植物と考えられていました。ジェネェ Genêt は「箒」のフランス語です。

Genêt / Cytisus scoparius

パリ花公園で見た<フリチラリア・インペリアリス>

   depuis  2001

「皇帝冠 Couronne impériale」とも呼ばれる<フリチラリア・インペリアリス Fritillaria imperialis>の花です。「マリアの涙 Larmes de Marie 」とも呼ばれていたそうです。フランスのモンペリエ大学卒の植物学者カロルス・クルシウス Charles de l’Écluse(1529‐1606)が発見し(1580)、コレクターの注目の的になった花だったようです。05/04/2011

Fritillaria imperialis / Parc Floral de Paris

三津歳神社の御神体発祥の地

三津歳神社本殿の左側に「御神体発祥の地」の碑がある。
が、御神体が山そのものだったのか磐座だったのか等の説明はない。
右側の本殿は神明造風の造りで、平入(ひらいり)、反りの入った銅板葺きの屋根には千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)の飾りが付いている。神紋は「丸に細抱き柏」。
八将神山がピラミッド型の山で、神社の正面が燧灘、裏正面が三角寺と平石山であるから、ニギハヤヒに繋がる古い伝承があるように思われるのだが・・例えば、あくまで私見だが、伊予・讃岐を統一し琴平に滞在していた時(12‐14頃)、日本国(ヒノモト国)建国のため宇佐を出て、西条→川之江→琴平を通過して交野(磐船神社)に向かった時(25頃)等にこの地に立ち寄っているのではなかろうか。船はこの山裾付近に着けれたのだろう。

三津歳神社 / 御神体発祥の地 / 川之江

三津歳神社から燧灘を望む

   depuis  2001

御歳、大歳、若歳の3神を祭る三津歳神社のある八将神山から燧灘が見える。
神社正面から眼下に燧灘をみれたはずだが、今はここまで登らないと樹木が邪魔して見れない。背後は金生川を眼下に広大な扇状地とその向こうに法皇山脈(真反対に三角寺の平石山)が見渡せたはずだ。つまり、海から見れば一直線上にあるということ(川之江八幡宮もこのライン上にある。)。
オオトシはスサノオの子(母:カムオオイチヒメ)で日本国(ヒノモト)建国の祖ニギハヤヒ。ミトシは大歳の子(母:アメノチカルミヅヒメ=カヨヒメ)、ワカトシは大歳の孫(父:ミトシの兄弟のハヤマト、母:オオゲツヒメ)。
農地開拓等で国の統一を図った3人の(津)歳を祭ったものと思われるが・・
オオトシを通じて陰陽道の八将神と集合したのか、八将神社とも呼ばれている。
藤棚では白花美短(しろかびたん)と思われる山藤(の園芸種)が満開。

三津歳神社 / 燧灘 / 八将神山

ギャラリー・イグレックの花々 211 シキビ / ハナシバ

ハナシバの花が初めて咲きました。大阪ではシキビと呼んでいました。植物学ではシキミというそうです。
植えてから10年も経ったでしょうか?シキビを挿した水は腐らないと教わりました。

シキビ / ハナシバ / シキミ / Galerie Y.

李白から楊貴妃を想う

   depuis  2001

李白(701-62)は3年間(742-44)玄宗皇帝の側近にあった。玄宗が楊貴妃と長安の興慶宮での牡丹の花を愛でながらの遊宴において、李白が命に応じて詠った七言絶句「清平調詞がある。三首の連作で、いずれも百花の王である牡丹の美しさを楊貴妃の美貌に掛けてうたっている。
「雲想衣裳花想容  春風拂檻露華濃  若非群玉山頭見  會向瑤臺月下逢」。(雲をみては楊貴妃の衣装を想い、牡丹の花をみては美人のあでやかな容色を想う。‥)等。
玄宗(在位:712-56)が息子から楊貴妃(719-56)を奪い(740)、共々冬場の温泉を楽しんだ華清宮(華清池)にある楊貴妃の像。
後に(806)白居易が詠んだ長恨歌の中に「春寒賜浴華清池、温泉水滑洗凝脂」とある。「凝脂」とは滑らかで艶のある白い肌のことだ。

12/01/2008

華清池 / 楊貴妃 / 玄宗

ヒラドツツジを活けました。

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ヒラドツツジ

今年はツツジの開花が早いようです。
早速<ヒラドツツジ>の一種を活けてみました。

李白の七言古詩「南陵にて兒童と別れ京に入る」。李白が42歳にして玄宗皇帝への仕官を得て長安に向かう前に妻子との別れを詠んだもの。

「白酒新熟山中歸」で始まり、「 游説萬乘苦不早」(天子に遊説できるのが遅きに失したのは残念だが)・・

屏風を拡げば、前漢の朱買臣の故事を引いて出世の意気込みを示し、
「我輩豈是蓬蒿人」(自分は片田舎に埋もれるような人間ではない)で終わる。

ニギハヤヒの開いた丸亀平野

スサノオの命により、伊予国に続いて讃岐国を統一したニギハヤヒは瀬戸内海東部海域を支配するため金刀比羅宮に3年ばかり(12-15頃)滞在したと伝えられている。
予讃線と土讃線の分岐点、多度津駅を出て間もなくの風景。左端の山が金刀比羅宮(祭神:大物主=ニギハヤヒ)のある「象頭山」。右に重なって「筆ノ山」。2山に見える「我拝師山」。頂上の平らな「火上山」と重なって「天霧山」。

予讃線車窓からの象頭山

新幹線姫路駅ホームで「のぞみ」と「さくら」

   depuis  2001

翌日(17/04/2017)は昼前から雨がちらつきだしたので、川之江に帰ることにした。
12番線に入ってきたのが乗車した「のぞみ105号」広島行き。N700系 783形車両。岡山まで1駅19分。
11番線は「さくら546号」鹿児島中央発、新大阪行き。N700系 782形車両。8000番台のJR九州所有車両。
ホーム下の地上は豆腐町ではないかと思う。南畝町かも。

姫路駅新幹線ホーム / のぞみ / さくら

千姫の小径

姫路城の西側、「姫路城西部中濠」と船場川の間に<千姫の小径 Lane of  Senhimeがあり、奥の石垣の右側に千姫が男山に建立した千姫天満宮(1623)を毎朝遥拝していたと伝えられる「西の丸長局(百間廊下)」があります。
手前の石垣の向こうは「好古園」で、右側に内濠があります。

千姫の小径 / 姫路城西部中濠 / 姫路

歳徳神社からの姫路城

   depuis  2001

姫路周辺にはスサノオの痕跡が多くみられる。書写山のショシャはスサだし、廣峯神社は京都の八坂神社とともに牛頭天王総本宮を称している。
歳徳神社は岡大歳・歳徳社として古い歴史を持つ。本体は姫路城築造に伴い(現)水尾神社に移転された。大歳/オオトシはスサノオの子(母:カムオオイチヒメ)で、日本国建国の祖ニギハヤヒだ。幼少の頃(BC5頃)、スサノオに付いて播磨に来ていたらしい。
また、日本国(ヒノモト)建国のため大和へ向かう(25頃)途中、琴平~高松~小豆島~家島~姫路~明石の航路を使ったとみられ、船場川のこの辺りに立ち寄ったのではないかと思われる。
スサノオの長子イソタケル(母:クシナダヒメ)を祭る神社は多い。
スサノオの娘婿オオクニヌシとスクナヒコも播磨国に入っている。柿山伏の西側、琴神丘(薬師山)の大御岩神社の祭神は彼等だ。

神紋は「左三つ巴」と「七つ割り二引」。

歳徳神社 / 姫路城

ヨンヌ川とセーヌ川の合流点にナポレオン1世像

左にヨンヌ川 L’ Yonne 、右にセーヌ川 La Seine 、その合流点にナポレオン1世の騎馬像 Statue équestre de Napoléon が置かれている。
ロシア遠征に失敗して敗走を続ける中、オーストリア帝国・ヴュルテンベルク王国(ドイツ帝国の一部)連合軍をセーヌ川以南に撤退させたモントローの戦い Bataille de Montereau(18février 1814の勝利記念碑だ。
右側がパリ方向になる北で、この付近ではセーヌ川は西向きに流れている。

La confluence de la rivière Yonne et la Seine / Statue équestre de Napoléon Ier

ポワシーのサン・ルイ像

   depuis  2001

Statue de Saint Louis / Collégiale Notre-Dame de Poissy / Poissy

オワーズ川 L’Oise 沿川のポントワーズ Pontoise を下ってセーヌ川に合流して間もなくの街、ポワシー Poissy はサン・ルイ(ルイ9世) Saint Louis の生誕地。
ル・コルビュジエの「サヴォア邸」近くのヴィリエール城 Château de Villiers で誕生した。
洗礼を受けたポワシーのノートルダム参事会管理教会 Collégiale Notre-Dame に置かれている<サン・ルイ像 Statue de Saint Louis>
石膏に漆喰造り(1915)のようだが、悪戯による落下で破損(04/2015)、修復された(05/2016)直後なので色鮮やかだ。18/07/2016

RER C 1 線 ルーエレ橋から自由の女神

ルーエレ橋 Pont Rouelle を走行するRER C1 線ポントワーズ Pontoise 行き列車の(汚れた)車窓越しにセーヌ川の下流を見たもの。
グルネル橋 Pont de Gurenelle の向こう、セーヌ川の中州(白鳥島 L’île aux Cygnes)、<白鳥の小径 Allée des Cygnes>の下流端に自由の女神像 Statue de La Liberté が見えている。

Statue de La Liberté / Allée des Cygnes / Pont Rouelle / La Seine

RER C 1 線 ルーエレ橋 と<白鳥の小径>

ルーエレ橋 Pont Rouelle 上流右岸側から<白鳥の小径 L’île aux Cygnes>を見たところ。
30年ぶりの洪水により、セーヌ川中州河岸の緑が失われている。09/07/2016
列車が丁度通過中。左側にエッフェル塔への最寄り駅 Champ de Mars-Tour Eiffel がある。

Pont Rouelle / L’île aux Cygnes / Allée des Cygnes

西戸山タワーホームズと桜 Sakura

<新宿区立西戸山公園の桜>越しに西戸山タワーホームズ。
30年前はもっと華やかだったように思う。       06/04/2017

西戸山タワーホームズと桜

ガルシアがジャスティン・ローズをプレーオフで制して悲願のマスターズ初優勝。
愛媛県松山市出身の松山は‐1で11位。イーグルチャンスを悉く外し、惜しくもトップテンを逃した。

神田川(豊橋)の桜

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神田川(豊橋)の桜

 

肥後細川庭園の正門を出て、神田川の左岸を花見しながら「豊橋」で右岸に出た。
神田川の旧流路によって文京区、豊島区、新宿区が入り組んでいる。
新目白通りを走る都電荒川線の終点早稲田駅は直ぐだ。
豊橋から神田川の下流方向を見た。

甘泉園前から都バス小滝橋行きに乗車した。

 

04/04/2017

肥後細川庭園を通り抜ける

椿山荘で蕎麦御膳を食べた後、先ほど(18/03/2017)名称変更された文京区立<肥後細川庭園>を通り抜けた。目白台から崖下の神田川に展開する旧肥後熊本細川家の下屋敷・抱屋敷跡だ。
池泉回遊式庭園で、松聲閣と中門、冬場には「雪吊り」される松の下に雪見灯籠の徽軫灯籠(ことじとうろう)が見える。目白台の日本女子大百年館も見えている。神田川は左。

文京区立肥後細川庭園

日本女子大学の桜

神田川を面影橋で渡って鎌倉街道を目白通りへ。途中、山吹の里氷川宮(スサノオ・クシナダヒメ・オオナムチ(スセリヒメの婿:オオクニヌシ))、真言宗豊山派の南蔵院、金乗院(目白不動)があり、花見を兼ねた観光客が目立った。
椿山荘手前にある日本女子大の桜。前は旧目白御殿。         04/04/2017

日本女子大の桜

新宿歌舞伎町のゴジラヘッド

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ゴジラヘッド / 新宿歌舞伎町

 

「歌舞伎町一番街」から歌舞伎町名物の「ゴジラヘッド」。
右上のゴジラヘッドは一本右(東)側の「歌舞伎町セントラルロード」から真正面に見える。
左上のゴジラヘッドの正面は「シネシティ広場」、改装されて環境改善された。
新宿東宝ビル(2015)の高さは130m。

客引きにはついていかない/「ぼったくり」被害多発。

日比谷公園の桜 咲き始める 2 カモメの噴水

日比谷公園「カモメの広場」の桜。30/03/2017
「ユリカモメ」は東京都の鳥(1965)。東京都の花(1984)は「ソメイヨシノ」。ちなみに、東京都の木(1966)は「イチョウ」
カモメの噴水は淀井敏夫(1911-2005)の作品(1986)で、広場の開設に合わせて制作された。

カモメの噴水 / かもめの広場

日比谷公園の桜 咲き始める 1  鶴の噴水

   depuis  2001

江戸城日比谷御門のすぐ外にあった上屋敷跡で地盤の良くない一帯を日比谷公園として造園した。左側は霞が関の官庁群、奥は日比谷濠、「鶴の噴水」のある「雲形池」の下を丸ノ内線が通っている。鷺が花見をしていた。

日比谷公園 / 鶴の噴水 / 雲形池

ルネ・カサン広場のオブジェ L’Écoute (聞く)

   depuis  2001

< L’Écoute (聞く)>と題するアンリ・ド・ミラー Henri de Miller(1953-99)、1986年の作品が据え直された。
ネルソン・マンデラ公園の再整備に伴い外されていたルネ・カサン広場 Place René-Cassin のオブジェが戻ってきた。フェンス向こうの天蓋は再開発された「フォーラム・デ・アール Forum des Halles」 のもの。     08/08/2016

L’Écoute / Place René-Cassin

ガーナの国旗

ブーディカの反乱 Boudiccan Rebellion

   depuis  2001

ブーディカ Boadicea は「ローマ帝国(スエトニウス総督)に対する反乱(60-61)」のリーダーで、「勝利の女神」として言い伝えられている。
彼女はケルト人イケニ族の女王で、夫の王プラスタグスの死に伴うローマ進駐軍の簒奪に反発し、ロンドン Londinium を焼き払う等勝利を収めたが、今一歩のところで鎮圧された。

ヴィクトリア女王の夫アルバートの依頼で製作された<ブーディカと彼女の娘たちの像 Statue of Boadicea and her Daughters (1902)>はトーマス・ソーニクロフト Thomas Thornycroft (1815–1885)の作品。
2頭立ての戦車チャリオットの中央に右手で槍をかざしたブーディカ、左右に彼女の娘。ヴィクトリア・エンバンクメントの上に置かれている。右側がウェストミンスター橋、「ロンドン・アイ London Eye」はテームズ川右岸にある。

Statue of Boadicea and her Daughters / Boudiccan Rebellion

<ブーディカの反乱像>と<ビッグ・ベン>

先日(22/03/2017)ロンドンで発生したテロ事件で、ウェストミンスター橋を暴走した車は左側奥に見える(テームズ川左岸のヴィクトリア・エンバンクメント Victoria Embankment 上の)<ブーディカの反乱像 Boudiccan Rebellion>の前を通って左折、<ビッグ・ベン Big Ben / Elizabeth Tower>との間の鉄柵に衝突して停止した。

Boudiccan Rebellion / Big Ben : Elizabeth Tower

ウェストミンスター寺院の聖母子像

北面の中央入口の中柱 / トゥルメー Trumeau に<聖母子  Vierge à l’enfant>像。
その上部、ティンパン Tympan の中央には宝珠を左手に持ち、右手で祝福ポーズをとるキリスト像。

ウェストミンスター寺院 Westminster Abbey (960) はヘンリー3世によって現在のゴシック様式に再建が始められた(1245‐1517)。
ヘンリー3世の妃はエリナー・オブ・プロヴァンス Eleanor of Provence で、ルイ9世(サン・ルイ)の妃マルグリット・ド・プロヴァンス Marguerite de Provence の妹

La Vierge à l’Enfant / Westminster Abbey

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 9    マルグリット・ダングレーム

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Statue de Marguerited’Angouleme / Jardin du Luxembourg

マルグリット・ダングレーム Marguerite d’Angoulême(1492-1549) はフランソワ1世の姉であり、ナヴァラ王エンリケ2世の王妃。
ブルボン朝初代国王のアンリ4世の生母ジャンヌ・ダルブレ Jeanne d’Albret は彼女のただ一人の王女だ。

フランソワ1世が推進したフランス・ルネサンスの庇護者で、自らも文人だった。

Joseph-Stanislas Lescorné (1799-1872)の作品(1848)。

 

 

 

グアムの旗

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 8    ヴァランティーヌ・ド・ミラン 

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Statue de Valentine de Milan

ヴァランティーヌ・ド・ミラン Valentine de Milan (1370‐1408)はミラノ公の公女(ヴァランティーヌ・ヴィスコンティ)として生まれたオルレアン公爵夫人で、ルイ12世のお祖母さんであり、フランソワ1世の曾お祖母さんでもある。

シャルル5世を継いだフランス王シャルル6世の弟、オルレアン公ルイ・ド・ヴァロワの公妃。精神異常だったシャルル6世にサン・ポル宮殿を追われた。

10人の子を産み、上記のフランス王に繋がる2人の王子を含む4人が成人した。

ルイ12世はヴィスコンティ家の継承権を主張してミランに侵攻し支配した(1499‐1513)。

Victor Huguenin (1802-1860)の作品(1846)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 7    アンヌ・ド・ブルターニュ

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Statue de Anne de Bretagne

アンヌ・ド・ブルターニュ Anne de Bretagne(1477-1514)はブルターニュ公国の拠点であるナントのブルターニュ公爵城でフランソワ2世の子として生まれ、幼くしてブルターニュ女公となった(1488‐1514)。
が、ブルターニュ公国の継承を巡る争いから政略的にマクシミリアン1世(神聖ローマ帝国皇帝)と結婚(1490)、フランス王シャルル8世と再婚(1491)、ルイ12世と再再婚(1499)した。
ブルトン人の独立確保のための戦いの人生だった。
8人の子を産んだが、成人したのはルイ12世との間の王女2人だけで、長女のクロード・ド・フランス (1499年-1524年)がブルターニュ女公を継承し、次期フランス王となったフランソワ1世の王妃となった(1514)。
Jean-Baptiste Debay fils(1802‐62)の作品(1847)。

ルイ・フィリップが選んだ著名な王妃と女性 6    ブランシュ・ド・カスティーユ

   depuis  2001

Statue de Blanche de Castille / Jardin du Luxembourg

サン・ルイ(ルイ9世)の母、ルイ8世の王妃(1223-26)。

ブランシュ・ド・カスティーユ Blanche de Castille (1188-1252) は後のスペイン王国の中核となるカスティーユ王国の王女として生まれた。
13人(サン・ルイ(1214-70)は5人目)の子供を生んだが成人したのは5人。

サン・ルイ即位後摂政(1226-35)を務めた。

オーギュスタン・デュモンAugustin Dumont (1801-1884)の作品(1848)。